第十一話 砂賊を叩っ斬る

山にって旅人を襲う者たち、それは山賊。

海に在って旅船たびふねを襲う者たち、それは海賊。


ならば、砂漠に在って隊商を襲う者は何と呼称するか。

それは。


「クソッ!砂賊さぞくに目を付けられるとは、実に運が無い!」


黒の髭を蓄えた褐色肌の男が、自身の運を嘆いた。


彼は頭にはターバンを巻き、ローブのようなゆったりとした白の服を纏っている。

砂漠の民の伝統装束であるが、服の装飾から裕福な人物であると分かる。


賊に襲われながらも彼は諦めず、荷を牽く駱駝らくだに鞭を入れる。

共に旅をする二十ばかりの仲間も彼に続く。


彼らが操るのはただの駱駝ではない。

砂塵駱駝 ―ザントルメッロ― と呼ばれる家畜化された魔獣である。


一般的な駱駝の倍近い体格を持ち、背中には三つのこぶ

砂色の体は強靭で、背に乗る事も荷を牽かせる事も出来るのだ。


力強い事で多くの荷を運べ、更に砂漠を行く歩も速い。

でありながら、非常に温厚で扱いやすい存在である。


列を成す隊商の中でも、より裕福な者たちが扱う財産だ。

砂色の体を持つ駱駝は、砂漠を行く舟なのである。


「逃げても無駄だ!とっとと諦めるんだな!」


砂にくすんだ黒髪を風になびかせ、長い刀身を持つ曲刀を振りかざす。

すそが絞られた八分丈のズボンが印象的だ。


木製の小舟が砂の海を走り、跳ねるようにして砂の丘を超える。


その数、約三十。

風の魔法によって推進力を生みだした舟は、猛スピードで隊商を追っていた。


舟底が金の波を切り、三角の帆が風を捕らえて更に速度を得る。

賊が操る舟はヨットのような姿だが、それよりも舟体が細く長い。


砂賊。


金砂きんしゃの海を根城とする盗賊である。

彼らは砂漠を走る小舟を操って獲物を襲撃するのだ。


一般的な隊商では、彼らから逃げるのは不可能に近い。

黒髭の男性たちのような裕福な者でも、逃げ切るのは容易ではないのである。


黒い鞭が砂色の体を叩く。

駱駝はそれを合図にして、更に足を速くする。


彼らに蹴られた砂が舞い、砂塵を生じさせた。

砂賊の舟がそれを弾き、段々と隊商へと近付いていく。


「走れッ、走れッ!何としても逃げ切るんだ!!」


黒髭の男性は声を張り上げる。

鼓舞された彼の仲間たちも諦める事無く、駱駝を操る手綱を離さない。


逃げ切るのか、追いつかれるのか。

砂漠を行く二つの舟は、その脚で死闘を繰り広げていた。






山脈蛇モンドゥラルエンテを叩っ斬ったリベルは、ようやく町を見付けた。

まだまだ距離はあるが、今度は蜃気楼を纏った蛇で無いのは明白だ。


目的地を視認できたならば、そこへ行けば良い。

もう無理な一直線進行破壊活動をしなくても問題ないのである。


のんびりゆったり、リベルは歩く。

だが、ただ歩くだけでは少々退屈だ。


「なにか起きないかな。」


周囲を見回しても砂しかない。


植物は一切生えておらず、生命は足元の小さな虫くらいだ。

魔獣らしき気配は無く、襲い掛かってくる者はいないだろう。


砂の山を消し飛ばすのにも飽きている。

彼女の暇つぶしに、既に幾つもの砂丘がこの世から消えていた。


「ん?」


砂塵が見える。

そしてそれが自身に向かってくる。


騒動の気配をリベルは感じ取った。


「くっ、町から遠ざかってる!小賢しい砂賊共め!」


逃げ道を塞がれて誘導されている事に気付いた、男の苛立った声が響いた。

駱駝を打つ鞭の音が聞こえる。


その方向を見たまま、リベルはその場に留まっていた。


「なっ!!??」


御者席で鞭を手に駱駝を走らせていた黒髭の男性は目を見開く。

何もない砂漠の真ん中に、いるはずの無い少女がいたのだ。


「くそっ!!!」


ね飛ばすわけにはいかない。

咄嗟に手綱を引き絞って駱駝を停止させる。


急停止した彼につられて、仲間たちも駱駝の脚を止めさせた。


「ははは、遂に諦めたか!」

「ちっ、追いつかれたか…………。」


ギリリと黒髭の男性が歯嚙みする。

小舟に乗った男達が隊商とリベルを囲んで停止した。


彼の真正面、リベルからしても正面に首領と思しき男が立つ。


「全員抜剣しろ!傭兵、出番だぞ!」


御者席に立った男性の声に、隊商員が剣を抜いた。

荷車に同乗していた傭兵達が、得物を手に飛び出す。


すぐさま戦闘が始まった。

怒号と剣戟の音が響く。


リベルは周りを確認した。


黒髭の男性が立つ荷車の中には大量の物資が載っている。

食べ物、日用品、書物、布や織物、宝石に鉱石。


それが一台の中にあるのだ。

他に五台ある事を考えれば、相当な量と金額になるだろう。


荷を運ぶ彼らは商人だ。


対して彼らに襲い掛かっている者たちは、バラバラの粗末な服装。

武器が長曲刀シャムシールである事だけが共通点だ。


小舟の中には僅かな食料と水があるだけ。

荒々しい言動と行動からも、彼らが賊である事がよく分かる。


となれば、自身が戦うべきはどちらか。

問うまでも無い事である。


「さあて、大人しく降伏してくれると楽なんだがなぁ?」


ニヤニヤと笑いながら、砂賊の首領は長曲刀を振る。


「まあ全員、殺すんだがな!」


切っ先を黒髭の男性へと向けた。


「来るなら来い!易々とやられるものか!」


黒髭の男性は一切怯む事無く、砂賊の首領を睨んで怒鳴った。

だがそんなものはどこ吹く風、首領の浮かべる笑みは変わらない。


波を打つように砂賊が襲い掛かる。


「なんだァ、このガキは?まあいい、死ねェッ!」


砂賊の男の一人がリベルへと襲い掛かる。

振り上げた長曲刀が、太陽の光を刀身に受けて輝いた。


その刀身はすぐさま赤に染まる。

ただし、彼自身の血によって。


ぼぱっ!


人体が容易く爆ぜる。

振り上げた腕を残して男が世界から消滅した。


「ハァッ!?」


砂賊の首領が声を上げる。


それも当然だ。

砂漠に似合わぬ恰好の少女が、突然斧を出現させて仲間を消し飛ばしたのだから。


周囲を囲んでいた者、そして黒髭の男性も一瞬動きが止まる。

その一瞬が致命的な隙となった。


「よっ、ほいっ。」

ごぱっ!


振られた斧が、砂賊の獣人男の顔面を吹き飛ばす。

ぐるりと回転させて、今度は石突で背後の賊を突いた。


どむんっ!


みぞおち辺りにめり込んだそれは、打ち込まれた男の胸に大きな風穴を空けた。


「チッ、ガキも傭兵か!お前ら、魔法だ!」


首領の言葉に砂賊たちはリベルから距離を取る。


一瞬の詠唱の後、四方八方から風の刃が放たれた。

それが砂を巻き上げて纏い、金の月となってリベルに襲い掛かる。


「良いね。」


にぃっ、とリベルは怪しく笑った。


彼女の手に魔力が集う。

大地に手を突き、砂を掴んだ。


ざあっ


ただ零れ落ちるだけのはずの砂が、手の内から落ちない。

それは大地と繋がったまま、鞭のように連なった形を成す。


地の魔法である。


「はっ。」


リベルは大地と繋がった砂の鞭を振るった。


ざぁんっ!


鞭を振るう音と砂が流れる音が混ざって響く。

大量の砂で出来た砂鞭さべんが、大地と水平に弧を描いた。


ばばばばんっ!


金の月と砂の鞭が衝突する。

質量が上の砂鞭が、容易く風の刃を弾き飛ばした。


だが、それだけでは終わらなかった。


「ひぇっ。」


魔法を放った砂賊の男に大量の砂で出来た鞭が迫り、彼は恐怖の声を発する。

そして、ほぼ同時に。


ばぼんっ!


という音が彼の体から生じた。

男の顎から下、腹から上が砂に飲み込まれて爆ぜ飛んだ。


砂の鞭は弧を描いている。

周囲を囲んでいた男達は、次々と同じ運命を辿っていった。


「うおぉっ!?お前ら、伏せろ!!」


迫りくる砂の月に驚きながらも、首領は的確に部下に指示を飛ばす。

自らも身を伏せ、砂鞭をやり過ごした。


彼の部下も同じように身を伏せる。

首領と同じようにやり過ごせる、はずだった。


「ぺいっ。」


リベルは砂を掴んでいた手を開いた。


砂鞭は形を無くし、無数の砂の粒へと姿を変える。

しかし内包した魔力と、鞭として振られた勢いは消えない。


猛烈な勢いが付いたままの、魔力でコーティングされた砂粒。

それは数万を超える、金の散弾である。


ざあああああっ

ばばばばっ!!!


砂は波の音を奏でる。

続いて、散弾の着弾音が響き渡った。


「あがあッ!」

「ぎゃひィッ!?」


砂賊が悲鳴を上げる。

無数の砂の弾丸に貫かれた彼らが、生き残る道など有ろうはずがなかった。


首領を含めた数人を除いて、その場にいた男達は倒れ伏す。

散った赤い血液は、乾いた砂に瞬く間に飲み込まれた。


「ば、バカな!?」


数分前まで数の上で圧倒的優勢。

それが、たった一人の少女の参戦でひっくり返された。


如何に強い傭兵や魔法使いであったとしても規格外が過ぎる。

それはつまり、目の前にいる少女はただの人間ではない、という事だ。


獣人やら龍人やらとは違う、確実に人間である事は確か。

だが次元の違う化け物だ。


「お頭!お目当てのモノ、ありましたぜ!!」


他の荷車を襲っていた砂賊の男が、こぶし大の宝石を手にして掲げる。

既にそれが詰まった木箱を小舟へと載せ込んでいた。


「で、でかした!!お前ら、ずらかるぞ!!!」


目的を成し遂げた事をこれ幸いとして、首領は部下に指示を出す。

すぐさま小舟は走り出し、砂賊たちは瞬く間に撤収していった。


その場に残されたのは、リベルに討たれた賊の残骸と乗組員を失った小舟だけ。

隊商員たちには負傷者が多く、傭兵の中には腕を切断された重傷者もいる。


「チィッ、やられたか……。いや、命があっただけマシだな。」


眉間に皺を寄せながらも、黒髭の男性は息を吐いた。

彼はリベルへと近付く。


「幸い死人はいない。君のおかげだ、ありがとう。」

「あれ、なに?」


男性からの礼には興味を示さず、リベルは指さす。

その先には、先程荷を奪われた荷車があった。


「ん?ああ、奪われた物か。私の鉱山で採れた希少宝石だ、命よりは安い物さ。」


そう言って彼は肩をすくめる。

奪われた事は致し方なし、そう自身を納得させようとしているようだ。


だがやはり、奪われたのは高価な商品。

彼の表情は決して安らかなものではない。


「そ。」


それだけ聞いて、リベルはそっぽを向いて歩き出す。

彼女は砂賊が残した小舟のへりに手を掛けた。


「ちょ、ちょっと待て。奴らを追いかける気か!?そこまでする必要は……。」


引き留めようとする黒髭の男性。

だがそんな事はお構いなしに、リベルは風の魔法を行使する。


ぶわっ

ぎゅわんっ!


僅かに浮き上がった舟は、途轍もない速度で走り出す。

男性は呆気にとられたまま、遠ざかっていく少女の背を見送る事しか出来なかった。






一仕事終えた砂賊は、それでありながら安心せずに舟を走らせる。

先程有り得ない化け物と遭遇したのだ、当然である。


「は、ははっ、あんな奴とまともにやり合う必要はねェ。目的の物は手に入れた!」


僅かに冷や汗を搔きながらも、砂賊の首領は笑う。

襲撃者にとっての勝利は相手の殲滅ではない、目的物の奪取だ。


そういった面では、相当な被害は出たが戦いには勝った。

このままアジトに帰還すれば良いだけなのだ。


だが、そう簡単にいかないのが世の中という物である。


ぶわん、ぶわん、ぶわん

どぐしゃぁっ!


風車のように回転しながら斧が飛来する。


最後尾を走っていた小舟と乗っていた砂賊を、諸共もろともに微塵に粉砕。

斧は大地に突き刺さり、木切れと血肉が砂の海に散った。


「うおっ!?追ってきやがったのか!くそっ、急げ、なんとしても逃げ切れ!!」


部下に発破を掛けて、舟を更に加速させる。

小舟でありながら速度を上げた事で、上に下に大きく波打つように爆走を始めた。


「まてまて~。」


速度を落とす事無く、砂漠に突き刺さった斧をすれ違いざまに片手で引き抜く。

間髪入れずに、それを次の的に向かって投擲した。


ぐるぐると回転しながら斧は飛び、また一艘いっそうの舟と乗員を砕く。


襲撃を行ったのは砂賊。

襲われたのは隊商とリベル。


のはずだが、その立場はまるっきり逆になっている。

リベルに追われた賊は、戦う事を避けて逃げの一手だ。


しかし、それを彼女は許さない。

背を向けて走る相手にも容赦なく斧を投げつける。


砂賊は高価な宝石を取り返そうと、隊商が傭兵リベルを差し向けたと考えているだろう。

だが、それは不正解だ。


彼女はただ、彼女が楽しいと思う事のために彼らを追っているだけなのだ。

それはさながら、猫が鼠をいたぶるが如く、である。


「クソッ!クソッッ!クソォッッッ!!!何なんだ、あいつはァァァッッ!!!」


首領が叫ぶ。

と同時に彼は体を横に分断され、砂漠に自身の血肉を呑ませる事となった。


ざああああ……


リベルは小舟を停止させる。

全ての砂賊を葬り、ほぼ全ての舟を砕いた。


舟は一艘だけ残っている。

首領が乗っていたものだ。


その舟には大きな木箱が一つ。

先程、隊商の荷車から奪い取った宝石の入った物だ。


中身を確かめると、瑠璃色に輝く綺麗な宝石が収まっていた。


「終わったから回収、っと。」


ひょいと箱を持ち上げ、乗ってきた小舟に載せ込んだ。


賊は全滅させ、奪われた物は傷付けないように回収する。

それが今回の遊びの、リベル独自ルールだったのだ。


だがやはり、そう簡単にいかないのが世の中という物なのだ。


「お~~い~~つ~~い~~たぁっっっ!!!!!!!!!」

ドッガアァァァンッ!!!


砂漠に大きな声が響き、それと同時に砂丘が爆発した。

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