ドリームセイバー

柚塔睡仙

4月 - その1

 夢を見た。それは戦争の夢だった。わたしはどこかの戦場にいた。武器を持っている。空を見上げると、光線が飛び交っている。

 炸裂する。建物が溶け落ちる。破片が地面を叩き、振動が躰を揺らす。

 朦朧とした頭でわたしは考える。いったい、ここで自分は何をしているのだろう。

 戦わなければならない。でも、なぜ……? どうしてこの世界はこうなのだろう。

 その疑問は轟音によってかき消される。わたしは塹壕から少しだけ頭を出し、そして銃を構えた。

 狙う、引き金を引く。撃鉄が落ちる。腕に反動。薬莢が飛ぶ。敵兵が倒れる。

 たくさんの骸があった。埋葬する暇さえない。誰が生きていて誰が死んでいるかは問題ではなかった。いつかは全滅するのだ。早いか遅いか、たったそれだけの違い。

 肉体の痛みは、とっくに摩耗していた。それが常態だと精神が認識したからだろう。わたしは戦場における一つの機械として、そこで作動していた。

 近くで叫び声が聞こえる。振り返ると、首から上が無くなった死体が倒れていた。鮮血が壁へと飛び散っている。今被弾したのだろう。

 その死体を抱きかかえるように啜り泣く、半身を失った兵士。右腕と脇腹が抉れていて、内臓が溢れている。だんだんと声は生気を失い、そのまま動かなくなった。

 場面が変わる。そこは湖だった。畔には兵士が集まっていて、それぞれが遺骨の入った筒を持っていた。これから、その粉を流すのだ。

 わたしは筒を持っていない。儀式は苦手だった。わたしは早めにその場を離れることにした。

 宿舎でわたしは写真を見つけた。そこには二人の少女が写っている。

「これは?」

 相手が答えた。「私が小さい頃の写真であります」

 口調からして、どうやらわたしのほうが階級が上らしい。「どちらが、あなたなの?」

「オリーブ色の服を着ているほうです」彼女が答えた。「故郷の街で桃の収穫祭があったとき、カメラを持った人に撮って頂いたんです」 

「もう一人の子は……妹さん?」

「いえ、地元の友達です。本当は家族と一緒に撮りたかったのですが、そのときにはタイミングが悪くて」

 わたしは写真を持っていなかった。きっと、過去を振り返ると……悲しみに覆われて、立ち止まってしまうのが怖かったのだろう。

「なるほど」わたしは答えた。「廊下に落ちていた……大切なものなのだろう? 扱いには気をつけるように」

 わたしは写真を返した後、自室に帰ってコーヒーを淹れた。

 燃料の節約のため、なるべくヒーターは使わないようにしていた。厚着をしつつ、二重窓から外を眺めた。

 わたしは少しばかり、長く生き過ぎてしまった気がする。運と才能に恵まれていたのだろう。だが、どこまでそれが続くかは分からない。幸いなことに、わたしの連隊は犠牲者の数が少ない方だった。仲間同士、自然と愛着が湧いてしまう。それは逆に残酷なことかもしれない。

 場面が変わる。それはわたしの小さい頃だった。どこかの草原にいて、日向ぼっこをしている。遠くの方にはトウモロコシ畑があった。わたしは畑が好きだった。その中を走り回りながら、自らの迷宮を作り出していた。

 しかし、物心がついたときには、その畑は失われていた。火が燃えている。敵の攻撃によって引き起こされた火事だった。どこまでも火の海が広がり、村を呑み込んでいく。農園はもう跡形もない。放し飼いにされていた子犬のレトリバーも姿が見えなくなってしまった。

「お前が仇を討つんだよ」

 親代わりに育ててくれた大人の一人がそう言った。しかし、わたしにはよく分からなかった。恨みや憎しみという感情は、世代が下がるほど持ち合わせなくなる。ただ、それらを自然現象のように扱うことで、不条理への向き合い方を学ぶのだろう。

 初めて人を撃ったのは、軍に入る前だった。別の街へと越してしばらく経ったあと、泥棒が入った。泥棒は育ての親の首元にナイフを突きつけて、金貨の在り処を聞き出そうとしていた。

 泥棒はわたしの存在に気づいていなかった。ドアの隙間から、銃で泥棒を狙った。しかし、育ての親を誤って撃ってしまうのが怖かった。

 逡巡しているうちに、泥棒は育ての親の喉元を掻き切った。わたしは逃げた。その音に気づいて、泥棒が追いかけてきた。

 脚力の問題で、そのままでは追いつかれると考えた。わたしは振り返って、引き金を引いた。泥棒は階段を転げ落ちて、そして動かなくなった。

 場面が変わる。わたしはいつの間にか眼帯をつけていた。鏡の前に立ち、自分の瞳を睨んでいる。

 背後に仲間がやってきた。「XXXが亡くなりました」

 XXXは以前、わたしに写真を説明してくれた、あの人懐っこい部下のことだった。

 北西防衛戦での攻防で敵の侵攻を食い止めたわたしは、気を緩めてしまっていた。本来なら、いつでもヘルメットを付けておくよう部下に命じていたが、帰投の最中、連隊への確認を怠ってしまっていた。流れ弾に当たってしまった彼女は、数日間の昏睡状態のあと、そのまま息を引き取った。

 わたしは筒を持っていた。そして、散骨をした。

 帰宅する。もう泣かないと決めていたはずなのに、自然と涙が溢れていた。いったいいつまで、こんな不毛なことを続けなければいけないのか。

 グラスを割ってしまい、掌に血が滲んだ。戦場では痛みを感じないわたしが、久々に痛みを感じていた。


 そして、わたしは夢から醒めた。しばらく天井を眺めていた。夢の記憶が鮮明で、動くことができなかった。

 感情が落ち着いたあと、服で涙を拭う。

 時計を見ると、日付は4月1日を指していた。新しい年度の始まりだった。


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