終章

今日ものんびり真っ二つ

執務室には騎士たちが集まっていた。

その中でロンバルトは書類へのサインを終える。


「よし、一区切りついたな。」


すっかり慣れた紙との格闘を終え、彼は椅子から立ち上がった。


「お疲れ様です。こちら、頂きます。」


ロンバルトが記名した書類束をラディスが受け取る。


騎士団内部の各種申請や領内の防衛施設の補強。

種々様々な要求が、それには書かれていた。


紙束との戦いもまた、騎士団長としての戦いなのだ。


「僕たちも手伝えればいいんだがねぇ。」


ジャンはそう言いつつ、肩をすくめる。


団長が目を通すような書類には機密事項が多い。

流石に今、目の前で記名しているような物の中には含まれていないだろうが。


「うーん、こういうのメンドウだよねー。バーン!て終わらせられないかなぁ~。」


普段朗らかなアウスが、珍しく渋い顔をする。


上級騎士である以上は、部下からの陳情を受けるもの。

団長ほどではなくとも、書類仕事はあるのだ。


そして彼がそういった業務に苦戦するのは、火を見るよりも明らかである。


「んな簡単に出来るかよ。ま、もっと楽に出来ると良いがな。」


アウスの頭をぐしぐしと強めに撫でながら、ファビオが言う。

彼に攻撃されたアウスは、うわぁぁぁ、とわざとらしく声を上げている。


リベルとの戦いの後にこっそり戻った彼は、瞬く間にロンバルトに掴まった。

団長リベル団長代理ロンバルトは慧眼なのである。


「ふむ、一考の余地ありですな。書類との戦いも戦術が必要でしょう。」


顎に手を当て、ヤマギは考える。


騎士団長として色々やってきたが、どうしても経験則に頼る部分がある。

若者の意見は柔軟に、そして意識的に取り入れなければならない。


無意識に否定してしまう事を否定する。

それが元騎士団長として、古き者として彼が心がけている事である。


「次回の議題にでもしましょう。文官たちも乗ってくるはずだ。」


ヤマギの言葉をロンバルトが肯定する。


聖殿には、武官たる騎士団と文官たる行政が存在している。

互いが互いを助け、時には議論を交わす間柄だ。


聖殿があるは、神に祈るためではない。

悪魔を倒し、封じるためだ。


邪悪なる悪魔に対抗する者、転じてそれは聖なる者とされた。

その者たちが集う場所、それが聖殿と呼ばれるようになったのだ。


時代が下るにつれて、周辺国からの難民が流入する。

その者たちを救うために文官たちは尽力したのだ。


悪魔という破壊の危難と戦うために武装した中立国。

それが聖殿の本質だ。


だからこそ騎士団と行政は、問題に対しては共同でこれに当たる。


例えば、行方をくらました序列一位をどうするか、とか。


「しっかし、あいつを追うのも面倒だねぇ。もう放っておきてぇな。」

「そうはいくまい、文官たちが黙っていないからな。」


肩をすくめるファビオに、ロンバルトは苦笑する。


現状、からに近い序列一位の団長

出奔した者をそこに置いておくには、あまりにも重要な地位だ。


民衆の安寧のために、その地位の人間には積極的に表に出てほしい。

文官たちがそう思い、ロンバルトの序列一位就任を要請するのも無理もない事だ。


だがそれは、リベルが戻るべき場所を無くすことになる。

唯一繋がっている騎士団と彼女の糸が切れてしまう。


だから彼らは文官たちに頼んだのだ。

我々が彼女を連れ戻す、だから待ってくれ、と。


それは騎士団全体の共通認識。

彼女に自由を、と誰もが思う反面で、戻ってきてほしいと願っているのだ。


「迎え入れた新しい騎士が、彼らの不安を払拭ふっしょくしてくれるでしょう。」

「ギュスターヴでしたっけ?クソ男爵の下にいた奴、信用できんのかねぇ。」

「私が見た所、彼の剣は本物だ。蘇生後は反発したが、今は生き生きしている。」


愚なる主の下で、忠義と理想の間で挟まれていた。

それが取り払われた剣士は、真に騎士として歩み始めている。


リベルには関係ない事だ。

だが彼女は斬り捨てた相手を、知らぬ間に救っていたのである。


「あ、そうだ!あの女の人、昨日笑ったよ!」

「それは良かった!アウス様に任せて正解でしたね。」

「ふふ、どうなるか心配だったけど、上手くいって何よりだねぇ。」


悪魔教団の生贄となった女性。

ロンバルトリベルの大喧嘩ののち、蘇生されて騎士団に保護されたのだ。


しかし身体は治れど、心はそうはいかない。

地獄の恐怖が彼女を捕らえていたのだ。


ラディスが献身的に世話するも、彼女は俯いたまま一言も発さない。

そんな状況を見たジャンが提案したのだ、アウスに任せよう、と。


頼まれたアウスは、毎日毎日彼女の下へ行って話をした。

正確には、彼が一方的に話し続けたのだ。


感情たっぷりに、身振り手振りで大げさにアウスは話す。

まるで嬉しい事があって、ご主人にじゃれつく大型犬のように。


そして昨日。

遂に彼は彼女を恐怖から救ったのである。


「中々やるもんだなぁ。俺らじゃ無理だっただろうな。」

「ええ、若い方の考えは柔軟で良いですね。私のような老人では到底及ばない。」

「ヤマギさんもまだまだお若いでしょうに。」


年長者たちは、三人の若者を見て微笑んだ。


「で、もう一人の若い奴は何処にいるんですかねぇ、本当に。」

「あの姿であっても、あれも十八だ。心配する必要もあるまい。」

「彼女の強さは、私達が誰よりも知っていますからな。」


彼らはそう言って窓の外を見る。

その先には、白い雲が一つ青空を漂っていた。






がらごろ、がらごろ。

ごとごと、ごとごと。


荷馬車は街道を進む。

その後ろに腰掛けて、少女はぷらぷらと宙を蹴る。


「いや~、こんなに早くリベルさんに会えるなんて!恩返ししますよー!」

「うるさい。」


褐色肌に砂色髪、そして狐耳。

以前リベルが二度助けた商人の女性だった。


つい先日二人は再会し、彼女はリベルへ恩返しを実行する。

旅の足として、自身の荷馬車を提供するという事だ。


馬を失って人力だった荷車は、幸いにして今は馬が牽いている。

リベルが狩った音角鹿イーコルケスの角は、かなり良い値で売れたのだ。


その後、彼女は商人としての本領を発揮する。

物を仕入れ、物を売り、情報を手に入れ、情報を活用した。


その結果、リベルは更に快適に旅が出来ている。

荷車は以前腰掛けたものより大きく、そして座り心地も良くなっていた。


それの上には商品が入った木箱が沢山。

車輪の振動と連なって、ごとごとと音を立てている。


リベルはその中から、赤い果物を一つ手に取った。

林檎だ。


ぽん、と一度宙に放り、落とす事無くつかみ取る。

しゃくり、とそれを齧り、リベルは上を見た。


空は晴れ渡り、白い雲が一つ。

雲は気ままに、広い青の中をただただ漂っていた。






「ひゃっはーっ!金をだせぇ~!」

「荷物も、全部だぁ!」

「女、女ぁ~っ!ぐへへへ……。」


木々の影から突然人間が現れた。


全員がモヒカン頭で、随分と下卑た笑みを浮かべている。

手にするのは鉈のような武器、びょうの付いた鎧を着こんでいた。


「ひ、ひぇぇ~~……。」


商人の女性は怯えた様子で声を上げる。

荷馬車をぐるりと囲まれ、逃げ道は無いようだ。


それを確認して少女は、ぴょん、と荷車から飛び降りた。


手を伸ばす。

光が生じ、彼女の身の丈の二倍以上の羽箒大斧が現れた。


頭上で二度グルグルと回して、石突で大地を、ずどん、と突く。

斧を構えて、リベルは笑みを浮かべた。


そして彼女は口を開く。



「楽しめるかな?」



― 完 ―

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る