4月 - その3

 学校の授業は退屈だ。退屈の極みだ。

 なんというか、勉強なんて一人でもできる。個人でやればすぐ終わるようなことを、一時間掛けてダラダラやって、黒板の内容をノートに書き写して……まったく、不毛ったらありゃしない。指が疲れるだけだ。

 まあ、音楽とか、図工とか、体育(バスケとテニス)はまあまあ楽しい。でも、それ以外の授業はみんなで一緒にやる意味が分からない。友達とお喋りすることもできず、椅子に座ってじっとしているのは拷問に思える。

 とはいえ、わたしには不良になる勇気がない。窓際の席で空を眺めたり、教科書で隠すようにして漫画を読んだり、ペン回ししたり、スマホで友達とメッセージを送り合ったり、空想にふけったり……その日その日で適当な暇つぶしを見つけるのだった。

 今日は、わたしの通っている桜宮東中のグループチャットを見ていた。シノが言っていた亡霊の噂は、すっかり沈静化していた。新学期のクラス替えの話題で持ちきりで、皆が一喜一憂していた。

 あとは、旧団地に落ちた隕石の話題があがった。廃墟になった旧団地の建物。そこに深夜、大きな隕石が落ちたそうだ。画像も貼ってあった。B棟の壁面が、まるでスプーンでえぐられた豆腐みたいになっている。


 ――これ、まじでスッゲーよな。爆発でもあったみたい

 ――まだ隕石の本体が見つかっていないんだってよ

 ――テロだったりして。手榴弾とか

 ――レプティリアンのしわざに決まってるよ!

 ――†人類は罰せられるべし†

 ――ところでモンバス3rdの予約始まったらしいぜ


 隕石の話題もすぐに消えて、今度はモンバスの話題へと切り替わってしまった。

 まったく、平和すぎるったらありゃしない。せっかくなら廃墟じゃなくて、この校舎に落ちてくれたら良かったのに。そうすれば休校になって、作曲活動に専念できたのになぁ。


 ☆


 キンコンカンコーン、と少し音程の外れたチャイムが鳴って、一日が終わった。

 さて、帰りますか……。

 わたしがカバンを持って立ち上がろうとすると、後ろから声を掛けられた。

「あ、ユヅキさん、ちょっと待ってください」

 振り返ると、そこにはカモメちゃんがいた。

 彼女の名前は住野カモメ。性格は穏やかで、一緒にいてなごむ感じの雰囲気がある。小川のせせらぎのような声をしていて、聞いているだけで心がほんわかしてくる。リラックスを擬人化したような女の子であった。

 同じ図書委員で話しているうち、仲良くなった。漫画ばかり読んでしまうわたしと違って、小説をかなり読んでいるらしい。国語や英語が得意で、勉強も色々教えてもらっている。頭の上がらない相手だ。

「あ、カモメちゃん、どうしたの?」

「実はその……ちょっと相談があって」

「相談? うん、何でも聞く聞く!」

 彼女が相談を持ちかけてくるなんて珍しい。わたしはどうぞどうぞとカモメちゃんを椅子に座らせた。

「その……たいした話ではないのですが……」カモメちゃんは少し悩んでいそうだった。「こうしたことを聞いてもらうのは、いささか恥ずかしいような気もして……」

「もしかして、恋バナとか? あー、うん、大丈夫。わたしはシノと違ってぜんぜん口が堅いから」

「あ、いえ、そういう意味ではないのです」カモメちゃんは首を振った。「もっとこう……くだらないことで……、いや、くだらなくはないのですが」

「?」

「そのですね、最近見てしまったのです。私」

「…………、なにを?」

「あの、亡霊です」カモメちゃんは意を決したようにこちらを見た。「あの、金髪の魔法使いです!」

「あ、最近話題になっている……あの」

「そうです」カモメちゃんは頷いた。「私も、自分が目撃する側になるとは思いもしませんでした。だってその……あまりにもおとぎ話でしょう? だから、気にも留めていませんでした。でも、この目でじかに見てしまったのです」

 隕石騒ぎの夜、彼女は飼い犬のベスとともに、少し遅めの散歩をしていたらしい。

 そして、高台の公園で一休みし、ベンチに座って遠くの景色を眺めていると……廃墟近くの電柱に、その亡霊は立っていたらしい。

「時刻からして、隕石が落ちるよりもしばらく前でした……」彼女は言った。「見たのは一瞬で、次の瞬間には消えていました。だから、目の錯覚とも思ったのですが……。そのあと隕石のニュースが流れて……わたしは混乱しました」

「つまり、その亡霊が本当にいるかもしれないってこと?」

「はい……、自分でも、信じてくれるとは思っていないのですが……」

「うーん」わたしは言った。「確かに、すぐには信じられないけど……もしかしたらなにか関係はありそうだね。ただ、電柱の上に立っていた……ってのはちょっと不可解だけど」

「はい」カモメちゃんは頷いた。「てっきり宮川の近くでしか現れないと思っていたので、わたしも驚いてしまいました。それでその……お願いなのですが」しばらく間をあけたあと、カモメちゃんは言った。「その魔法使い、一緒に探してくれないでしょうか?」



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