第十二話 武哮を叩っ斬る

弾けるように吹き飛んだ砂丘。

膝を抱えるような格好で、空中をくるくると回転する影が一つ。


それはリベルの前へと着地し、彼女へ向けて拳を突き出した。


「勝ぉぉぉ負ッッッッ!!!!!」

「アウス、うるさい。」


大気を震わせるが如くの大声。

それを受けてリベルは、指を耳に突っ込んで苦情を伝える。


「あ、ごめん。」


わりとあっさり、アウスと呼ばれた青年は謝罪した。


年齢は二十に達していないくらい。

褐色の肌を持ち、背丈はリベルより顔一つ分高い。


赤褐色に近い黒髪は毛先がツンツンと立っており、それを乱暴に後ろに流している。


頭頂部付近からピンと天へ伸びるのは、挟み込むタイプの金ピアスを付けた狼の耳。

頭髪と同色の外側と白い毛に守られた内側、どちらも柔らかな毛並みである。


ぱっちりと開いた目にあるのは明るい紫ライトパープルの瞳。

真っすぐにリベルを見る目は、とある楽しみに溢れて輝いている。


上半身を覆うのは、胸までのショート丈で前開きの灰色半袖シャツ。

前面はボタンで閉じられておらず、筋肉質な胸と腹がさらされている。


下は茶色のハーフパンツ。

赤布に金刺繍の腰巻は片側に長く垂れており、とても色鮮やかだ。


ズボンから伸びる足も筋肉質でしなやか。

足元は茶色の編み上げサンダルを履いている。


荷物は無く、砂漠に挑むにはあまりに軽装だ。

とはいえ、リベルも似たようなものであるが。


髪の毛と同色の尾は力無く、へにゃりと垂れている。

元気全開の所に苦情を入れられて、少しばかり凹んでいるようだ。


彼は混血によって人の要素が多くなった、狼の獣人。

耳と尾、そして僅かに長い犬歯が狼の血を示している。


「遊びに来たの?」

「うん!」


リベルの問いかけに、満面の笑みでアウスは頷く。

だが少し遅れて、彼はハッと表情を変えた。


「って、そうじゃない、そうじゃない!リベル、一緒に帰ろうよ~。」

「や。」


ぶるぶると首を振ってリベルは断る。

しかしアウスは退かない。


「そう言わずに~。手合わせしてくれる人が少なくなって、つまらないんだよぉ。」


シュッシュッ、と拳で空を打ちながら、彼はリベルにすがる。

しかし彼女もまた退かない。


「嫌。縛られるの、面白くない。」


アウスの事を真っすぐ見て、リベルは鋭い目つきで圧力をかける。


「そんなに睨まないでよ~。あ、まさかこれも遊び?それなら!うううーっ!」


彼女に顔を近づけて、狼ばりに唸った。

しかし彼の行動や言動から、むしろ大型犬のような印象である。


「やめて。遊びじゃない。」

「あはは、そうだよねぇ。」


ぷいっ、とそっぽを向いたリベル。

アウスは頭を掻いて苦笑した。


彼は周囲を見回して、リベルに対して笑顔を向ける。


砂賊さぞくを倒して困ってる人を助けるなんて、リベルは流石だね!」

「そんなのじゃない。」

「え~?」


褒めたのに否定されてアウスは口を尖らせる。

続いて彼は首を傾げた。


「じゃあ、何~?なんでこんな事したの?」

「ただそこにいたから。退屈しのぎ。」


つまらなそうにリベルは言う。

彼女は足元にあった砂賊の残骸を蹴った。


「乱暴者だなぁ。」

「アウスにだけは、言われたくない。」

「え~?ボクは乱暴者じゃないよ~。いきなり襲い掛かってないじゃん!」


アウスはリベルの言を否定して、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。


そもそも乱暴者で無いのであれば、砂丘を吹き飛ばしたりしない。

つまり、この場にいるのは乱暴者だけである。


乱暴者、乱暴者じゃない、と二人は言い合う。

争いは同レベルの者の間でしか生じない、つまりはそういう事だ。


二人以外に誰もおらず、仲裁なり否定なりしない状況。

それは、砂漠のように不毛な押し問答であるだろう。


しばしそんなやり取りをした後。

リベルとアウスは、共に面倒臭くなった。


そして会話は振り出しに戻る。


「リベル、一緒に帰ろっ!」

「や。」

「むー、どうやったら一緒に来てくれる?」

「知ってるでしょ。」


リベルの言葉を受けて、アウスは眩いばかりの笑顔を見せる。


「やっぱり、そうなんだね!やったぁっ!!」


両の拳を握りしめて万歳。

散歩に行くか、玩具を見せられた飼い犬のようである。


だが、その顔はすぐに狼へと変わった。


ぶわり、と風と光が彼の足下から生じる。

アウスの身体を包み込んだそれは、すぐに霧散して消えた。


耳に輝くピアスは変わらず金に輝き、巻かれた白の鉢巻が後方に長く尾を垂らす。

白の半袖ハーフジャケットは胸丈で前が開けられており、金装飾が彩りを添える。


ハーフパンツもまた白。

腰に巻かれた赤布は後方が脹脛ふくらはぎまで垂れており、金刺繍が更に豪華になっていた。


軽装だった彼の足元には銀のすね当て。

でありながら、靴ではなく金色の編み上げサンダルを履いている。


そして、彼の前腕には白に金縁きんぶちの金属手甲、されど拳を保護する部分は無い。

攻撃を補助する物では無く、純粋に腕を守るだけの防具だ。


白を基調とする装備は、砂漠の日を受けて更に輝いて見える。

彼の褐色肌は装束との対比もあって、より美しくえていた。


ガツンッッッ!!


アウスは両の拳を握って打ち合わせる。

衝撃が鉢巻の尾と腰巻の後ろたれをはためかせた。


「さあっ!リベル、勝負ッッッ!!!」

「うるさい。」

「ごめん。」


苦情を受けて、アウスは耳と尾をへにゃりと垂らす。

が、すぐに元に戻った。


「聖殿騎士!序列十位!アウス・ジャービル・アルダギル、いっくよぉッッ!!!」


名乗りがそのまま咆哮となって、それと共にリベルへと突撃する。


リベルは斧を出現させて彼を斬りつけた。

対してアウスは拳でそれに応じる。


金属と拳、打ち合ったとて拳が負けるが必定。

しかし、この場において常識は通用しない。


ガッぁァンんッッっ!!!


双方が衝突し、まるで金属同士が打ち合ったような轟音が響く。


彼の拳の一撃は、リベルの羽箒大斧と同等の重さを持つのだ。

並の相手ならば、拳打けんだ一発で木っ端微塵である。


だからこそ、彼の相手が出来る者が限られる。

手合わせ相手がいなくて退屈、というのも当然と言えば当然なのだ。


だが、それはリベルも同じである。


「良いね。」

「でしょ!」


にやりと笑ったリベルに、アウスは輝かしい笑みを返す。


大斧と剛拳、どちらが勝つか。

単純な力比べもまた楽しいものだ。


「むっ。」

「よっし!」


ぐぐぐ、とアウスの拳が斧を押し返す。

勝負は彼の勝ちである。


「はっ。」


リベルは大きく後方へ跳んで、彼から距離を取った。

しかし、それをアウスは許さない。


「逃がさないよっ!」


彼女が着地するよりも先に、彼は着地地点へ到達していた。


途轍もなく速い。

強靭な脚力が可能とする移動、ほぼほぼ瞬間移動である。


握った右手を腰に添え、全身を使った渾身の一撃を叩き込む。

剛拳はその速度から熱を持ち、火焔を纏って彼女の顔面に襲い掛かった。


「ふっ!」


空中で後方に一回転して着地地点を僅かに後ろにずらす。

ぐるり、と斧を回転させて逆さに持った。


突きには突き。

石突に防御の魔法を何重にもかけ、槍のように突き出した。


ドずんッ!!!


二つが激突し、衝撃波が砂の大地を切り裂く。

今度は両者引き分けだ。


「くっ!やるね、リベルッ!」


後方へ大きく跳んだアウスは、空中にありながらリベルへと賛辞を贈る。


「そっちこそ。」


回転させた斧を構えて、リベルは言った。

社交辞令ではない、本心からの言葉である。


力と力。

小細工無しの純粋な力勝負は、彼女も楽しいのだ。


二人は向き合い、構えを取る。

互いの口元には笑みが見えた。


ざあぁぁぁ……


衝撃波によって刻まれた大地の傷に、砂が吸い込まれて消えていく。


「せぇいっ!」

がぁんっ!


大地に消えていく砂を衝撃が吹き飛ばした。

今度はリベルの番。


アウスに勝るとも劣らない速度で接近して跳び、縦に一閃振り抜いたのだ。

交差させた腕を掲げ、彼はその一撃を受け止めた。


「ぐ、ぐぐぐっ!」


斧を受け止めた二つの手甲が悲鳴を上げた。

全力で押し返すが、じりじりと押されて刃が額へと迫ってくる。


「だああああぁぁぁっ!!!」


気炎咆哮。

身の内の魔力を筋肉へと注ぎ、アウスは全開以上の力を出す。


ギギ……ッ

ギギギ…………ッッ

バギィンッッッ!!


押しつぶされようとしていた刃を逆に弾き飛ばした。


「っ!」


斧を弾かれて、リベルは万歳をする形で腕が上がる。

それはつまり、胴が隙だらけになったという事だ。


「はぁぁッッ!!!」


アウスは時計回りに身体を回転させて、遠心力も載せた回し蹴りを放つ。

ただの蹴りでありながら、ゴォッと風を穿つ音が鳴った。


ドズン……ッッ!

「が、ふっ。」


その一撃は正確に、リベルの胴を捉える。

大きく食い込んだ蹴りは、みしり、と彼女の身体をきしませた。


リベルの肺から、強制的に空気が吐き出される。

そして。


ダァンッ!


射出されるように、彼女の身体が吹き飛んだ。


一度、二度と砂の大地をバウンドし、遥か後方の丘へと叩きつけられる。

弾け飛んだ砂が盛大に散り、彼女の身体に降り積もって埋没させた。


「ふぅぅぅぅ…………。」


姿勢を正し、アウスは深く息を吐く。


彼にからめ手のような特殊能力は存在しない。


ただ単純に身体が非常に頑丈で、尋常ではない膂力りょりょくを持つだけだ。

そしてそれは魔力によって更に強化されており、既に人の及ぶ範囲を超えている。


平時は人懐こい犬のような無邪気さを見せる彼の本質は、猛き狼。

ただひたすらに力を持って他を圧する、純粋な暴力の化身なのだ。


聖殿騎士、序列十位『武哮ぶこう』のアルダギル。


誰よりも強く、誰よりも純粋な拳士けんしである。


そんな彼は、ハッと我に返った。


「あー!リベルーーっ!大丈夫~~~!?死んじゃって無いよね~~~~?」


自分でやっておいて、アウスはリベルの事を心配する。


彼は器用な事が出来ない。


つまりは高度な魔法、それこそ蘇生魔法などは使えないのだ。

やってしまったら、大急ぎで仲間の下まで運ばなければならないのである。


「勝手に殺さない。」


降り積もった砂をはたき落とし、リベルは立ち上がる。

かなりの距離を吹き飛ばされた事で、アウスの姿は米粒のようだ。


合成獣キマイラを粉砕する程の蹴りを受けても、彼女は深刻なダメージを受けていない。

直撃の瞬間に、直撃する部分に魔法障壁を何重にも張って防御したのだ。


「んーっ。」


リベルは大きく伸びをする。

ぐるんぐるんと両腕を大きく回し、斧を手にした。


「じゃ、今度はこっちの番っ。」


リベルは斧を振りかぶる。

それに魔力を込め、青き刃を強く強く輝かせた。


「せぇぇいっ!」

ぞばんっっっっ!!!


縦一閃。

大きな青の三日月が一つ。


それはリベルの十数倍もの大きさ。

津波の怒涛どとうの如き音を響かせながら、砂の海を斬り裂き進む。


「うわわぁっ!」


自身へと飛来する巨大な青の三日月に、アウスは声を上げる。

だが、それは悲鳴ではない。


「よおぉっし!!!勝ぉぉぉ負ッッッッ!!!!!」


ガツンと拳を強く打ち合わせて、彼は構えた。

白い歯眩しく笑った彼の口から、狼牙ろうがが覗く。


自身の十倍はあろうかという青の月は、もはや完全な衝撃の壁である。

普通は慌てふためき逃げようとするのが当然。


それに勝負を挑むなど、愚者のする事である。

だが彼は愚直な程に純粋、武の頂へえる狼なのだ。


逃げる事など、あり得ない。

アウスは自身の全力をもって、青き三日月を炎を纏った拳で打った。


どズンっッっッ!!!


重い重い衝撃が大地を揺るがす。

青と赤の奔流が大気を焦がした。


「ぐぅ、ああ、あああッ!!!おおおおりゃああああぁぁぁっ!!!」


どがぁんっっっ!!!!


青の三日月がはじけ飛ぶ。

赤の拳が勝ったのだ。


しかし、勝敗は違う結果となった。


「が、あ…………っ。」


拳を振り抜いたアウスの胴に、斧の刃がめり込んでいた。


ベキベキと骨を折り、ミチミチと肉を断つ音がする。

青の三日月を囮に、リベルは彼の懐へと潜り込んだのである。


「終わり。」


ぐらり、とアウスの身体が揺れる。

そのまま彼は、バタリと砂の大地に身体を横たえた。






「いやー、リベルやっぱり強いねぇ。負けちゃったよー。」


小舟の上でアウスは晴れ晴れと笑う。

敗北を喫したにもかかわらず、彼の顔に悲愴は無かった。


勝負して負けたのであれば、自身の方が弱かったという事。

ならばもっと強くなればいい。


それ故に彼は晴れやかなのだ。

まだ自分は強くなれる、という確信を得たのだから。


「あんまり動かない。」


小舟を走らせながらリベルは、座る彼の背中に手を当てている。


上半身の骨と筋肉を粉砕するレベルの傷。

相手がアウスでなければ、確実に死んでいた一撃である。


だが放置すれば、流石に死ぬかもしれない。

砂漠で特定の砂一粒を偶然拾い上げるくらいの確率で。


それ故に、念のために治癒魔法を掛けているのだ。


「ボクもリベルみたいに器用に魔法使えたらな~。」

「絶対無理。」

「だよねぇ~、あはは。」


ズバッと一刀両断にしたリベルに対して、アウスは特に気にせず笑う。


「ロンバルトさんに何て言おうかな~。」

「追ってこなくていい、って言って。」

「ボクが言っても意味無いよ~。リベルが直接言いに行って。」

「や。それ、帰る事になる。」


巧みな誘導を看破し、リベルは指摘する。

そう簡単にはいかないのだ。


目論みを見透かされたからか、アウスはぽかんとしている。

そして、ハッと我に返った。


「ホントだ!気付かなかった!!」


アウスは、アホの子であった。


「君!無事だったか!ん?一人増えて………?」


黒髭の商人がリベルを出迎え、行きにはいなかったアウスを見て首を捻った。

そんな事は気にせず、リベルは木箱を彼へと返却する。


「お、おお!?宝石を取り返してくれたのか!?」


困惑しながらも男性は驚き、そして喜ぶ。

リベルの小さな手を両手で掴み、礼を言った。


「ここまでの恩、礼をしなければ!是非うちの店に来てくれ!」

「いい。」

「え~、リベル行こうよ~。」

「や。というか、アウスは何もしてない。」


断ろうとするリベルの事をアウスが説得する。


行く、行かない、の押し問答。


その末に、今回はアウスが勝利した。

負傷してるから休みたい、という禁止カードを使ったのである。


溶岩に放り込まれても死ななかったアウスが、この程度でどうにかなるはずがない。

それは分かっていたが、面倒になったのでリベルは溜め息と共に頷いたのだ。


その結論を受けて黒髭の男性は、よし決まったな!と声を張る。

砂色の舟駱駝に牽かれる車に乗って、二人は町へと入った。


黒髭の男性は相当手広く商売をしていた。

商店はもちろん、宿に酒場、宝飾店に魔法道具の店も経営していたのだ。


豪勢で大量の食事、立派で快適な寝床。

命と商売を救われた男性は、張り切りに張り切って大盤振る舞いだ。


少々気圧けおされながらも、リベルとアウスは飲み物ジュースを手にカツンと乾杯したのだった。

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