第十八話 悪徳男爵を叩っ斬る

時は遡る事、数日前。

とある岬でそれは起きていた。


「なんでだ!お、俺達は、ぐはっ!」

「ひぃぃ、命だけはたす、げべぇ!」

「くそっ!くそっ!ちくしょ、ぐぅっ!」


剣の身に裂かれ、槍の穂に貫かれ。

男達は次々と倒れていく。


彼らは、海賊であった。


「あらかた始末は完了です。」

「うむ、ご苦労。」


長身の剣士の報告を受け、小太りの男は口ひげを弄りながら労いの言葉を返す。

彼の身なり一目で貴族と分かる程に良く、大きな宝石の指輪も付けていた。


この男こそが、この地を治める男爵である。

そして傍らに在る黒長髪の剣士は、彼の忠実なる騎士だ。


「しかし、宜しかったのですか?彼らを処分しても。」

「んん~?何を言っておるのだ?」


剣士の問いに、屍で埋まった海賊の巣を見ながら男爵は答える。


「領地を荒らす賊を始末するのは貴族の務め。違うかね?」

「失礼しました。仰る通りです。」


剣士は頭を下げる。

彼の事を制し、男爵は足元に転がる海賊の屍の頭を踏みつけた。


「ふん。存外、役に立たなかったな。」


鼻で笑って彼は協力者の拠点、いや、ただの賊の根城を後にする。


役に立つなら、どんな物でも使うべき。

役に立たない不用品ならば、それは始末すべきもの。


この地を治める男爵は合理主義。

但しそれは、自分の利益に関してだけだ。


領民や商人の苦しみなど知った事では無い。

気を付けるべきは、己の血縁たる侯爵の目だけである。


自身の立場を揺らがせるものなど、国内にただの一つも有り得ない。

栄華は永久に続くのだ。






時は戻って、今。


「ふぁぁ……。ったく、夜の門番なんて必要ねぇよな。」

「まったくだ。町の連中が来るわけでもない、暇なだけだ。」


邸を守る鉄格子の門扉を守る二人の兵士は愚痴を吐き合う。

男達の装備は衛兵よりも更に良く、身に付けた鎧にも腰に佩く剣にも傷は無い。


領内の魔獣討伐や他国との戦争を行う正規兵は、国の兵。

基本的に各貴族の内情には関与せず、国家の問題を解決する者達である。


治安を守り、人々を助ける衛兵は、街の兵。

領主の兵ではあるが、商人組合ギルドの出資によって運営されている事が多い。


そして貴族が私財をもって雇う兵は、私兵。

貴族が意のままに、如何なる事にも動かせる兵なのである。


門を守る彼らは私兵だ。

つまり、男爵に直接雇われている者たちである。


彼らが警備する男爵邸には様々な人や物が出入りする。

その中に歩いてしゃべが有ったとしても、彼らは目を瞑るのだ。


合法であろうと非合法であろうと、そんなものは関係ない。

彼らの判断基準は、男爵の意に沿うか否か、なのだ。


だがそれ故の問題も内在している。

実の所、傭兵崩れや盗賊のような者が多いのである。


今、門を守る二人も元は盗賊。

平時に真面目に職務をこなすほど、彼らは律儀ではないのだ。


「……ん?」


欠伸あくびをした男は、門へと近付く人影に気付いた。

小さな人影から子供であると彼は判断する。


「止まれ!」


その声に少女は大人しく立ち止まった。

いぶかしみつつも彼らは、面倒臭そうに自身の仕事へと取り掛かる。


「なんでこんな時間にガキが?ここは男爵様の邸だ、さっさと帰れ。」


しっしっ、と手で払う仕草でリベルに帰宅を促した。

だが、彼女がそれで帰るはずがない。


怪しく輝く目は邸の姿を捉え、その前に立つ門扉もんぴを見る。

横へと伸ばした手の先に現れるは羽箒大斧、一歩踏み出した彼女は斧を振った。


どがぁぁぁんっ!!!


頑強なはずの鋼鉄の門扉が、木の葉のように宙を舞う。

番兵の残骸も諸共もろともに飛び散り、優美な庭園が生臭い赤に染まった。


静かな夜を壊す破壊音。

それは邸を警備する者全員を叩き起こすに十分だった。


邸の裏に作られた宿舎から、蜂の巣をつついたように兵士が飛び出す。

庭園の植栽や石像を防御陣地として、彼らは迅速に迎撃態勢を整えた。


腐っても兵士、されどその能力は正規兵や傭兵を凌ぐ。

男爵は腕の立つ者を人間獣人問わず、積極的に抱え込んでいるのだ。


百を超える彼らに対するは、斧を持つたった一人の少女。

只人ただびとが見たならば結果は火を見るよりも明らかである。


十人程度の兵士が燧石フリントロック式ライフルを構えた。

そして指揮官の号令と共に、一斉にその引き金を引く。


ェッ!」

ダダダダァン!!!


全ての銃がほぼ同時に火を噴いた。


リベルは斧から手を放し、自身の胸の前で両手を広げる。

そして藪をかき分けるように、左右へと払った。


「何ッ!?」


銃の一斉射撃を受けたならば蜂の巣になるのが必然。

しかし、対峙する少女は平然と立っている。


銃弾は一発たりとも彼女へ届いていなかった。


ぱぁんっ!


銃を構えていた一人の男の頭が、突然炸裂した。


ぼんっ!

ばっ!

ぱぁんっ!


リベルへと射撃を行った兵が次々と頭を弾けさせて倒れていく。

何が起きているのか、指揮官にも他の兵達にも分からない。


彼らは一瞬前に起きた事を忘れている。

行方不明となった銃弾は、はたして何処へ行ったのか。


その答えは、リベルの手の内だ。

握られた手の中には、射手と同じ数の弾丸があった。


手を払った先程の動作で、驚く事に彼女は銃弾を全て掴み取ったのだ。

そしてそれを、リベルは返却しているだけである。


但し、銃口ではなく彼らの頭へ。


魔力も載せられた銃弾は、着弾と同時に爆弾のように爆ぜる。

それは容易に、人間の頭を木っ端微塵にしていた。


瞬く間に射手は全滅する。

全員が首から上を消失させて。


「チィッ。弓、魔法、放てッ!!」


次なる手をすぐさま指示する。

植栽と石像に隠れていた兵士が弓をつがえ、魔のもんを詠唱する。


バッ!

ズオッ!


矢は弧を描く途中、空中で静止した。


全てのやじりが軌道を変えてリベルを捉え、急加速して飛来する。

魔法を載せた必中の矢であり、鎧すら容易く貫く剛矢ごうしだ。


ボワッ!

バキバキッ!

ビュオォッ!

バゴッ!


炎が氷が、風が大地が。

燃え盛り凍結し、逆巻き隆起する。


詠唱を終えた彼らは、己の敵を指す。

それらが一斉にリベルへと放たれた。


流星の如く降り注ぐ矢と、庭園を破壊しながら真っすぐ迫る魔法の弾。

銃弾のように掴んで投げ返すのは不可能だ。


ひゅん、ひゅん

びゅん、びゅん


リベルは両手で斧を掲げ、頭の上でそれを回す。

回転は次第に速くなり、青き刃が満月を成した。


「そーれっ。」

ぞばんっ!!!


彼女は羽箒大斧で、大地を斜めに削ぐ。

青い満月はその姿を現したまま、彼女を覆い隠すように壁を作った。


ガガガガッ!

ドバンッ!

ズガガガガッ!

ドドォン!!!


流星と魔法が満月を撃った。

だがそれらは、一つたりとて月を穿てぬ。


「そいっ!」

ぐおぉっっ!


自身を隠す青き壁をリベルは押し出す。

満月は高速で回転して触れる大地を斬り、微塵に破壊する。


「な、あぎゃっ!?」


石像を、植栽を、そして人間を。

満月は全てを斬り、天へと打ち上げる。


「よし。」


そう言ったリベルの前に立つ者は誰もいない。

邸へ歩く彼女の背後には、星が輝く夜空の下で赤い雨が降っていた。





発砲音に破壊音。

それは居室で寛いでいた男爵を苛立たせるには十分だった。


「何事だ!騒がしいぞ!!!」


彼は怒鳴りながら大広間へとやってくる。


金のシャンデリアが天井に輝き、床には赤のカーペット。

入口の正面に大階段があり、中二階で左右に分かれている。


階段の分かれ目、つまりは入口から真っすぐ前の壁には大きな幕。

赤の布に金の縁取り、そして男爵家の家紋が金刺繍でデカデカと描かれていた。


大広間には、邸内ていないに控えていた兵が揃っている。

そして中二階部分には、彼の腹心たる黒髪の剣士がいた。


「閣下、何者かの襲撃です。外の者が迎撃しており……。」

「報告は良い!さっさと始末せんか!どうせ町の者が雇った傭兵か何かだろう!」


男爵は顔を真っ赤にしながら怒りをあらわにする。

剣士が口を開こうとした、その時。


どっがぁぁぁぁんっっっ!


邸の入口扉が吹き飛んだ。

数人の兵が扉の残骸に体を貫かれて絶命した。


ガラガラと入口周辺の壁が崩壊して崩れ去る。

屋外を包む夜の闇の中から、巨大な斧を手にした少女が姿を現した。


「子供……?」


男爵はリベルを見て呆気にとられる。

だが、すぐに彼は我に返った。


「ええい!貴様ら、さっさと殺せ!高い金を払って雇ってやってるんだぞ!」


男爵の怒声を受けて、兵達は咆哮と共に彼女へと襲い掛かる。

だがリベルは彼らの事は全く気にせず、前進していく。


「ほいっ、そいっ、ていっ。」


右からきた者を叩き斬り、左からきた者を突き貫く。

正面からきた者を縦一閃に斬り裂き、背後からきた者を斧の重量で叩き潰した。


彼女の目が映す相手はただ一人。

そして、その人物以外は誰もいなくなった。


「な、な、な!?なんだと!?」


男爵は狼狽しながら後退あとずる。

傍らに控えていた黒髪の剣士が彼を庇う形で、立ちはだかった。


「貴様、何者だ。」


抜き払った長剣の切っ先をリベルに向け、剣士は問う。


「なんで?」


問われた事には答えず、彼女は首を傾げた。


「それのために戦う?」


リベルは斧の穂先で彼を指す。

いや、長身な彼の後ろに隠れる男爵を指していた。


「私は騎士、男爵家に仕える騎士だ。主のために戦うは当然!」

「そ。」


聞いておいてリベルは興味を無くした様子で、短く一言。

そして、斧を構えて剣士に対する。


「な、何をしておる!ギュスターヴ、さっさとどうにかしろ!!」

「はっ、お任せください。」


男爵に短く返事をして、剣士ギュスターヴは階段を下る。


リベルよりは50センチ高い背丈に、背中に掛かる程度の黒の長髪。

髪と同じ色の瞳は、猛禽類のような鋭い目の中で獲物を睨む。


剣士としての十分な経験を積んだ肉体は筋肉質、でありながらしなやかだ。

その身を包むのは、魔法によって強化された衣服とロングコート。


彼の手にある長剣は、騎士の誇りを宿して鋭く光る。

店売りの安物とは異なる、彼の家に伝わる宝剣だ。


齢三十手前で剣技は更に磨かれ、加えて魔法についても才あり。

彼は男爵にとって、切り札とも言うべき存在である。


階段を下り切ると同時に、彼は一足飛びでリベルへと迫った。

姿勢を低くした彼は、長剣を両手で握って横に振り抜く。


速い。


剣閃は一文字にリベルを襲う。

彼女の身体を真っ二つにする一撃だ。


ガァぁンっ!!


二つの刃が衝突する。


ギュスターヴが尋常ならざるとしても、リベルもまた同じ。

素早く斧を回し、彼の剣を防ぎ止めたのだ。


「今度はこっち。」


止めた剣を弾き、軽やかにその場で時計回りに素早く一回転。

短く持った斧の刃で、彼の脚を薙ぎにかかる。


ざががっ!

「むっ。」


床を削りながら迫る刃に、ギュスターヴは小さく声を発した。

そして彼は、その場で跳びあがる。


「はぁっ!」

「おっ。」


上へと回避したギュスターヴは剣を振り上げた。

狙うのは、小さなリベルの脳天だ。


振り下ろされる剣には魔力が載り、鉄塊すらも両断する剛剣となる。

少女の頭蓋などバターを斬るが如くだ。


「よっとと。」


リベルは右へと振り抜いた斧に重心を移す。


軽い身体が、重い斧の刃に引っ張られた。

穂先を中心に時計回りに、ぐるりと強制的に移動する。


ズバンッ!


ギュスターヴの剣は空を切り、床を大きく切り裂いた。

リベルは後方へと跳び、間合いを取る。


「やるね。」

「そちらこそ。再び問う、何者だ?」


剣を構え、斧を構え。

互いに相手を警戒しつつも言葉を交わす。


「んー、ただの旅人。」

「白々しい、只人ただびとではあるまい。」


二人はほぼ同時に床を蹴った。


がァぁンッ!!


剣と斧が衝突する。


大振りでは隙が生じると判断したリベルは斧を短く持ち、剣の間合いに入っていた。

対してギュスターヴは剣を長く持ち、彼女へ接近する事を避ける。


彼が警戒しているのは、武器ではなくリベルの身体。

大斧すら軽々振り回す彼女の手足は、人間を砕くに十分な力が有るはずなのだ。


ガぎぃッ!

ばガんッ!!

ヂぃンっ!!!


全身を使って右に左に揺れるリベルと、どっしりと構えて刃を捌くギュスターヴ。

対照的ではあるが互いの狙いは一つ。


相手の隙を突く、それだけだ。

ゆえに打ち込み、体勢と構えを崩さんとする。


だが無理に踏み込めば逆に隙を生んでしまう。

大振りを避けて斬り合っているのは、その思惑の証左だ。


「むー。」

「くっ。」


互いの思惑は把握している。

だが、だからこそ、相手が崩れない。


このままでは千日手せんにちて

何時まで経っても決着とならないだろう。


だからと言って、魔法を使ういとまは無い。

下手に意識を別に移せば、途端に押し込まれて切り伏せられてしまう。


ゴがんッ!

ばヂぃン!!

びゅワンっ!!!


刃同士がぶつかり、得物が空を切る。

体捌たいさばきで攻撃を躱し、すぐさま反撃を叩き込む。


互いの目は瞬きを忘れていた。

その一瞬すら隙なのだ。


リベルの口元には笑みが浮かぶ。

好敵を得た、と感じて。


だが、そのたのしみは終わりを告げる。

下劣で無粋な、横槍によって。


「ギュスターヴ!!さっさと始末せんか!!!!」


主の言葉。

それが彼の意識を僅かに逸らせた。


ほんの一瞬、ただ刹那。

しかしそれは、決着をつけるに十分だった。


「はっ!」

「ぐ……っ!」


踏み込んで上から下へ振り下ろし。

剣を盾にして半歩後退し、威力を下へ受け流す。


「たっ!」

「ぬぅ……っ!!」


半歩踏み込み、穂先の槍で鋭く突き。

剣の腹でそれを打ち、横へと逸らす。


「せぇいっ!」

「がぁ……っ!!!」

ばぎぃんっ!!!


ぐるりと回り、大薙ぎ。

防ぎ止めた剣が圧し折れた。


刃が胴に食い込み、長身のギュスターヴの体勢を崩す。

だが剣が威力を削いだ事で両断はされなかった。


しかし、それは意味をなさない。

何故ならば。


「おわり。」


既に目の前の少女は斧を振り上げていたのだから。


「見事。」


ただ一言。

ギュスターヴは少女の、武人として尊敬できる相手を称賛した。


ずばぁんっ!!!!!!!


左肩から右脇腹へ。

袈裟斬りを受けた彼の身体は二つに分かれ、威力に押されて仰向けに倒れる。


決着。

なんとも不本意なそれに、リベルの眉間には皺が寄っていた。


「ば、ばかなっ!ギュスターヴ……ッ!!!」


男爵は驚愕する。


無理もない。

己に忠を尽くす、不敗無双の騎士が敗れ去ったのだから。


それは同時に、今この場に自身を守る者がいなくなったという事だ。

恐怖と衝撃に彼はその場から動けない。


たとえ動けたとしても、結果は同じであったであろうが。


「ま、ま、待て、早まるな。す、素晴らしい強さだ。」

「……。」


男爵はリベルの事を称賛する。

だがその言葉は軽く、何らの重さもありはしない。


「そ、そうだ!儂のお抱え騎士にならぬか?そうだ、それがいい!」

「…………。」


リベルは男爵に背を向け、コツカツと大広間の中心へと歩む。


見逃された、自分は助かった、男爵はそう考えたのだろう。

その顔に安堵の笑みが浮かんだ。


しかし。


「っ!」


勢いよく振り返ったリベルは、やり投げの要領で斧を投げた。

豪速で飛んだそれは、一瞬で男爵の胸を貫く。


ごっぱぁぁぁんっっっっ!!!!


彼の体は斧に連れられ背後の壁に叩きつけられた。

全ての威力ちからを受けた男爵は、木っ端微塵となって消し飛んだ。


壁に掛かっていた幕の家紋が赤に染まり、布地と同化する。

その上部が千切れて、ばさり、と降り落ちた。


「………………。」


何の感情も持たずにそれを見て、リベルはきびすを返す。

十二分に暴れたにもかかわらず、彼女の顔には不満が浮かんでいた。


さっさと宿に帰って寝よう。

リベルはそう考えた。


そんな彼女の背後で刀の鯉口こいぐちが、ちきり、と切られた。

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