第五章

第十七話 幽霊騎士を叩っ斬る

海賊船を運び、一週間ほど復興を手伝って、リベルはファビオと共に村を後にした。

彼女に助けられた彼らは、村総出で二人を送り出したのだった。


「ははは、人気者だねぇ、リベル君。」

「せいっ。」

ずどむっ


茶化すファビオの腹を、結構強めにグーで殴った。

だが彼は涼しい顔だ。


「これからお前、どこ行くんだ?」

「教えない。」


リベルは、ぷいっ、とそっぽを向く。

そんな彼女の頭を、ファビオはぐしぐしと強めに撫でた。


「むぬあー。」


両腕を上げ、リベルは彼の手を跳ね除ける。


二人は海に面した道を進み、分かれ道へと至った。

開拓村からの道であるが故か、どちらの道も細く頼りない。


「こっち。」


リベルは少しだけ考えて、右を指さした。

対するファビオは翼を広げる。


「んじゃ、俺は聖殿へ帰る。あー、ようやくのんびりできそうだ。」

「それ、ロンが許す?」

「見つからねぇように、こっそり帰るんだよ。」

「絶対見つかる。」

「騎士団長殿は慧眼だ、ロンバルトは代理だがな。ま、上手くやるさ。」


ファビオは悪戯っぽく笑みを浮かべる。

ばさっ、と彼の翼が風を起こし、その身体を宙へと浮かせた。


「おっと、そうだった。一つ助言だ。」

「助言?」


飛び去ろうとした所で、ファビオは何かを思いつく。

彼の言葉の意図が分からず、リベルは首を傾げた。


「今、動ける上級騎士は一人だけだからな。」

「だれ?」

「序列三位。」

「……ヤマ爺かー。」


短いファビオのヒントに、リベルは腕を組んで唸る。

その人物は、彼女が知る中でも最大級の難敵であるのだ。


「今度こそ連れ戻されるかもな。ま、頑張りな、けけけ。」

「うっさい。」


足下にあった石ころを、結構な速度で投擲する。

しかし龍は、それを易々と躱した。


「じゃあな。」


ひらひらと手を振り、ファビオは羽ばたく。

ほんの僅かな時間で、遥か彼方の空へと消えていった。


その姿を見送り、リベルは歩き始める。

海岸に沿っていた道は次第に海から離れていく。


遥かに広がるのは、広い広い平原。

小川に架かる木橋石橋を超え、段々と整備が行き届いていく街道を進む。


海から離れたとはいえ、まだまだ内陸部ではない。

土地の起伏は少なく、背が低い草が生い茂る緑の大地そして地平線が見える。


伸びる街道の先には、防壁に覆われた町。

今日の目的地はあの場所になりそうだ。


「ふむー。」


リベルは鳴く。

暇なのだ。


見晴らしの良い景色は長閑のどかの極み。

馬に跨って、ちょっとした遠乗りに良いような場所だ。


魔獣も殆どおらず、時折見かけたとしても抱きかかえられる程度の小型ばかり。

ゲル状のそれを拾い上げ、むにむにぐにぐにとり回す。


その魔獣はリベルから漂う不穏な気を感じてか、なんの反撃もしてこない。

彼女が戦ってきた相手のような存在など、ここにはいないのである。


更に、適当に破壊できそうな物もない。

手持ち無沙汰もはなはだしいのだ。


ぺいっ、とゲル魔獣を投げ捨てる。

ポインポインと二度跳ねて、それは草むらの中へと一目散に消えていった。


退屈に殺されそうになりながら、リベルは町へと辿り着く。

心の内で、そびえ立つ防壁を殴って破壊したいと思いながら門をくぐった。


以前訪れた傭兵崩れに襲われていた町と比べると、かなり大きい。

とはいえ、大都市と言うほどの規模ではない。


地方の中心都市、といった感じだろうか。

街を巡回する衛兵の装備も、他の地域と比べると良質である。


「ふむ?」


だが一つ、気になる事があった。


街行く人はうつむきがちで、大通り沿いの店にすら品物が少ない。

全体的に街に活気が無いのだ。


リベルは大通りを歩いている。

しかし誰に当たる事も避ける事も無く、進む事が出来る、出来てしまう。


通りを行くのは、衛兵と旅人と思しき者のみ。

一般的な町人がいないわけでは無いが、かなり少ない。


町人の身なりは他の町と、さして変わらない。

極端に困窮している、というわけでは無いようだ。


「ねえ。」

「ん?」


リベルは二人で街を見回っている衛兵に声をかけた。


「なんか、活気が無い。」


彼女の疑問を受けて、衛兵は気まずそうな顔をする。


「あー、まあ。ちょっと景気が悪くてね。」

「ふぅん。」


一時的に経済状況が悪くなる事は、どの町でも発生する。

流通が滞ったり、出荷している物が飽和して売れなくなったり、といった事で。


しかし、この町の状況をそれで表すには違和感がある。

何故なら、陰鬱な空気が漂っているような印象を受けるのだ。


もっと言ってしまえば、町人は何かに怯えているように感じる。


「怯えてる?」


道行く人を指さしてリベルが問う。

町人は衛兵と共にいる少女から指されて、大急ぎで路地に逃げていった。


その様子を見て、衛兵の男性はばつが悪そうに頭を掻く。


「あーっと……、街で妙な魔獣が……。」

「おい、あんまり変な事を言うなよ。」


彼の言葉を、もう一人の衛兵が遮った。

しかし、リベルはそれを聞き逃さない。


「魔獣?どんな?」

「………………はぁ。」


じっと少女に見詰められ、衛兵は沈黙の後に溜め息を吐いた。

彼を窘めた男性も仕方なさそうな顔で、そっぽを向く。


「夜に出る亡霊だよ。鋼鉄籠手ガントレットと二本の長剣だけのな。」


そこまで言った所で、彼は相棒から肘で小突かれた。

巡回へ戻るぞ、という事だ。


流石にこれ以上の無駄話は出来ない。

彼らはリベルに別れを告げ、仕事へと戻っていった。


「むふー。」


リベルは魔獣の情報を得る。


それはつまり、戦う相手を見つけたという事だ。

暴れる、が不足している彼女は、意気揚々と宿屋へと足を運ぶのだった。






夜。


昼間より更に街は静まり返っている。

まるで墓地にでもいるかのようだ。


大通りを歩いていても、誰ともすれ違わない。

不思議な事に衛兵とも出会っていない。


かつこつ、とリベルの足音だけが響く。

夜空に輝く月と、それを彩る星々が街を照らしていた。


亡霊が出るには打って付けと言える。

どこかにいないかとリベルは路地へ入り、裏路地を覗いていく。


そんな時。


タッタッタッタッ……


曲がりくねった路地の奥から彼女に向かって走る足音が聞こえた。

亡霊か、とリベルは身構える。


しかし目的の魔獣は、鋼鉄籠手と長剣だけの存在であるはず。

足音は生じないだろう。


街の中に、そう何種類も魔獣が入り込んでいるとは思えない。

そして音の調子からそれの主は、靴を履く二足歩行の何か。


となれば、この音は人間だ。

多少の警戒はしつつも、リベルは先が見えぬ路地の奥を見つめた。


タッタッタッタッ……

「くそっ、何なんだあいつはっ!毎回毎回、鬱陶し、うわあぁっ!!??」


走ってきた男性は後ろを警戒しており、前を見ていなかった。

視線を戻した彼はリベルに驚き、急停止すると同時に後方へ倒れ込んでしまう。


彼が肩に負う形で持っていた麻袋が、放り投げられる。

地面に落ちたそれから、がちゃん、と金属音が生じた。


口が開いた袋から、ジャラジャラと何かが零れ落ちる。

宝石や貴金属、そして硬貨だ。


「あ、あわわ…………。はっ、な、なんでこんな所に人が!?」

「散歩。そっちこそ、何?」


腰が抜けた男性に、リベルは一言だけで返答する。

月明かりが路地を照らした事で、彼の風貌が明らかとなった。


年の頃は二十半ば。


眼鏡をかけており、髪色はブロンド。

身体の線は細く、優男といった印象だ。


なんとか立ち上がった彼は、リベルの問いに答える。


「ぼ、僕は商人だ。」

「商人?なんで夜に走ってるの?」

「そ、それは…………ハッ。あいつが、あいつが来る!」


自身が追われていたモノの存在を思い出し、彼は身体を跳ねさせる。


「もういる。」

「え。」


ヒュッ

「うわっ!」


リベルは咄嗟に男性の胸倉を掴んで、後方に引く形で投げ飛ばした。

強制的に移動させられた彼の襟足を鋭い剣閃が掠めて、数本の毛髪を散らせる。


路地の闇を月明かりが晴らしていく。

そこにいたのは、いや在ったのは二振りの長剣を握る古びて傷だらけの鋼鉄籠手。


成人男性の腕の高さで宙に浮かんだそれに、体は無い。

騎士の体から腕だけが抜け取れたかのような姿だ。


それは人間を積極的に襲う、不忠の騎士。

それは夜の恐怖を纏うかのような、亡霊の剣。


幽霊騎士 ―ゲシュトツァリ― 。

その魔獣は、悪を成す。


「ふぅん。」


リベルは幽霊の騎士に対峙する。

そんな彼女の前で、幽霊騎士ゲシュトツァリは動かない。


斧を取り出したリベルは、ゆっくりとそれを構える。


「しっ。」

どがんっ


縦に一閃。

だがそれは、二つの籠手の間を抜けて地面を割った。


やはりそれに体は無いのだ。

攻撃を受けて、幽霊騎士の腕が動く。


ビュンッ!


右手の剣がリベルの首を薙ぐ。

大きくしゃがみ込み、それを躱した。


だが、ほぼ同時に彼女の首筋を突き刺す形で左手の剣が振り下ろされる。

咄嗟に右へ転がる形でリベルはそれを避けた。


ビュンッ!

ヒュッ!

シュパッ!

ズガッ!


腕と剣は宙で変幻自在に乱れ舞う。

その様は剣閃で作られた暴風の如くだ。


人間とは異なって体が無い事から、思わぬ方向から剣が来る。

薙いだ剣が突き、斬り上げた剣が振り下ろされた。


一つ一つの攻撃が速く、そして鋭い。

亡霊とはいえ、騎士の名は伊達ではないのである。


「ほっ。」


リベルは間隙かんげきって反撃に出る。

狙う先は剣を握る鋼鉄籠手だ。


がぎっ!


石突による突き。

しかし大した手応えが無い。


相手は宙に浮かぶ亡霊。

どれだけ強く突いても、後方へ下がる事で威力を殺せるのだ。


そしてもう一方の手から、すぐさま反撃が来る。

躱している間に攻撃した剣が、頭上から振り下ろされるのだ。


「むむぅ。」


何度かの突きと斬り。

その全てが受け流されて決定打となっていない。


物理的に倒すには、それなりの威力が必要だ。

だがここは町のド真ん中。


三日月を放てば建物は吹き飛び、おそらく町人も運命を共にするだろう。

流石にそれは問題である。


「よしっ。」


何かを閃いたリベルは、幽霊騎士の間合いへと突っ込んだ。

射程圏内へ入った彼女へ、鋭い長剣が振り下ろされる。


ザガ……ッ!!!

「ぐっ。」


剣はリベルの身を深く斬る、だが致命傷ではない。

受け止めた右手、親指と人差し指の間を通って手首まで食い込んだのだ。


しかしそれによって、剣は動きを止めた。

リベルはその籠手を左手で掴む。


ぶわっ!


光が彼女の手から生じ、二つの鋼鉄籠手と剣を包む。

浄化の光だ。


幽霊騎士は自由となっている、もう一方の剣を振る。

リベルは頭でそれを受け止め、どろりとした赤が顔の左半分を覆い尽くした。


しかし、そこで終わり。

二振りの剣と鋼鉄籠手は動きを止め、糸が切れたかのように力を無くす。


がらん、ごろん


大地へ落ちたそれは、二度と浮かび上がる事は無かった。

傷を負ったリベルはすぐさま治癒魔法を発動させる。


「ふう、おわり。」


二つに分かれた右手はくっつき、割れた頭も元に戻る。

出血は服を汚さぬように風の魔法で吹き飛ばして、水の魔法で綺麗に流した。


「大丈夫?」

「あ、ああ。あり、ありがとう。」


凄絶せいぜつな戦いを目の当たりにした男性は、震えながらも礼を言う。


「で、なんで?」

「は?」

「商人が何でここに?」

「あ、ああ、そういう事か……。」


先程の話の続きを、まるで何も無かったかのようにリベルは続ける。

困惑しながらも、商人と名乗った男性は言葉を繋いだ。


「町の人から協力を募っているんだ。」

「協力?」

「ああ。この町を治める男爵を倒すために。あいつは酷い政治をしてるんだ。」

「ふぅん。」


街に活気が無かったのは、その男爵のせいである。

リベルはそれを理解した。


「で、何で宝石?」

「侯爵様に御目通り願う為さ。金品を商品として話を付けて本題へ、って事さ!」


彼は言葉を続け、この町を治める男爵の直系筋の侯爵について語る。

名君として知られる侯爵だそうだ。


しかし男爵は上手く真実を誤魔化して苛烈な事をしている。

重税に強制的な労役、収奪に凌辱、何でもアリなのだそうだ。


近頃は海賊とも結び、貿易船を襲わせている。

自領の端に彼らの根拠地を作る事を保証した。


そういった噂もまことしやかに語られている。

つまり男爵は、領内全ての敵なのだ、と。


「という訳で、僕は夜の闇に隠れて走り回ってる。だけどあいつに邪魔されてさ。」


くいっと彼は顎で幽霊騎士の籠手と剣を指す。

その顔は、多少の憎悪に歪んでいた。


「だが、君のおかげで助かったよ!これで侯爵様に助けを求められる!」

「そ。」

「あ、そうだ。お礼をしなきゃ。」

「いらない、みんなを助けるために使えばいい。」

「そ、そうかい。じゃあ僕はこれで!」


笑顔でリベルに言った男性は、転がり落ちた貴金属を袋に詰め直して走り去った。


その場に残されたのはリベルと、幽霊騎士の籠手と剣。


そして。


「………………おわり。じゃない。」


路地の奥へ進んだ彼女は、足元から何か小さなものを拾い上げた。

それは手のひらに収まる程に小さい鼠、黄色に白毛まだらのハムスター。


身を隠す黒いローブを羽織り、円錐えんすい状でつば広の黒帽子を被っている。

手には細い棒の先に星の付いた杖。


童話の中に登場する魔法使いの姿を思わせる姿だ。

彼は目を回し、気絶していた。


その腹を優しく撫で、リベルは幽霊騎士が鋼鉄籠手と剣を拾う。

小さな魔法使いこそが騎士だったのだ。


幽霊騎士は積極的に人を襲う。

だが、彼が襲う相手には一つの共通点がある。


彼の名は幽霊騎士。

余に蔓延はびこる悪を討つ、民に忠を捧ぐ騎士なのだ。






リベルは夜道を歩く。

行く先は大通りの先だ。


この町を見下ろす、僅かな丘の上に立つ建物。

男爵のやしきだ。


坂を上る。

そして、そこで彼に出会った。


「こんばんは。」

「き、君は……っ。」


眼鏡をかけたブロンド髪の男性。

先程リベルが助けた相手である。


その人物は、邸の門から出て坂を下ってきた。

敵であるはずの男爵の居場所から。


「なにしてたの?」

「だ、男爵を騙すために商売をしてきたのさ。信頼を得て情報を引き出すんだ。」

「ふぅん?」


リベルは彼の事をめ付ける。

夜の闇の中で、彼女の瞳の赤が怪しく輝いていた。


「荷物はどこ?」

「や、宿に置いて来たさ。」

「足、速いね。」


リベルは先ほどの路地から、真っすぐ男爵邸へ来た。


宿に袋を置き、男爵邸で交渉し、門から出てくる。

それを短時間で出来るとは思えない。


真っすぐ邸へ来て、門で止められずに入り、用件を短く済ませたのなら別だが。

例えば、そう。


、とか。


「さっきのは嘘。」

「い、いや、嘘じゃない!僕は本当に町の人を―――」


ひゅぱっ


「すぇぶ。」

「もういい、ばいばい。」


リベルの手刀が左から右へ一閃。


それが通った空間が、真っ二つに切り裂かれる。

嘘吐きの舌の根を、そして首を両断した。


彼の頭が静かに後方へ、ころり、と転がり落ちる。

何が起きたのか理解できない体は棒立ちで、少し遅れてその場に崩れ落ちた。


「さて。」


リベルは坂の先を見る。


夜の闇の中で煌々と光をたたえる、男爵の邸を。

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