第三章

第九話 火焔鳥を叩っ斬る

ざくざく

ずざずざ


砂の中をリベルは歩く。


岩が多かった荒地から街道を進んで行くと礫砂漠れきさばくへと至った。

砂と小石が広がる砂漠、更に先へ行けば金砂の海砂砂漠へと繋がるだろう。


酷く乾燥した大地は、太陽に照らされて陽炎を作る。

ゆらゆら揺れる遠い景色は、それでもなお遮る物の無いれきの荒野だ。


リベルの額にも頬にも汗は無い。

魔法で身体の周囲を薄く覆い、熱気と乾燥から身を守っているのだ。


涼しい顔で歩を進めるが、変わらぬ景色に退屈していた。


「ひま。」


灼熱の太陽の下で健気に道端に立っていた仙人掌サボテンが、八つ当たりに引っこ抜かれた。

それをブンブン振り回し、リベルは退屈を紛らわせながら歩を進める。


砂利を敷き詰めたような大小の石、風に流れるザラついた粒子の大きい砂。

砂漠という名ではあるが、その雰囲気はあまり感じられない。


多くの人が歩いた場所だけは砂利が薄くなっている。

町へ行くには、それだけが頼りだ。


遮る物は何もない。

遠くの山は茶色く、木々の緑は見られない。


自生する仙人掌とガサガサと音を立てる乾燥した茶色い草。

時折現れるのは、乾燥した地に最適化された動物や虫、そして魔獣だ。


「てぇいっ。」


遠くにいた蛇のような魔獣に向かって、振り回していた仙人掌を投擲とうてきする。

猛スピードで飛来したそれは、蛇の胴体と相打ちとなって砕け散った。


実にハタ迷惑な攻撃だ。

憂さ晴らしを済ませたリベルは再び、砂利が除かれた道を進む。


ヒュッ

ダァンッ!


「わっ、と。」


空から何かが高速で飛来する。

気配をいち早く感じ取ったリベルは、後方へと飛び退いた。


カァッ!カァッ!


手のひら三つ分程度の真っ黒な姿に黒のはし

黒の目に黒の脚。


全てが黒い、影のような鳥の魔獣。

からすだ。


だが一部分だけ、銀の輝きを発している。

胴体下部、腹の側面に沿うように鋭い二つの針が顔を出していた。


その針は人の指とほぼ同じ太さ。

先程リベルへと飛来したのは、それだった。


いつの間にか、彼女の頭上には十数羽の烏が飛んでいた。

グルグルと旋回していたそれは、列を作って一気に急降下。


腹の針を矢のように次々と射出する。

それはリベルへと豪雨のように降り注ぐ。


「おっとっと。っとと。」


後方へと連続で跳んだ。

銀の矢は大地に穴を生じさせながら、彼女を追う。


烏の針は撃ち出した後に、すぐさま再生。

再度上昇して旋回し、もう一度急降下して射出する。


列をなして空から落ちるその姿は雷の如く、大地を穿つ音は雷声のようだ。

身を隠す場所の無いれき砂漠において、上空からの攻撃は脅威の一言である。


「よっ。」


斧を出現させて、その刃部分で防御する。


バガガガガンッ!


高い硬度を持つ金属が斧を乱れ打つ。

しかし刺さる事は無く、砂利の大地にバラバラと落ちた。


その威力、人体など簡単に蜂の巣になる。

下手な攻撃では、回避された上に風穴だらけにされるだろう。


「むぅ。」


斧を盾にしながらリベルは考える。

その間にも烏たちは盾を打ち破ろうと、銀の矢による雷撃を止めない。


「よしっ。」


何をするか、リベルは決める。

烏が上昇したタイミングで斧を担ぎ上げた。


柄尻を両手で掴む。

そして。


「せーい、せーい、せーい。」

ぶおん、ぶおん、ぶおんっ

びゅわん、びゅわん、びゅわんっ


足を軸にして斧を持った腕を水平に伸ばし、身体を回転させる。

斧の重量もあって、重い風切り音が響く。


ごおっ、ごおっ、ごおっ


斧が纏っていた風が、砂を巻き上がらせた。

勢いに耐えられず砂利すらも宙を舞う。


「そーれ、そーれ、そーれ。」


気の抜けた声とは異なり、彼女の周囲には砂利混じりの風の渦が生じる。

魔力も流し込まれたそれは次第に強くなり、遂には竜巻のように高さを得た。


ごおおおおおおっ!!


天へと昇る竜の渦は、周囲の物を分け隔てなく巻き込んでいく。

リベルへと急降下していた烏たちは、躱す事が出来ずに次々と巻き込まれた。


ばばばばばっ!


砂利が彼らを撃つ。

黒の羽が舞い、力を失った体が渦に巻き込まれて天へと吹き飛ばされた。


「よーいしょ。」


斧を逆さにして、どずん、と穂先を地に突き刺す。

竜巻は消え、巻き上がっていた砂利は周囲へと舞い散った。


それと共に、黒の体を赤に染めた烏たちが次々と大地に叩きつけられる。

十数いた彼らは、一羽の例外無く絶命していた。


一羽ずつ倒せないのなら、全部まとめて。

なんとも力業の解決方法である。


「ふいー。」


一切汗をかいていないのに、わざとらしく腕で額を拭う。

斧を消滅させた彼女は、烏が放った銀の針を十数本拾った。


何のためか。

暇つぶしに魔獣へ投擲する為である。


そこから先。

町へと繋がる道には、不可解に風穴の空いた魔獣の死骸が幾つも転がる事となった。


地平線の果てに、防壁に囲まれた町が姿を現す。

今日の宿はあの町である。


てくてく歩くリベル。


先程から何度も魔獣に襲われているが、仙人掌で打ち倒している。

彼らは傍若無人な彼女の被害者だ。


砕け散ったそれの皮をナイフでいで、中身を齧った。

半透明なエメラルドグリーンのそれは、ほんのり甘くて美味い。


水分補給とおやつ代わりにもなる便利な武器だ。

そう考えるリベルにとって、この砂漠は過酷な環境ではない。


決して動くはずの無い仙人掌たちが、彼女に見られてビクリと跳ねた気がする。

だがそれは見間違いである、はずだ。


風が吹く。

ざわざわと乾燥した草がざわめいた。


「お。」


熱風が舞う。

数歩下がったリベルの目前をそれが駆け抜けた。


炎だ。

火焔を纏って翼を広げる、赤き鳥だ。


首は長く鶴のよう。

羽は優雅でドレスの如く。


火焔鳥 ―フラムフェニクス― 。

人間の数倍の体長と翼幅よくふくを持つ、炎を纏った魔獣である。


大きく空へと舞い上がったそれは、ぐるりと頭をリベルへ向ける。

ばさりと翼をはためかせ、より強い炎を身から噴いて再び迫った。


「おっと。」


前方へ転がる形で炎を躱す。

彼女がいた場所には、石と砂を焦がす炎の道が出来ていた。


リベルは斧を出現させる。

火の鳥は三度みたび、彼女に襲い掛かった。


「そりゃ。」


剛斧が赤の鳥を真っ二つに切り裂く。

両断されたそれは千々に炎が散って、そして。


元の姿へ戻った。


「あれ?」


振り抜いた斧をくるりと回し、リベルは刃を確認して首を傾げる。


おかしい。

確実に火焔鳥フラムフェニクスを斬ったはずだが、何の感触も無かったのだ。


「むー。」


両断された事で警戒したのか、火の鳥は羽ばたきながら滞空する。


炎が生じて大地を焦がしている以上、幻影などではない。

超再生能力を持っているとしたら、斬った感触が無いのは変だ。


火焔鳥は急降下し、リベルに襲い掛かる。

背後に大きく飛び退いて彼女はそれを躱した。


追撃、回避、追撃、回避。


触れた砂礫されきを焦がし、乾燥した草を燃やす。

通り抜けた場所の大気を焼き、仙人掌をなぎ倒した。


「お。」


火焔鳥をじっと見て、リベルは何かに気付く。

そして思い付いた事を、彼女はすぐさま実行した。


横倒しにした斧の柄の中ほどを両手で掴み、腕を伸ばして自身の前に突き出す。

魔法によってそれを宙に浮かした。


火焔鳥が大きく翼を広げ、羽ばたく。

ぐるりと後ろ宙返りし、最大速度でリベルに突撃する。


「そーれっ。」


斧の柄の端を掴み、下へ押し下げる形で回転させた。


ぐるんぐるん

ぶわんぶわん


リベルの前で斧が回る。

それはまるで風車のように。


回転速度がどんどん上がっていく。

生じた風は更に強く、焼かれた砂礫を吹き飛ばす。


それは渦を巻き、風は龍となる。


火焔鳥は尾羽から炎を噴き出し、速度を増した。

その姿は一本の赤き槍となり、リベルへと迫る。


「くーらーえーっ。」


突っ込んでくる炎の槍に、龍を放つ。


炎の槍と風の龍。

激突によって生じた熱波が荒野を燃焼させ、砂を硝子がらすに変えた。


リベルは更に魔力を注ぎ込む。

龍の力が増し、炎を弾き飛ばしていく。


ピィッ!


小さな鳴き声。


ピイィッ、ピピィッ!


次々とそれが聞こえる。

発生源はリベルへと迫らんとする火焔鳥だ。


鳴き声が生じるたびに鳥が姿を小さくしていく。

バラバラと千切れるように、炎の破片が散っていった。


龍が鳥を打ち破る。


風が止んだのち、そこには火焔鳥はいない。

だが代わりに、大地に小さなものが沢山転がっていた。


大きさは手のひら大。

赤と白の羽根を持つ、尾羽が長い小さな鳥。


鶺鴒せきれいだ。


個々は他者に捕食される弱き魔獣。

だから彼らは群れを成す。


成した群れは、大きく強い火の鳥となる。

炎は鉄をかし、砂礫されきを硝子に変える超高温だ。


誰もが正体を知らぬ、炎の不死鳥。

されどそれは、単なる小鳥。


彼らは、焔鶺鴒 ―フラムロネット― である。


リベルはその内の一羽を拾い上げた。

死んではいない、風に巻かれて目を回しているだけのようだ。


「終わった終わった、よしよし。」


小さな彼女は、小鳥の頭を優しく撫でた。


リベルは、自身の身体を隠すほどの砂で山を作る。

彼女は転がる焔鶺鴒フラムロネットを全て拾い集めて、その陰にそっと寝かせた。


「さーて。」


一仕事終えた彼女は、遠くに見える町へと歩み出す。

夕方頃には辿り着けるだろう。

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