第十話 山脈蛇を叩っ斬る

無事に町に着いて一泊。

リベルは商人組合ギルドで情報を得て、街道を進んでいた。


その手には紙袋。

中には沢山の黒い粒が入っていた。


いびつな楕円形でしわがあり、むにゅりと柔らか。

果実であるが乾燥している。


ナツメヤシの実デーツである。


「むぐむぐ。」


しっとりとした食感に黒糖のような強い甘み。

種が抜かれている事で、次々と食べられる。


おやつとして食べるにとても良いが、非常時の携帯食料としても活躍しそうだ。

リベルの場合、非常用に残すとは思えないのが問題である。


と言っている間に食べ終え、空になった紙袋は火の魔法で焼却処分。

食料備蓄などという言葉は、彼女の辞書には存在しないようだ。


彼女が足を踏み入れたのは金砂きんしゃの海。

それ即ち、すな砂漠である。


れき砂漠と比べて、遥かに粒子の細かい黄金の砂が宙に舞う。

風によって作られた砂の丘が、大地に雄大な波を作り上げている。


仙人掌サボテンが立っていた背後の景色。

それと比べると、進む先には生命がまるで感じられない。


ただひたすらに砂が積もっている。

そうとしか言えない場所だ。


歩を進めるたびに足が砂へと沈む。

ずぶずぶと砂に飲み込まれそうになりながら、前へ前へと突き進んでいく。


街道は存在しない。

太陽と月、星、そして砂丘の頂上からの景色が道を示す。


まずはどちらの方角に進むかを決めるために、リベルは砂の山を登っていく。

高さは彼女の背丈の二十倍はあるだろうか。


ざずっ、ずぶぶ

ざずっ、ずぶぶ

ざ、ずざっ


砂丘の中腹で踏み込んだ瞬間、足が砂に飲み込まれて身体が前に倒れる。


もう一方の足が砂地を滑り、身体を支えるために手を突いた。

だがそれすら砂に沈んだ。


ず、ずざーーーーーーー


顔面を砂に付けながら、リベルは滑り落ちた。

それはもう見事な程にスタート地点まで戻されてしまった。


「むー。」


顔と身体に付いた砂を払い落としながら、リベルは口を尖らせる。


だが彼女は諦めない。

再び登山ならぬ、砂丘を開始した。


ざずっ、ずぶぶ

ざずっ、ずぶぶ


砂の丘を順調に乗り越え、ようやく九合目。

あと少しで頂上だ。


頂点に立てば見晴らしがよく、遠くの町を見付ける事も容易だろう。


「ふぬ、ふぬっ。」


一歩一歩、慎重に。

一歩一歩、確実に。


リベルは同じてつは踏まないのだ。


ざりゅっ

「あ。」


足が砂地に呑まれる。


ず、ずざーーーーーーーーーーーーーー


リベルはスタート地点へと帰還した。


「むむむーーーっ。」


再度の滑走にリベルちゃんは怒る。

頬を膨らませて、斧を取り出した。


それを構え、魔力を込めて振り抜く。

猛烈な斬撃波が放たれた。


どっぱぁぁぁんっ!!!


轟音と共に砂の大地に柱が出現する。

天高く打ち上げられた砂は、風に乗って何処いずこかへ消えていった。


彼女の目の前にそびえ立っていた砂の丘。

その姿は一瞬にして消えたのだった。


「むふん。」


腰に手を当て、リベルは大きく胸を張る。

元々の目的目的地の探索を忘れているようだ。


だがしかし、本来彼女にとって砂丘は必要ない。


「といっ。」


砂丘跡地に斧を投げつける。

穂先がずどんと砂に刺さり、石突を天に向けた。


それに向かって彼女は走る。


「やっ。」


とん、と跳びあがり、石突を足場にして更に跳躍。


ぎゅんっ


消し飛んだ砂丘を遥か下に見る程に、リベルは空へと飛翔した。

風の魔法による浮遊を補助としたのである。


「ん~。」


滞空する間に、手をひさしにして周囲を見回す。


ただただ続く金の海。

その遥か先に蜃気楼、砂とは異なる茶色の何かが見えた。


砂漠の先に山は無く、海へと繋がっている。

つまり見えたのは町だ。


重力に従い、彼女の身体が落下する。

空中で体勢を整え、砂の大地へと着地した。


どっぱーーーーんっ


砂の丘で盛り上がっていた場所に、巨大な凹みクレーターを作成する。

わざわざ魔力を使って衝撃を増幅させたのだ。


「おおぅ。」


穴が出来れば埋まるもの。

リベルが作った凹みに砂が流れ込む。


彼女は慌ててそこから退避した。


上空から見えた町へと向かって、彼女は歩き始める。


なお彼女が砂丘に登ろうとしたのは、ただの気まぐれ。

つまり消し飛んだ砂丘は、完全に無意味な死を迎えたのだ。






ざくざくと足が砂を踏む。

ぱんぱんと服の砂を払う。


どかどかと魔の獣を討つ。

ぼんぼんと砂の丘を消す。


前進、前進、一直線。

遮る物は全て破壊。


リベルは途轍もなく迷惑な行動をしていた。


彼女の後ろは綺麗に整地されてまっ平らになっている。

所々、魔獣の残骸が砂を被って沈んでいた。


新しい道が出来て、後に来る旅人には便利かもしれない。

ちゃんと町まで繋がれば、の話だが。


次第に先ほど見た茶色い何かへと近付いていく。

影は更に大きく、長くなっていった。


そして、遂にその茶色へと辿り着く。


「おー?」


リベルはそれを見上げた。


そこにあったのは壁のような物体。

しかし、どう見ても城壁防壁ではない。


丸みを帯びており、茶色でささくれ立っていて枯れ木のようだ。

直系は20m以上あるのではないか。


右を見ても左を見ても、その物体が横たわっている。

リベルがいるのはその中央辺り、どちらも250mはあるだろう。


迂回するには、かなりの距離を歩く必要がありそうだ。

乗り越えるとなると、もはやロッククライミングである。


となれば彼女が何をするかは、火を見るよりも明らかだ。


「よいしょ。」


当たり前のように斧を取り出した。


そしてそれを振りかぶる。

縦に一刀両断にするつもりだ。


振り下ろそうとした、その時。

巨大なそれが、ずずり、と動いた。


「ん~?」


振りかぶっていた斧を一旦下ろす。


ただの枯れ木なら動くはずがない。

いや、そもそも砂漠のド真ん中に、何故枯れ木が有るのか。


森も何もなく、巨木など何処にもない。

一本だけ立っていたそれが倒れた、などとは考えにくい。


となると、目の前にあるのは植物以外の何か。

それはつまりほぼイコールで、とある存在である事を示している。


「魔獣。」


一つ呟いて後ろに大きく飛び退き、その物体から距離を取った。

同時に、それは巨大な首をもたげる。


リベルよりも遥かに巨大なそれの正体は、蛇。


全長五百、直径二十の体は、広大な砂漠に在ってもなお存在感を示す。

そしてそれは、岩石で出来た山のような突起を背に持っていた。


口の中に牙は無い。

そんなものは不要なのだ。


巨体をもって獲物と敵を潰して、丸呑みするのだから。

巨躯なる彼を脅かす者など、砂漠に存在しないのだから。


連なる山脈の如き恐ろしき蛇。

それが山脈蛇 ―モンドゥラルエンテ― である。


小さな小さな獲物リベルを確認した蛇は、それを見下ろす。

巨体では視認する事も難しい程だが、彼は目で見てはいないのだ。


鼻先と口角の後ろにある、スリット切れ目のようなピット器官

そこで温度を感知して、他者の存在を認識しているのである。


「おおー。」


自身を見下ろす、巨木のような蛇を見てリベルは感嘆の声を漏らした。

常人ならば腰を抜かして恐怖する相手に、だ。


すぐさま斧を構えて臨戦態勢を取る。

その口元には、僅かばかりの笑みが浮かんでいた。


山脈蛇モンドゥラルエンテが口を開ける。

そして、リベルへと倒れ込むように頭を落とした。


ドオォンッ!


ただそれだけで、砂の大地が揺れる。

後方へ大きく跳んだリベルは難なく回避した。


呑み込んでいない事を認識した蛇は、口を開けたままリベルへと突進する。

口に大量の砂が流れ込んでいるが、彼は意に介していない。


相手は500mの巨体。

後方に跳んだとしても、伸びた体に追いつかれる。


それを認識したリベル。

砂丘以上に飛翔した先程と同じように上へと跳びあがった。


空中でぐるりと斧を回し、振りかぶる。

上に逃れた彼女へと、山脈蛇は首をもたげた。


「ほいっ!」


乾いた空気をブオンと斧が裂く。

空へと散った砂粒が生じた風に巻かれた。


ずしんっ!!!


蛇の鼻先に斧の刃が食い込む。

しかし、それ以上は入らない。


ささくれ立った、枯れ木のような鱗に止められたのだ。

斧に打たれた鱗が、ぎしり、ときしむ。


リベルの攻撃をかゆがった蛇は、左右に首を振った。

それだけで彼女は大きく吹き飛ばされてしまう。


どおおんっ!


砂丘の一つに叩きつけられ、リベルは砂に埋もれた。

サラサラと彼女の埋もれた場所に砂が流れ落ちる。


ぼぱぁんっ!


砂の丘が吹き飛んだ。

リベルが魔力を込めた拳で殴りつけたのだ。


「うん、良いね。」


出現させた斧を持ち、石突で砂の大地をドズンと突く。

彼女の目は、真っすぐと山脈蛇を見ていた。


この程度で怯む彼女ではない。


びゅっ、わんっ!


手にした斧をやり投げの要領で投げつける。

投擲時の衝撃波が砂を弾き飛ばした。


どっ、ずぅぅんっっっ!!!


斬撃で駄目なら刺突。

斧の穂先が破壊音と共に、頭をもたげていた蛇の腹に突き刺さった。


衝撃に山脈蛇の体がの字に曲がる。

流石に効いたのか、蛇はグゥッと苦し気な声を漏らした。


「ほいっ、ほいっ、ほいっ!」


出現、投擲、消滅。

出現、投擲、消滅。

出現、投擲、消滅。


次から次へとリベルは斧を投げる。

一発一発が容易に砂丘を吹き飛ばす一撃だ。


大砲の着弾のような衝撃と音が砂漠に響く。

蛇の苦悶はそれにかき消された。


だが、あまりにも太い体であるため貫通しない。

連発し続けるが蛇は倒れない。


ゴォォォォッ!!


暴風のように、蛇が音を発する。

これ以上の攻撃を受けるつもりはない、と腹を大地に付けてリベルへと突進した。


体をうねらせくねらせ、推進力を得る。

地響きと共に山脈が彼女へと襲い掛かった。


斧を盾にしてリベルは突進を受け止める。


「うっ。」


流石に超質量の蛇を停止させる事は出来ず、大きく後方へと打ち飛ばされた。


ドンッ、バァンッ、ズズンッ!!!


彼女の身体が砂丘を貫通する。

三つの砂の丘を貫通し、四つ目に衝突した所でリベルは停止した。


オオオォォォォッ!


再び蛇が鳴く。

彼の背に生える突起がミシリと音を立てた。


そして。


ボォンッ!!


重い破裂音と共に、それが射出される。

尖った岩石の山は、空へ高く飛翔した。


空中で方向を変えたそれは、リベルへと飛来する。

一つ一つが建物よりも大きな物体、直撃したらどうなるかなど明白だ。


「んっ!」


くわっ、とリベルは目を開く。

砂から脱出した彼女は斧を担ぎ、強く強く大地を蹴った。


自らが貫通した砂丘を瞬く間に駆け抜ける。

その軌跡に岩石の山が次々と着弾していった。


飛来する弾丸よりもリベルの方が速い。

砂塵を巻き上げ、彼女は山脈蛇の下へと辿り着いた。


ゴゥオオォォッ!


大きく息を吸う音が大気を震わせる。

蛇は初撃と同様にリベルを圧し潰さんと襲い掛かった。


「んんんっ!!!」


姿勢を低く前傾して、斧を引く。


相手は自身の何百倍もの質量を持つ頑強な存在。


ならば。


手加減をする必要など、どこにあると言うのか。


多くの魔力が注がれた刃が青に光った。


「はあぁっ!!!」


羽箒大斧が振り抜かれる。


太陽が金砂を照らす砂漠に、青き月が描かれた。

それが蛇の首を薙ぎ、遥か天の雲を真っ二つに切り裂き消し飛ばす。


ずるり


高き山脈が分断される。

分かたれたそれは、ワインのように赤い血を噴きながら砂漠へと倒れた。


絶え間なく流れ出る湧水を、乾いた大地が飲み干していく。

かくて蛇はむくろに変わった。


「ふうぅ、終わり。」


斧を消滅させたリベルは大きく伸びをする。


砂の大地に倒れ伏した蛇を尻目に、彼女は町を目指して歩みを再開した。

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