4月 - その2
わたしの街、桜宮市は桜の名所として有名だ。
近所の川の堤防沿いに、たくさんの桜の木が植えられていて、春になると満開の花を咲かす。辺り一面は薄桃色に包まれて、視界全体を柔らかな光が覆う。例年、全国各地からこの名所へと観光客が訪れる。
しかし、わたしにとってはもう見慣れた光景だ。今年の春休みは特にどこにも出ていくことなく、家でボチボチと作曲活動をしていた。
というのも、去年のクリスマスにサンタさんからノートパソコンを貰ったからだ。標準で作曲ソフトがついていて、まさにわたしが望んでいた製品だった。
わたしは音楽が好きだ。特に、映画音楽やゲーム音楽が好きだ。将来の夢は、作曲家になりたいと思っている。
得意分野はないけれど、音楽だけは好きだった。新しいメロディーを思い浮かべるのが好きだった。鼻歌で歌ってそれを録音したり、小さい頃から習っているピアノで再現したりするものの、楽譜に書き留めるのがちょっと面倒で、今までなんとなく避けていた。
でも、今年からは違う。お小遣いを貯めて、MIDIキーボードは買った。あとはソフトを使いこなすだけである。だからわたしは熱中して、引きこもってパソコンに向き合っていた。
プロの作曲家になるには、まずは知名度を上げる必要がある。そのためには、曲を作って、絵を当てて、そして動画を作る。動画サイトにたくさんアップして、再生回数を伸ばしたい。目指せ、大物YouTuber。
そんなわけで、わたしはこの桜宮市に出現するという、金髪の亡霊について何も知らないまま、新学期を迎えることになったのだった。
☆
「やっほー、ゆづっちおはよー」
「おはよう。シノノンは相変わらず元気だね」
「そりゃそうよ、だってみんなと会えるんだもん! 特にゆづっちと一緒に登校できるのは最高だぜ!」
「おおげさだなぁ」わたしは苦笑いする。「まったく、その元気を分けてほしいよ」
「毎日牛乳を飲んでるからじゃね。ゆづっちはちゃんと牛乳飲んでる?」
「最近はゼロカロリーのコーラを飲んでるかな……」
「えーっ、ゼロカロリー飲料!」シノは声を強めた。「あんなの、邪道だよ邪道。人工甘味料って絶対身体に悪いはずだよ。それにぜんぜん美味しくないじゃん! どうしてあんなもの飲めるのさ」
「何を飲もうがわたしの勝手でしょ。それに、糖質ってあんまり体に良くないらしいよ」
「でもゆづっち、ケーキめっちゃ食べるじゃん」
「それとこれとは別腹だもん」
「ふーん」
シノはまだ不満げだったが、反論してこなかった。おそらく、面倒くさくなったのだろう。
彼女の名前は遠山シノ、幼稚園からの幼なじみである。家も近所で、むかしはお互いの家でよく遊んでいた。
「ところでさー」とシノは言った。「ゆづっちは幽霊のうわさ、知ってる?」
「え、なんのこと」
「まったく、ゆづっちは遅れてるなー」シノはやれやれというポーズをした。「宮川の幽霊の話、最近めっちゃ話題になってるじゃん。グループチャットとか見てないの?」
「えっ、初耳なんだけど」
「んにゃ、じゃ、説明してあげる」
シノの話によると、約一週間前の4月1日から、幽霊の目撃情報が相次いでいるらしい。特に、宮川の堤防近くで頻出しているそうだ。夜桜の中歩いていると、対岸にその幽霊の姿が見える。しかし、カメラで撮ろうとした次の瞬間にはすでに消えてしまっているらしい。
「そんなの、オカルト好きな誰かが作った、でっちあげなんじゃないの?」
「そう思うじゃん。でも、目撃情報は複数あるんだな、これが。南中の天体部とか、熊塾から帰宅中の小学生とかが何度も目撃してるんだって」
「ふーん、ってことは、出没は夜中なの」
「そうそう! 察しが早いねゆづっちは。どうやら夜がある程度深まってからじゃないと出現しないらしーんだぜ」シノはなぜかワクワクした口調だった。「そしてそして、その幽霊、姿がとっても面白いんだって!」
「やっぱり、白装束を着ているとか?」
「違う違う。もっと西洋のファンタジー風なの。こう、ローブを身にまとっていて、三角帽子をかぶっている、エルフみたいな見た目らしいよ! しかも、金髪碧眼の美少女だってさ!」
「はあ」わたしはどう反応していいか困った。「ただのコスプレした外国人なんじゃないの。だって、あの桜並木、外国人もけっこう来るでしょ。」
「いやいや、絶対違うの。わたしの第六感が、これは特別なイベントだってビンビン電波を受信しているの!」
「シノ……」わたしは彼女の肩に手を置いた。「わたしたちはもう中学2年生なんだよ。オカルトとか、ファンタジーとか、そういうのはもうやめにしよう。そろそろ現実に向き合わなくちゃ」
「あー、やっぱりぜんぜん信じてくれないんだーっ」シノは頭を振った。「星のカービィのグッズを山ほど買って部屋に並べている、ゆめかわ色が好きな中2女子にそんなことを言われるなんて、あんまりだよー」
シノは泣いたふりをして、そのまま学校の方角へと走って行ってしまった。
わたしはもう一度ため息をついた。
まあ、確かに自分はカワイイものが好きだし、カービィカフェも親に連れて行ってもらったし、去年はサンリオピューロランドでシナモンロールと一緒に写真を撮ったけど……それはそれだ。夢と現実を混同するほど、わたしはもう幼くはない。
しかし、とわたしは思う。もし本当にそんなコスプレ少女がいたら、ちょっと見てみたいと思うのも確かである。少し、興味をそそられてしまったのも確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます