第六章

第二十話 悪魔教団を叩っ斬る

「頼みたい事?」

「ええ。」


ヤマギから一枚の紙を渡される。

そこに書いてあったのは、とある山の中腹にあるという遺跡について。


「悪魔を崇拝する教団。」


遺跡に関する但し書きにハッキリと、そう書かれていた。


「私が対応する予定でしたが、やる事が出来ましたので。」

「やる事?」


リベルの疑問に対して、ヤマギは滅茶苦茶になった邸内を見回した。


爆発四散した邸の主は、曲がりなりにも貴族。

領地の統治者が消えたとあっては、色々と後始末が生じるのは当然なのだ。


リベルはそんな事は一切考えずに殴り込んだ。

後は野となれ山となれ、の精神である。


「まあ、お気になさらず。野暮用ですよ。」

「そ。」


微笑むヤマギに、リベルは素直に返事する。


その様子はまさに、優しい祖父と素直な孫である。

周囲の惨状とボロボロな両者の姿を除けば、だが。


「お願いできますか?」

面倒めんどい。」


リベルは渋い顔。


「教団の構成員は、魔術の使い手が多いと聞きます。」

「む。」


少し興味を持った。


「崇拝するもののために命も惜しまずに向かってくる、と報告を受けていますよ。」

「行く。」


リベルは首を縦に振る。

対するヤマギは、にっこりと笑っていた。






そんなやり取りから数日。

リベルは山を登っていた。


本来は人が入らぬ地、魔獣の数は他所の比較にならない。


毒蜘蛛、大蛇おおへびだい猩々しょうじょう

土塊つちくれ魔獣に溶岩蜥蜴とかげ、そして生物の頂点たる龍の眷属。


まさに人外魔境の様相を呈していた。

冒険者も傭兵も、そうそう足を踏み入れない場所であると言えるだろう。


だがしかし。

斧持つ少女にとっては遊技場アトラクションのような物である。


ずどーんっ!

ばがーんっ!

どががーんっ!


千切れた脚が散る。

断たれた尾が舞う。


潰された死骸が地面に埋まる。

砕かれた残骸が周囲に転がる。


少女を燃やそうとした者が、逆に火だるま。

少女を食べようとした者が、逆に喰われる。


美味しく焼けた小竜の肉を齧りながら、岩に腰掛けてリベルは休憩。

教えられた遺跡まで、あと少しと言った所だ。


魔境でありながら、山には細くとも歩む道がある。

それは遺跡が現役だった頃の名残だ。


だがその名残は放棄されているはずでありながら、ある程度整備されていた。

それはつまり、今なお廃道を使う者がいるという証拠。


周辺の村では行方不明者が出ている。

多くは若い女性達であり、彼女達の持ち物が山のふもとで見つかった。


だが周囲に遺骸は無く、出血等の痕跡も発見されなかった。

それはつまり、彼女達は魔獣に襲われたわけでは無いという事だ。


そしてある日、黒ずくめの者達が女性を攫わんとするのを衛兵が目にする。

彼らの力によって人さらいは撃退され、後を追うと山へと繋がったのだ。


聖殿が人攫いの根城を見付けたのは、そういった経緯である。

以前から悪魔崇拝を行う者達の噂もあり、それらは同一の存在と見做みなされた。


方々で見られる悪魔の信奉者には同一の特徴がある。

他者を生贄に捧げ、悪魔を呼び出す儀式を行う事だ。


そしてそれを妨げる者に対しては、命も惜しまずに抗する。

彼らにとっては、己の命すらも悪魔への捧げ物なのだ。


「よし。」


休憩と食事を終えたリベルは立ち上がる。

目的地メインディッシュまであと少しだ。






洞窟を掘り広げて、石で補強された遺跡。

その最奥には、巨大な扉の向こうに広い空間があった。


奥の壁は大きくかれ、向こう側が見えている。

その窓の先にあるのは山の内側、溶岩が湧く地獄が広がっていた。


空間の入口から真っすぐ伸びる石の道の左右には、苔むし折れた石柱が立ち並ぶ。

道の終着となる広間の最奥には、石造りの平たい台が置かれていた。


その場には、百を超える真っ黒な衣服に身を包んだ者達。

彼らは等しく、ある場所を見つめていた。


そう、石造りの台とその上に寝る者、そして彼らの教祖を。


「我らはしゅの忠実なるしもべ、今ここに供物を捧げん!」


教祖の言葉に黒衣の者達は、おおお、と歓声とは言えない低い声を上げる。

彼らが主と呼ぶ悪魔に無礼とならず、されど喜びを表している声だ。


「や、やめてっ!助けて!!」


台の上に寝かされた女性が声を上げる。

両手足を拘束された彼女は全裸で、身体には黒い模様が描かれていた。


それは悪魔への供物を示す、教団の儀礼に基づいた意匠である。

つまり彼女はこれから、確実に命を奪われるという事だ。


「十八の供物をもって、主の降臨を言祝ことほぐものなり!」


女性の命乞いも教祖たちには届かない。

それが聞こえていないかのように、いや、実際聞こえていないようで儀式は進む。


「さあ!」

「ひ……っ!」


教祖の手には銀の短剣が握られていた。

そしてそれを逆手に持ち、振り上げる。


「主よ、受け取り給え!」

「あが…………っ!」


振り下ろされた凶刃は、女性の胸に突き刺さった。

彼女はくぐもった声を吐く。


「いぐぁ…………っ。」


根元まで押し込まれたそれを受けても、彼女は生きていた。

教祖はわざと心臓を外して突き刺したのだ。


それは供物に苦痛を与え、その声を主へと送り届けるため。

同じ人間への非道な仕打ちを咎めるものは、この場には誰一人いない。


短剣が引かれ肉が裂かれる。

女性の悲痛な苦悶の声が遺跡に響き渡った。


暫しの後、彼女の声は消失する。

そして教祖の手には、女性の胸からでた赤い塊が握られていた。


天へと掲げられたそれを見て、信者は再び声を上げる。

邪悪なる興奮は最高潮に達していた。


その時。


どっっがぁぁぁぁんっっっ!!!!


彼らの陶酔を吹き飛ばす音が響き渡る。


「む?神聖なる儀を阻む者が来たようだな。」


轟音にも動じず、教祖は土煙を上げる入口を見た。

粉々になった扉が崩れ落ち、その奥から彼女は現れる。


「いっぱいいる。」


空間の内部を見回して、リベルは言った。


「おお、供物となるを志願する者が来るとは、なんと僥倖ぎょうこうな事か。」


教祖は手にしていた赤い物体を女性の胸に戻す。

そして両腕を大きく広げ、天を見上げて感嘆の声を上げた。


上を向いた彼はそのままの姿勢で、目だけを動かす。

見下ろすような状態で、教祖はリベルを見た。


「少女の供物とあらば、我が主もお喜びとなろう。」


彼の目には狂気が宿る。

そしてそれは、他の者についても同様であった。


「さあ同志たちよ、彼女の望みを叶えようぞ。」


常識から大きく外れた認識を、教祖と信者は共有する。

彼の言葉を受けて、信者たちはリベルへと攻撃を仕掛けた。


「聖なる槍よ、我が主へ逆らう者に祝福を。」


どこぞの神への祈りを感じさせる詠唱。

だが信者の手に生じるのは、紫黒しこくの槍だ。


彼らにとっては、悪魔こそが聖なる者。

ゆえに詠唱もまた、それに準ずるのである。


信仰の外にある者は哀れな存在。

彼らは慈悲深く、そんな者を救済する事も喜びとしていた。


ズオォォ……

バシュッ!!!


魔力をもって巨大化させた槍が射出された。

三十からのそれは、一斉にリベルへと飛来する。


「いいね。」


斧を構えて、彼女は前へと一歩踏み出した。


ぶぅんっ!

どっぱぁぁんっ!!


大きく振った刃が槍を弾き飛ばす。

跳ね返った槍が天井に突き刺さり、砕けたそれがガラガラと降りそそいだ。


ばぎゃっ!


落ちた岩石が数人の信者を潰す。

鮮血が飛び散るも、他の者は一切それに目を向けない。


「我らが主に呼ばれた者達に祝福を。」


教祖は潰された者達の死を祝う。


戦いて死なば天へ、主の下へ。

それが教義の一つゆえに、信者たちは命を惜しまないのだ。


ドガァンッ!

ズズン!

ガガガンッ!

ズバンッ!


リベルへと放たれる魔法は多種多様。

炎に氷、岩に風、そして邪悪な祝福。


信者たちは修行によって、自身の魔力を強くしている。

それは自らが供物となる際に、悪魔へと力を捧げるためだ。


狂信。

それが彼らを言い表すにふさわしい言葉だろう。


「ていっ。」

ごばんっ!


リベルは魔法の雨を躱しながら、石柱を蹴り飛ばした。

容易くし折れたそれは、風車のように回転しながら信者たちをすり潰す。


「そいっ。」

ぞばっ!


横一閃に斧を薙ぐ。

斬撃波が生じ、リベルを囲む信者たちを横に両断した。


「とおっ。」

びぃーむっ!


魔法は彼らの専売特許ではない。

リベルは手に生じさせた光を線にして、信者たちを薙ぎ払った。


彼らは無残に千切れ飛び、煌々と燃え尽きる。

しかし誰一人、怖気おじけづくものはいない。


前の者がたおれたら、屍を踏み越えて。

隣の者が斃れたら、その体を盾にして。


前進、前進、なおも前進。

蹴散らしているにもかかわらず、包囲はどんどん狭まっていく。


「とぉりゃっ。」

ずガァんっ!


斬撃波で再び信者たちを薙ぎ払う。

しかしそれは、彼らが作り上げた黒き障壁で防ぎ止められた。


一人の魔法で駄目なら二人、二人で駄目なら更に増やす。

同じ認識と覚悟を持つからこその連携である。


そういった事には、聖も邪も無いという事だ。


「おぉ。」


リベルは少しばかり驚いた。

今まで魔獣にしろ人間にしろ、容易く斬ってきた一撃を止められたのだから当然だ。


だが、それを受けて彼女が怯むはずがない。

むしろリベルは喜んでいた。


「いいね、いいね。」


右に左に上に、斧をグルグルと回す。

信者たちが放った魔法を弾き飛ばして、リベルは少しずつ後退していく。


流石の彼女も、人数が多く連携も十分な彼らと戦うのは容易ではない。

押されるのも無理は無いのだ。


などという事はあり得ない話。


リベルは笑みを浮かべながら、身体の内で魔力を貯めて増幅させていく。

十二分にそれを練り上げた所で、彼女は後退を止めた。


相手は重防御、でありながら数に任せて攻撃を仕掛けてくる。

命も惜しまず向かってくるために、倒しても倒しても包囲が崩れない。


ならば、どうするか。


「すうぅぅぅっ。」


リベルは深く息を吸う。

身体の内で練り上げた、膨大な魔力を集中させる。


「うーーーっ!だぁっ!!!」

どっずぁぁぁんっ!!!!


身体を大きく縮めて、勢いよく開く。

と同時に体内の魔力を全力で放出した。


一つ一つで駄目なら全部。

まとめて何もかも破壊してしまえばいいのだ。


途轍もない魔力がほとばる。

地面を天井を壁を石柱を粉砕、消滅させていく。


リベルを囲んでいた信者たちは攻撃を止め、全員で障壁を展開する。

しかしその黒き壁は、何もかもを破壊する魔力の前には無力だった。


がっしゃぁぁんっ!!!


まるで飴細工が砕けたように、軽く高い破壊音が響く。

信者たちは破壊に巻き込まれ、塵すら残さず光の中に消えていった。


恍惚の表情を浮かべたまま、信者たちは一人残らず消滅する。

残されたのは、リベルと教祖、そして台の上でこと切れている女性だけだった。


「おお、おおお。なんと素晴らしき力か。」


教祖は陶酔の表情でリベルを見る。

そのまま彼は、彼女へと歩み寄った。


「その力こそは我らの主の祝福!そなたこそ、我らの求めし子か!!」


跪いて両腕を大きく広げ、教祖はリベルを仰ぐ。

その目には狂気の代わりに、崇拝に近い光を宿していた。


「主よ!主の落とし子よ!!」

「やかましい。」


リベルは斧を振り上げ、教祖の頭へと刃を落とす。


最期の最期まで、彼の顔に恐怖の感情は浮かんではいなかった。

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