第二十一話 悪魔を叩っ斬る

先程まで邪教の儀式が行われていた場は、生物の存在を失って静まり返っていた。


こつかつ、と一人には広すぎる空間をリベルは歩む。

その場所の最奥、生贄の台の前に彼女は立った。


途轍もない苦痛と絶望。

それを受けて命を落とした女性は、光の無い目にリベルを映していた。


バックリと開いた彼女の胸には切り取られた命の源が転がっている。

リベルはそれを正常な向きへと戻し、開かれた肉を閉じた。


その上から手を置き、魔力を集中させる。

分離した物を結合させ、蘇生し、すぐさま治癒を行うのだ。


意識を集中し、それに取り掛かろうとした。

その時だった。


ズオォォォ……

ゴポゴボ…………

ドバァァァン!!!


轟音と共に、背後で溶岩が噴き上がる。

リベルは女性の蘇生を中断して振り返った。


噴火の兆候である地震やガスの噴出など無かった。

つまりその事象は、自然現象では無いという事だ。


それを証明するように、溶岩が赤々と沸き立つ山の開口部の空中にそれはいた。


人間と同じ姿。

されどそれは人に有らず。


魔獣と同じ魔力。

されどそれは魔獣に有らず。


漆黒の体にねじくれた山羊やぎのような灰色の角、そして竜の如き鱗と爪を持つ手足。

人と同じ背丈でありながら、それが発するのは暗夜を思わせる黒の魔力。


悪魔。


出鱈目で不完全な儀式を行っていた者達の祈りは、偶然にもの者に届いたのだ。

ゆっくりと浮き上がったそれは、リベルが僅かに見上げる宙で静止した。


悪魔はゆっくりと、瞑っていた目を開く。

赤一色の瞳は宝石のようでありながら、僅かに黒を孕んで禍々しい色をしていた。


その目は、静かにリベルの事を映す。

すうっ、とゆっくり手を前へ伸ばし、指先に魔力を集中させた。


「っ。」


彼の者が何をしようとしているのか。

それをリベルはすぐさま理解し、咄嗟にその場に伏せる。


ゾバンッ!


リベルの動作とほぼ同時に、悪魔が放った一閃が山を破壊した。

彼女がいる空間の天井、そこを基準としてぐるりと山が両断されたのだ。


悪魔は手を天へと掲げる。


バガッ!


一瞬宙に浮かんだ山の上部が、木っ端微塵に破砕された。

山が岩の集合体となり、宙に浮かんだまま静止する。


悪魔は足下を指さした。


ガガガガガッ!


岩が次々と火山の口を塞いでいく。

まるで元からそうだったように、噴火口は完全に塞がれた。


リベルのいる場所から、山の反対側まで真っすぐ歩いて行ける状態。

尋常ではない魔力を持つ、超常的存在の悪魔であればこそ可能な行為である。


ゴボ……ッ

ボゴボゴ…………ッ

「?」


足下から振動が生じ、液体が泡立つ音がする。

段々と周囲の温度が上昇し、悪魔が造り上げた火口の蓋から火が噴く。


そこまでを成して悪魔は静かに、自身が創造した大地に降り立った。


「溶岩?」


足下から途轍もない熱気を感じながら、リベルはそれを口に出す。


先程まで溶岩の湖は遥か下にあった。

だが今、それは火口の蓋の真下にまで迫っている。


それはつまり、眼前の悪魔が溶岩を操作したという事だ。


彼の者は火山噴火を狙っているのか。

だがそれにしては、わざわざ火口を塞ぐ理由がない。


少しばかり考えて、リベルは一つの結論を得た。


「山ごと、周りを崩壊させる気。」


噴火は圧倒的エネルギーの噴出だ。

それをわざとき止めたらどうなるか。


湧き続ける溶岩は外に出ようとする。

だがそれは悪魔によって許されない。


次第に火山内部の圧力は上昇し、そしていつか限界を迎える。

その時、何が起こるのか。


入れ物が破裂するのだ。

山という、大きな大きな入れ物が。


そしてそれは、周囲の大地も道連れとする。

つまりリベルがいる火山を中心として、地の底から破壊されるという事だ。


大地も、人も、魔獣も、自然も。

噴き出す溶岩の前では全てが無力。


悪魔はそれを狙っているのだ。


何故。

それは、彼の者が悪魔だから。


リベルですら持っている、人の世の常識など通用しない。

古き時代の先人が、ただ破壊を成す者の事を『悪魔』と呼んだのだから。


リベルは斧を出現させる。

超常の悪魔の前では、あまりにも小さな羽箒大斧を。


一切の躊躇無しに彼女は大地を蹴った。


「だりゃぁっ!」

ごぉっ!!!


振りかぶった斧が、破壊の刃を振り下ろす。

人間も魔獣も、大地すらも粉砕する一撃だ。


しかし。


ズンッ!


刃は悪魔へと届かなかった。

彼の者が伸ばした手の先に生じた障壁によって、容易く止められたのだ。


すぐさまリベルは次へと移る。


「おおっ!」

ぶわんっ!!!


受け止められた一撃は、威力を抑えたフェイントだ。

身体を反時計回りに回転させて、悪魔の胴を薙ぎに掛かる。


だが。


ゴォンッ!


刃は胴に届いた。

それでありながら両断できず、それどころか悪魔は微動だにしていない。


悪魔がリベルを指さす。


「っ!」

ダシュンッ!


咄嗟に後方へと飛び退いたリベル。

しかし悪魔の放った黒の光線は正確に、彼女の事を貫いていた。


胴の中心、心臓を。


跳んだ勢いのまま受け身もせずに、リベルは大地に仰向けに倒れた。

その手から斧が離れて大地に落ち、重い金属音を奏でる。


悪魔は彼女を一瞥し、興味を無くしたように視線を外した。


「いいね。」


その声は、悪魔の耳に明確に響く。

それほどまでに少女は、いつの間にか彼の者に接近していた。


心臓を貫かれる事すら予測し、すぐさま治癒させる。

常人には不可能、魔法の達人であっても覚悟が出来ない荒業。


それをリベルは平然と実行したのだ。


飛び掛かった彼女の右手は、悪魔の首を掴む。

そして。


「でりゃっ!」

ぶおんっ!


勢いのまま、リベルは彼の者を投げ飛ばした。

如何いかに悪魔と言えど、不意を突かれた状態で防御は出来ない。


一回、二回、三回、四回。

彼の者は大地を跳ねる。


「つぇいっ!!!」


大きく跳びあがったリベルは悪魔に追いつき、斧を振りかぶる。

魔力を注がれた刃は、万物を両断する青の輝きを放った。


ずっがぁぁぁんっ!!!!!!


それは完全に悪魔へと命中する。

大地に傷跡を生じさせ、土煙を上げさせた。


リベルは再び後方へ跳び、空中で数度回転して着地する。


戦いは終わったのか。


否。


彼女は斧を構えたまま、土煙の向こうに在る悪魔の姿を見ていた。


それに応じるように、魔法の風が粉塵を吹き飛ばす。

立ち上がった悪魔の体からは、濃い紫の血がドボドボと流れ落ちていた。


しかし彼の者は、痛みも苦しみも感じていないようで平然としている。

証明とばかりに傷はすぐさま塞がり、悪魔はリベルの事を見た。


彼の者の身から魔力がほとばしる。

遂に悪魔は、リベルの事を敵と認識したのだ。


オオオォォォ…………


魔力が彼の者の周囲にで、禍々しき剣槍けんそうを生じさせた。


黒に紫が孕む剣が二振り、槍が一つ。

大きさは人が持つ物と大差ないが、どれもが怪しい気を放っていた。


それらは悪魔の背後で指示を待つように静止する。


ゆっくりと。

悪魔はリベルの事を指さした。


ゴォッ!!!


三つの武器がリベルへ突撃する。

剣は斬りかかり、槍は貫きにかかった。


経験を積んだ冒険者や傭兵であっても、回避も防御も困難。

常人ならば何をする事も出来ずに刻まれる攻撃だ。


「いいね、いいね。」


だがしかし、リベルは笑みを浮かべていた。


ガぎんッ!


袈裟けさに斬りつけてきた剣を、石突で弾く。

それはくるくると回転してリベルの後方へと飛んでいった。


ばヂンっ!!


胴薙ぎを仕掛けてきた剣を、斧の柄で受けて捌く。

力負けしたそれが、斬りつけにきたのとは反対側に飛んでいった。


ゴぎんっ!!!


再び心臓を貫かんとした槍を、斧の刃で下から上へ斬り上げる。

長柄の中心を打たれたそれは、真ん中からし折れて消滅した。


これで相手は剣二つ。


いや。


グオッ!!!

「うぐっ。」


首を掴まれたリベルは、乱暴に投げ飛ばされた。

数度跳ねて、彼女は受け身を取って大地に立つ。


武器を生み出した存在が、自ら仕掛けてくるのは当然。

リベルは特に驚かず、再び斧を構えて対峙する。


悪魔の二つの剣、リベルの一つの斧。

その刃が火山の上で斬り結ぶ。


ガがンっ!

バヂんっ!

ずドんッ!

パぁンっ!


三つの刃と二つの身体は衝突を繰り返す。

轟音と衝撃波が、遮る物の無い仮初かりそめの山頂を震わせた。


しかし、どちらの一撃も相手には届かない。

巧みに避け、巧妙に捌き、絶妙に回避し、絶対に当たらない。


両者とも積極的に攻撃しているにもかかわらず、戦局は全く動いていないのだ。

だが、この場の支配者はリベルではない。


ボパァァンッ!

「うおっ、と。」


足下から炎が噴出する。

岩の大地を焼く溶岩の焔だ。


足を踏み出す瞬間、攻撃を当てる好機、回避行動の向かう先、着地点。

その全てで、運の悪い事に炎が彼女に襲い掛かっていた。


「鬱陶しい。」


偶然ではない。


悪魔は溶岩を自在に操る事が出来る。

ならばそれから生じる炎も同じだ。


リベルの行動を阻害し、攻撃を妨げ、自身を守る事も容易いのだ。


ボワッッッ!!!

「くっ。」


彼女の足下から炎が生じる。


後方へ跳ぶも、その着地予定箇所からも火焔が噴く。

斧の穂先を大地に突き刺して、棒高跳びのように動いて着地地点をずらした。


無理な行動をした事でリベルの体勢が僅かに崩れる。

それを悪魔は見逃さなかった。


ダンッ!


大地を蹴る。

二つの剣を握る。


突撃の速度は人間のそれを遥かに超えている。

リベルはそれに反応するも、防御が間に合わない。


やられる。


それを認識した、その瞬間だった。


「ぬぅんっっ!!!」

ドッズゥゥゥンッッッ!


途轍もなく重い、地震を引き起こすほどの一撃が悪魔を弾き飛ばす。


リベルの前には彼女の二倍の背丈の、二足で立つ獅子ライオンの獣人の背中があった。


「ロン。」

「無事のようでなによりだ、リベル。」


身の丈程もある大剣を肩に担ぎ、ロンと呼ばれた獣人はリベルの名を口にする。


その筋骨隆々たる身は白き大鎧に包まれ、金のたてがみが火山の熱気を受けて逆立つ。

その目は鋭く悪魔を睨み、鬣と同じ色の瞳は炎の赤を受けてオレンジに光っていた。


彼こそがロンバルト。

聖殿騎士団の、実質的団長である。


「邪魔。」

「助けに来たのだが、酷いな。」


ロンバルトは肩をすくめる。

体勢を崩していたリベルは持ち直し、彼の隣に並んだ。


「でも、あれは面倒。」

「だろうな。」


斧の穂先で悪魔を指す。

ロンバルトの一撃で生じた傷は瞬く間に塞がり、彼の者は二人を見ていた。


「協力。」

「元よりそのつもりだ、が。」


リベルの言葉にロンバルトは賛同する。

しかし彼は言葉を続けた。


「正装になってもらわねば困る。」

「むぅ。」


その言葉にリベルは渋い顔で唸る。

眉間に皺を寄せて、少しばかり悩んだ後にため息を吐いた。


「はぁ。しょうがない。」


片手で斧を回して石突で大地を、どずん、と突く。

強い光が生じ、目を瞑る彼女の身を包んで更なる光を放った。


金のサークレットが頭に輝き、その身を包むは前開きの白ローブ。

その裾はくるぶし丈、細かい金の装飾が施されていて神聖な雰囲気を漂わせる。


銀の胸当てが唯一の防具。

淡い紫色のズボンははかまのように裾が広く、その下から覗くのは黒のブーツ。


手にする羽箒もまた、大きさそのままに姿を変えた。


穂先の根元から垂旗たればたのように青と赤の布が、柄を挟む形で結ばれている。

青の布には白の月、赤の布には白の太陽が描かれていた。


青の刃は変わらずも、柄を挟んだ反対側に赤の刃が生じる。

それは炎で形作られた、出現消失自在の魔法のそれだ。


リベルは目を開く。

赤い瞳が悪魔の姿を真っすぐ捉えていた。


「ふ。やはり似合っているぞ。」

「嬉しくない。これ、鬱陶しいから要らない。」


パタパタとローブの袖を振る。

腕の長さに合ってはいるが、布に余裕があるせいで純粋に邪魔なのだ。


そんな彼女の事をロンバルトが微笑ましく見ている。

その視線に気づき、リベルは彼の脹脛ふくらはぎを蹴り飛ばした。


「痛いじゃないか。」

「全然効いてないくせに。」

「ふ、鍛えているからな。近頃は書類仕事ばかりだが。」


そう言いながら、ロンバルトは大剣を構える。


「足手まといは要らない。」


物質と魔法の両刃となった斧を構えて、リベルは悪態をつく。


互いに相手を一瞥した。

二人は同時に、大地を蹴る。


「おおオッ!!!」


獅子の咆哮と共に、ロンバルトの大剣が唸りを上げた。

風を割り、立ち上る熱気を断ち、横一線に空間を斬る。


ズガンッ!


それは悪魔が展開した障壁をも分断し、破壊した。

粉々に砕けたそれは、どす黒い光となって消え失せる。


「はあぁっ!」


背後に回ったリベルは斧を振る。

障壁を失った悪魔は、その一撃を防ごうと右腕を上げた。


ずどんっ!!!


しかし、正装を纏ったリベルの一撃をその程度で止められるはずがない。


ぼとり


刃は振り抜かれ、彼の者は肘から先を両断される。

切断されたそれは大地に転がった。


「そぉれっ!」


悪魔が腕を拾い上げるよりも先に、リベルは更に攻撃を仕掛ける。

だが、その対象は悪魔ではない。


地面に転がった彼の者の腕だ。

リベルは炎の刃をそれに叩き落した。


ごおぉっ!


灼熱の炎が腕を包む。

溶岩の中から現れた悪魔の腕が燃焼し、灰すら残さずに燃え尽きた。


「ふんっ!」

ガズンッ!


飛来した剣を、ロンバルトは剛剣をもって粉砕する。

砕け散ったそれは、障壁と同じように消滅した。


「そぉいっ!」

ばぎゃんっ!


リベルは跳びあがって、宙にあった剣を叩き落す。

大地へと落ちたそれを両足で踏みつけ、破砕した。


悪魔は障壁を、武器を、そして片腕を失った。

彼の者はリベル達から距離を取る為に後方へ跳ぶ。


遂に悪魔は彼女達によって押し返されたのだ。

だがそれを許すほど、リベルとロンバルトは優しくはない。


ダッ!


ロンバルトが走る。

後退した悪魔が体勢を立て直すよりも先に、彼は脇構えにした大剣を振り上げた。


ズドンッ!!!


超重量の大剣が、重さを感じさせない程の速度で悪魔を打つ。


獅子の剣は何よりも強く、猛々しい。

巨大な魔獣を一刀の下に切り伏せ、敵の将兵を易々と打ち砕く。


騎士団で彼に敵う者は殆どいない。

当代においても有数の剣の使い手と言えるだろう。


その武勇は、天を衝く。

天すら砕き、敵を討つ。


聖殿騎士、序列二位『天崩てんほう』ロンバルト・トレドラド。

騎士団を纏める者にして、騎士団を象徴する猛き獅子である。


大剣の刃が悪魔の身に食い込む。

だが彼の者は身体に魔力をみなぎらせ、獅子の剣による切断をまぬがれた。


しかし切断出来ずとも、剣の威力までは殺せない。

ロンバルトの剛腕が更に膨れ上がり、剛力をもって悪魔を打ち上げる。


ガァンッ!


花火のように、彼の者は上空へと吹き飛ばされた。


上へ進んだら今度は下へ。

重力に従って悪魔は墜落を始める。


だが、彼の者が再び大地を踏む事は無かった。


「おおおおおっ!!!!」


飛ばされた悪魔よりも高く、リベルは飛翔する。

そして斧を振りかぶった。


青の刃は三日月に、赤の刃も三日月に。

二つは合わさり、灼熱を纏う両断の日輪を作り出す。


リベルは渾身の力をもって斧を振った。

燃える太陽が悪魔に落ちる。


ずどごぉぉぉぉっっっ!!!!


殴打、切断、燃焼。

その全てが一撃の内に重なった。


再生よりも破壊が上回る。

勢いよく振り抜かれる羽箒は、箒星ほうきぼしの姿を成した。


ざぐんっ!


物体の抵抗が消失する。

斧の刃は悪魔の身体を通り抜けたのだ。


彼の者の体は左右に分かれて真っ二つ。

めらめらと燃えながら、悪魔は大地へと堕ちていく。


炎に包まれた彼の者の黒を孕む赤い瞳が、リベルの赤の瞳を映した。

苦しみも痛みも怒りも憎悪も無い、無感情の目。


それは焔の中へと静かに消えていった。






悪魔が消滅した事で、仮初の山頂が揺らぐ。

されど彼の者の魔力は強力で、簡単には崩壊しない。


「ふむ、溶岩は落ち着いたようだな。」


立ち上っていた熱気は鳴りをひそめ、焼けていた大地はすっかり冷えていた。

ロンバルトは確認しつつ、リベルの隣を彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩く。


「おわった。」

「ああ、そうだな。だが悪魔は死なない、そう遠くない未来に蘇るだろう。」

「そうなったら、もう一回やるだけ。」


普通ならば怖気づくなり、ため息を吐くなりする事柄。

だがリベルは普通では無かった。


「さて、一緒に帰るか。」

「は?帰らない。聖殿領にも近付かない。」


さも当然のように言ったロンバルトの事を睨み、リベルは首を横に振った。

しかし彼は一切押されず、それどころか笑みを浮かべている。


「なんだ、気付いていなかったのか。」

「?」


ロンバルトの言葉の真意が読めず、リベルは首を傾げた。

その様子に彼は、ははは、と笑う。


「ここは聖殿領だぞ?はしの端ではあるが。」

「え。…………ヤマ爺にやられた。ぐぬぅ。」

「はっはっは。流石のリベルもヤマギさんには敵わないようだな!」

「うるさいっ。」


ばしん


リベルはロンバルトの足を蹴る。

彼女の胴体程も太いそれは、ビクともしなかった。


「それで、どうする?」

「ふむ、私にもそれを言うか。」

「もち。」


ロンバルトを置いて、リベルは十歩ほど先へ進む。

そして振り返った。


「拾ってくれた事、ケモノだった私をヒトにしてくれた事は感謝してる。」


かつて彼女は野にいた。

物心ついた頃には山野を駆け、魔獣を殺して賊を滅していた。


父も母も知らぬ、自分が誰かも興味なし。

ただただ、生きるために生きていた。


「でもそれはそれ。」


いまから六年ほど前。

当時の騎士団長だったヤマギと同行していたロンバルトに、彼女は保護される。


二人はリベルの祖父と父代わりとなったのだ。


「その恩にいつまでも縛られるつもりはない。」


いまから五年前。

全ての周辺諸国が連合し、聖殿領へと攻め込んできた。


聖殿が持つ肥沃な土地、潤沢な地下資源、そして保管される武具財宝を狙って。


「私には見えてる。善も悪も、徳も罪も、とがごうも、全部。」


戦いは凄惨を極めた。

一対十、それが聖殿と諸国連合の戦力の差。


騎士団長ヤマギの下、聖殿騎士団は実に上手く立ち回った。

だがそれでも、多くの犠牲を払う事になる。


当時十二人いた上級騎士、そのうちの八人が戦死するほど大きな犠牲を。


戦力が不足した聖殿は、リベルに目を向けた。


斬突殴射の四つの武のいただき

火水風土の四つの魔のきわみ


それをたった一年で体得した彼女を。


「だから私は好きに生きる。かつてケモノの頃と同じように。」


多くを殺し、多くを守る。

それをリベルは成し遂げた。


一万の敵をたった一人で止め、戦場に文字通りの血の雨を降らせたのだ。

主へ忠義を尽くす騎士も、ただ家族のために戦う兵士も、誰一人逃さず斬った。


その活躍をもって、一年前に彼女は地位を得たのだ。


聖殿騎士団の団長位、序列一位を。


だが彼女はそれをすぐさま放棄した。

地位も責任も関係なく、出奔しゅっぽんしたのだ。


「だから、連れ戻したければ。」


武の頂、それを表して天とする。

魔の極、それを表してきょくとする。


聖殿騎士、序列一位『四極四天しきょくしてん』リベル・ファリス。

それが彼女の捨てた物である。


「力ずくしかない。」


少女は斧を構える。

その目は真っすぐ、育ての親とも言える獅子の獣人を見ていた。


「四年、本心を抑え込んで聖殿に居続けてくれた事は感謝している。」


寂しげに笑いつつ、ロンバルトは大剣を構える。


「リベルには自由にさせてやりたい、だがそうもいかぬ。悲しいがな。」

「分かってる。序列一位は重い。でも、私には必要ない。」


リベルは己のしている事を理解している。

だからこそロンバルトは悲し気に彼女を見るのだ。


拾い上げた者として。

親代わりとなった者として。


彼女を地位に縛らねばならぬ事を詫びて。


「聖殿騎士序列二位、ロンバルト・トレドラド―――」

「『元』聖殿騎士序列一位、リベル・ファリス―――」


二人は、全く同時に大地を蹴る。


「―――いくぞ!」

「―――いくよ!」


二つの巨大な刃が、交わった。

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