第八話 光壁を叩っ斬る

コツカツとくるぶし丈の茶色革靴が、洞窟の地面を叩き音を奏でる。


白のフリル付きシャツに身を包み、金刺繍が入った赤のジャケットを羽織る。

側面に金刺繍が入った黒のズボンも相まって、華美な印象が強い。


金のストレートヘアは、肩に掛からない程度の長さだ。

切れ長の目から覗く、瞳の色はエメラルドグリーン。


170cm台前半の背丈は、リベルよりも40cmは高い。

年の頃は二十代半ばである。


「ジャンだ。えいっ。」


ひゅんっ

すこーんっ


「ぁだっ!?」


手近にあった鹿の角を投げつける。

ジャンと呼ばれた男性は、それを顔面に受けてけ反って後ずさった。


「何するんだいっ!」

「やらないと失礼。」

「やる方が失礼だよ!まったく!」


腕を組んでジャンは怒る。

対してリベルは、そんな彼の事など気にしていない様子だ。


「で、なにか用?」

「キミも分かってるだろう?連れ戻しに来たのさ。さあ帰ろうじゃないか。」

「や。」

「まあ、そうだろうね。ラディス君からの連絡で知ってるよ。」


ジャンは肩をすくめて、やれやれと首を横に振る。


「キミがラディス君に言った事を、僕はしなければいけないのかな?」

「もち。」

「勘弁してほしいというのが正直な所だが……。」


ふう、と一つ溜め息。

だがすぐにリベルの事を真っすぐに見る。


「僕も上級騎士の一人。戦いから逃げるつもりなど無いっ!」


右手を広げて前に突き出す。

その手の内に光が集まる。


柄や鍔、剣身の根元に優美なる装飾を持つ長剣を光が形作った。


「さあ、僕の優美華麗なる姿を見るがいい!!」


剣を天に掲げる。

ジャンの全身が光に包まれ、その服装が瞬く間に変わった。


金で縁取りされた肩当てのある白の鎧は、堅牢にして頑強なり。

腕から指先までを防護する白のガントレットは、何者の刃も通す事なし。


腿当てキュイス脛当てグリーブ、鉄の靴に包まれた身はまさに城壁。

その姿は正しく騎士を表し、誇りと力を示していた。


「はっはっは!『高貴なる』エルローディアン、ここに参上だよ!」


ひゅんっ

ばこーんっ


「がふあっ!」


リベルが投げたこぶし大の水晶が、ジャンの顔面に直撃する。

先程よりも大きく仰け反り、数歩後退した。


「何をするんだいっ!!」

「『高貴なる』じゃなくて『光壁こうへき』のエルローディアン。」

「うるさいよっ、壁なんて優雅じゃない!高貴なる僕にはふさわしくないのさっ!」


地団駄を踏むジャン。

呆れた表情でリベルは彼を見る。


二人以外誰もいない洞窟の中で、漫才が繰り広げられていた。


「で、キミは正装にならないんだね?」

「そのとーり。」

「ふぅむ。まあ構わないが、それで僕に勝てるかな?」


腕を組み、右手で前髪をサラリと払う。

高貴さを演出する優美なる姿だ。


ひゅわんっ

ぼすんっ!


「ぶわっ!?ぺっぺっ!」


今度は足元の苔の塊を投げつけた。

顔面に直撃したそれが、もわもわとジャンの顔の周りに土埃を漂わせる。


「何をするん、げっほげっほ!」

「よし。阻止成功。」


今度は仰け反る事は無かったが土埃を吸い込み、ジャンはむせる。

反論を防いだ事に気をよくして、リベルはグッと拳を握った。


「ぐぐぐっ、いい加減にしたまえ!」

「わぁ、怖い。」

「心にもない事を言うね、キミは!」


苦々し気な顔でジャンは言った。

これ以上の問答は調子を狂わされるだけと彼は判断する。


「聖殿騎士序列十一位『光壁』ジャン=ポール・ド・エルローディアン、行くよ!」


正式な名乗りである以上仕方ない。

そんな気持ちを胸に、ジャンは言い放った。


剣を前に突き出す。

光の壁が生じ、彼の事を半球ドーム状に包み込んだ。


「やっ。」


名乗りと同時に飛び掛かったリベルの斧が、半透明の壁と衝突する。


ばがギィンっ!


最強の斧と鉄壁の盾。

二つの激突で発生した衝撃の波が、空間を震わせる。


地面に降り積もった土埃が巻き上がり、茸と苔から生じる光を遮った。


視界が灰色に染まる。

だがその中に在って、ジャンは全く問題を感じていない。


光の壁の中にいる彼には、埃の一粒も到達していないのだ。


「そいっ。」


横薙ぎにリベルの斧が振られる。

再び衝撃波が発生し、死骸を千々に吹き飛ばした。


「僕の力を忘れたのかい?その程度ではこの壁、抜けるものではないよ!」


長剣を上から下へと振り、くうを斬る。


ドズゥゥンッ!!


重量のある何かが、頭上からリベルを押しつぶした。

斧を傘としてそれの直撃を防いだ彼女の足が、大地を踏み砕く。


「重っ。」

「はっはっは。このままし潰して捕獲してあげようじゃないか!」


上からかかる重量に、ただでさえ低いリベルの身体が更に低くなる。


「これ以上、小さくなるのは嫌。」


不可視の重圧を、左手で下から上へと殴りつける。


がずんっ!


ほんの僅かにそれが跳ね上がった隙に、斧を引き抜いた。

再び落ちてくるそれを、リベルは叩き斬る。


ずばぁんっ!


切断の手応えはある。

だが、そこには何もない。


今度は左右から、その気配が迫る。

リベルは斧を横にして、穂先と石突でそれを受け止めた。


彼女に襲い掛かっているのは、見る事叶わぬ不可視の壁。

自在に出現して目標を襲撃する、恐ろしき力だ。


自らを光の壁で包んで守り、認識できぬ壁で敵を潰す。

ジャンが嫌う『壁』こそが、彼の真骨頂なのだ。


右に左に上に下に。


蚊でも叩くかのように壁が迫る。

まともに当たれば身体が潰れてしまう。


たとえ殺したとしても蘇生魔法がある、元仲間と言えど手加減は一切存在しない。

だからこそ、それ故にリベルは楽しんでいた。


「よっ、はっ、おっと危ない。」


右から来た壁を避け、上から来た壁を斬る。


だが、二つはフェイント。

リベルを天井に打ち上げようと、下から壁が豪速で上昇する。


身体をよじってそれを躱し、着地と同時に大地を蹴った。


「たりゃっ!」


一足飛びで接近し、光の壁を再び斧で叩く。


どごぉんっ!!


猛烈な衝撃波が周囲を揺らす。


だが、やはり砕けない。

ぎぎっ、と刃が音を鳴らして滑る。


「ふっ、何度やっても無駄さ!」

「んー、そう?」


リベルはそれだけ言って、後方へ大きく飛び退いた。


その動きをいぶかしんだジャン。

眉間に僅かに皺が寄り、そして気付く。


「お、おおおっ!?」


落ちてくる。

人間数十人分の質量があろうかという大水晶だ。


無茶な進行、鬼人や鹿との戦い、そしてジャンとの戦闘で何度も洞窟を揺らした。

その衝撃に、天井に埋まっていた水晶が耐えられずに落下したのだ。


その真下にジャンは立っていた。


何度も何度も物を投げつけたのは、この為だ。

ジャンはリベルに、知らないうちに立ち位置を決められていたのである。


「くっ!」


剣を天に掲げる。

大質量の塊と光の壁が激突した。


水晶が砕け、轟音を響かせる。

周囲に残骸が飛び散り、光が広がった。


だが壁は砕けない。

彼の生じさせる壁は最強なのだ。


「そぉいっ!」


リベルが斧を薙ぐ。


ばりんっっっ!!!


光壁に衝突したそれは、遂に壁を砕き割った。


光の壁は最強の盾。

だが無敵ではない。


魔力を消費する壁は、常に全方向に全力で展開しているわけでは無い。

衝突するその瞬間だけ、その一点に魔力を集中させるのだ。


それはつまり、魔力が分散すれば強度が落ちるという事。

強い一撃を受けたすぐ後に、別の箇所を打たれれば砕けるという事だ。


だがそう言っても、易々と崩せるものではない。

リベルの力あってこその結果である。


「がっ、ふぅっあぁぁぁっ!!!!」


剣を天に掲げる防御不可能な姿勢で斧の一撃を受けたジャン。

鎧の胴体を大質量の刃が襲う。


メキメキという砕け割れる音と共に、彼は洞窟の岩壁へと吹き飛んだ。


どっがぁぁんっ!!!


岩壁が砕け散り、背中から衝突したジャンはズルズルと地面にずり落ちる。

長剣がその手から、がらん、と大地に転がった。


「おわり、だよね?」


常人ならば絶命する一撃。

だがリベルは生きている事が当然であるとばかりに、ジャンに声をかける。


「ぐ………っ、手加減無しでやってくれるね。ああ、これ以上やる気は無いよ。」

「手加減無しはそっちも。」


痛みに顔をしかめながら、胴を押さえてジャンはリベルへと歩み寄る。

正装を解き、赤ジャケットと黒ズボンへと服装を変えた。


「キミを連れ戻すのは容易ではないね、まあ分かっていた事だけれど。」

「当然。」


腰に手を当てて、むふん、とリベルは得意げだ。


「悪い事しているって思いは無いのかい、キミは。」

「ない。」

「言い切るのかい……。まあ、キミらしいといえば、らしいか。」


胸を張るリベルに対して、ジャンは苦笑した。


「あ、負けたんだから手伝え。」

「なんで命令口調。序列九位ファビオさんの悪影響だねぇ。」


二人はとある物を手分けして持ち、町へと帰っていった。






街の一角の露店。


道に広げているのは種々色々な品。

だが、いまいちパッとせず目玉となる商品が無い。


それはつまり、人目を惹かないという事だ。

実際、朝からの売り上げは芳しくない。


「むうぅ、これはマズい。旅費はともかく仕入れが出来なくなるよぉ……。」


半分泣き顔で商人の女性は嘆く。


リベルのおかげで命は助かったが、商品と馬を失った。

緊急出費となった馬の代金がかなり痛い。


更に元々は鉱山町で商売しようと考えていた事から、この町で仕入れをしている。

つまり店頭に並んでいるのは、この町で手に入るものが多いという事だ。


価格を安くする以外に売る方法が無い。

話術でどうにか出来た客もいるが、流石に全員口説き落とすのは無理である。


このままだと露店以外で収入を得る必要が出てくる。

どこかの酒場か何かでしばらく下働きする事になるだろう。


「次に出発できるのはいつになるかなぁ………………。」


諦めの境地で空を仰ぐ。


その視界に白い棒が入り込んだ。


「ほい。」

どすっ

「痛っ!?」


棒きれの先が彼女の頬を突く。

鋭く尖っていなかったのが幸いだ。


「え、え、何???」


頬に押し付けられた何かを掴んだ商人の女性は困惑。


視線を落とすと、自身の命を救ってくれた少女が背を向けて去ろうとしている。

その隣には見覚えの無い、苦笑する金髪の男性。


「あ、あの!?」


リベルは何も言わずにスタスタと歩いていく。

女性は何が何だか、という顔だ。


「それ音角鹿イーコルケスの角だよ。拾ったからあげるってさ。」

「えええ!?高級な素材じゃないですか!た、ただで貰う事なんて……!」

「突き返されても困るし、お金は十分に持ってるらしいからねぇ。」


腕を組んだジャンは、去っていく少女の背中を見る。


「まあ、貰っておけばいいんじゃないかい?気まぐれな妖精の仕業って事で。」


ジャンの言葉に、女性は大きな鹿の角をじっと見る。

そして立ち上がった。


「あ、ありがとうございますっ!!!!いつか絶対恩返し、しますね~~~!!!」


彼女は大きく手を振る。

リベルはそれをちらりと一瞥し、町を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る