第二章

第五話 宝石蟻喰を叩っ斬る

町の復興をもう少しだけ手伝って、リベルは旅を継続する。


復興で活躍して色々と感謝された。

でも謝礼なんて、要らない欲しくない。


そう言わず、と押し付けられそうになったので、こっそり逃げ出したのだ。

今頃、町ではリベルを探して右往左往しているはずである。


だがそんな事はリベルちゃんには関係ない。

でも、馬に乗って追ってくる人がいるかもしれない。


なので彼女は、街道をれて少しだけ足早に歩いていく。


何度も何度も魔獣に襲われるが、どれもこれも一撃必殺で突き進む。

彼女の背後には、血と肉の道が出来ていた。


道から逸れて逸れて。

そして彼女はふと気付く。


「ここ、どこ?」


きょろきょろと周りを見回す。

起伏のある地形の真ん中にいた。


緑の丘が連続する丘陵地帯だ。

一際大きな丘は100m以上あるだろう。


意図的に回避していた街道は行方不明。

当てもなく歩いていたせいで、どちらからこの場所に入り込んだか分からない。


「ふむー。ま、いっか。」


少しだけ考えて、リベルはそれを停止する。


彼女の考えは単純かつ明快だ。

ずっと歩けばどこかに着く、である。


彼女の旅にコンパスや地図などという便利なものは不要。

だからこそ、こうして道に迷いながら微速前進しているのだ。


的確かつ絶対の真理を平らな胸に抱いて、意気揚々と歩き出す。

考え事の途中で、脚が六本で牙のある馬に襲われたのはどうでもいい事だ。


てくてく

ぐしゃ!


とことこ

どーん!


ざっざっ

ずばん!


普通は人が入らない場所、更には冒険者たちも来ない場所。


であるからか、とにかく魔獣が多い。

そして、どれもこれもリベルに襲い掛かってくる。


何もかも一撃のもとに粉砕滅砕めっさい

襲撃者のせいで、大地が赤く汚れてしまう。


斧を出したり消したりするのも面倒臭くなってきて、途中からは殴る蹴る。

それでも魔獣達は粉々になっていた。


段々、周囲の風景が変化してきた。

緑で包まれていた丘は黄土色の体をあらわにし、大小の岩がごろごろと転がっている。


現れる魔獣も様変わり。

狼や馬、猪だった彼らが、岩石の塊や蛇、さそりや鹿になっていた。


どちらにしろリベルがやる事は同じ。

血と肉の塊に加工するだけである。


「むぅ。」


道行きを遮る物が何も無くて、リベルは少しばかり不満げだ。


魔獣は歯応えフニフニで、とっても柔らか食感。

彼女はゴリゴリ食感を望んでいる。


そんな事を考えている間に、自身の身体の三倍以上はある蠍を粉砕したが関係ない。


「お。」


崖に辿り着いた。


おおよそ20m下には、人によって踏み固められた道がある。

ようやく街道に繋がったのだ。


リベルは街道と街道を繋ぐ、新しい道を発見した!


その道を通る事が出来るのは、相当な戦闘能力を持つ者だけである。


何の躊躇ためらいもなく、ぴょん、と身を宙に投げた。

重力に従って、彼女の身体は落下する。


彼女は魔法についても熟練している。

風の魔法を使えば地面に激突する事も無く、ふわり、と着地できるのだ。


ばがーんっ!


僅かに大地に凹みを作り、リベルは着地した。

偶然着地地点にあった事で踏み潰された岩石が、木っ端微塵になって周囲に散る。


「むふん。」


わざと魔法を使わずに、足から大地に激突する形で着地したのだ。

実に迷惑である。


街道に積もってしまった岩を、風の魔法で道の反対側の崖下へ落とす。

綺麗に道を掃除して、彼女は右手へと歩き出した。


どちらに町があるかは分からない。

どちらに町があっても構わない。


そこが次の目的地になるのだから。

意気揚々と彼女は進むのだった。






夕方。


リベルはようやく町へと到着。

番兵に声をかけて中へと入る。


街中にはレールが走っていた。

その上にはトロッコが走り、満載された鉱石や宝石を運んでいる。


ここは鉱山町だった。

そのせいか、街中が砂っぽい。


風に巻き上げられた砂粒が口に入り、リベルはぺっぺっとそれを吐き出した。

鉱山町の洗礼を受けつつ、そそくさと宿屋に突入する。


「おや、可愛い子だねぇ。」


恰幅かっぷくの良い、優しそうな中年の女性がリベルを出迎えた。

服に付いた砂粒を、ぱんぱん、と入口で払って彼女はカウンターの前に立つ。


「泊まりで良いかい?」

「うん。とりあえず一日。」

「明日には出発かい。慌ただしいねぇ、ゆっくりしていけばいいのに。」

「どうするかは考え中。」


リベルの返答に、店主の女性は微笑んだ。


宿の部屋に入り、すぐ出る。

そういえば夕食をとっていなかった。


街へと繰り出して、彼女は適当な酒場へと入る。

鉱員たちで賑わう店内では、給仕ウェイターたちが駆け回っていた。


荒っぽい鉱員たち相手に、悠長に食事や酒を出していては不満が出るのだろう。

幸い空いていたカウンター席に掛け、リベルはスペシャルステーキを頼む。


今日は何故か肉が食べたくなったのだ。

ここへ来るまでに魔獣を肉塊に変えまくったのは、多分関係ないはず。


出されたのは極厚の肉塊、厚み10cmの巨岩である。

それを瞬く間に平らげて彼女は、けぷり、と小さく喉で音を鳴らした。


石を掘り削って作られたコップに注がれた水を飲む。


「ふへぇ。」


気の抜けた声と表情でリベルは寛ぐ。

かなり五月蠅うるさい空間だが、彼女は意に介さない。


「どうすりゃいいかなぁ。宝石蟻 ―ジャウハルミーガ― の巣があったのにな。」

「蟻喰までいちゃ、どうにもなんねぇよ。アレに襲われるのはご免だ。」


人間と獣人、二人の若手鉱員が愚痴を吐く。

獣人の男は土竜もぐらが二本足で立っているような姿だ。


彼らの手には石のジョッキ、中身は酒だ。


「宝石蟻喰 ―ジャウハルオルソーロ― めぇ……。俺達の飯のタネを~。」


そう言いながら人間の男は、つまみの干し肉を齧って酒をあおる。

随分と不満が溜まっているようだ。


土竜獣人の男は、仕方のない奴だ、と呆れ顔である。


「まあそう言うな、諦めて別の坑道を見付けようや。な?」

「ぐう、仕方ないかぁ。いやでも、明日見に行ったらいなくなっていないかな?」

「そんな都合の良い話、あるわけ無いだろ。馬鹿かお前。」

「馬鹿とは何だ、この野郎。」


喧嘩腰の会話だが、二人は笑っている。

この町ではよくある会話なのだろう。


そんな会話を聞きながら、リベルはコップの中身を空にした。






鉱山とは、人の良き生活を支える場所。

鉱山とは、人を彩る輝きを生み出す場所。


そこで働く者達は土にまみれ、砂を被って泥を除く。

そして見付けるのだ。


宝石に満ちた宝石蟻ジャウハルミーガの巣を。


卵型に掘られた空洞の中。


そこに幾つもの洞穴を作って彼らは住処を作るのだ。

人間大の黒い体を持つ蟻は温厚で、岩の中に自生する光を放つ植物や苔を食べる。


洞穴の中のいくつかに、輝き溢れるこぶし大のそれが詰まっている。

そう、彼らの名にある通り多種多様な宝石が。


彼らにとって、それはただの排泄物。

だから人間が侵入して持っていっても何もしない。

むしろ、巣を綺麗にしてくれる有益な存在だと認識されているのだろう。


だが、彼らを脅かす存在がいる。


象のような巨体と、その鼻のように長く伸びた顔。

口は小さいが、そこから飛び出る舌は長い。


太く鋭い爪は岩盤を砕き穿ち、岩の中に道を作るのだ。

そして彼らは見付ける。


餌に溢れる宝石蟻の巣を。


名の通り、それは蟻を喰う。

鉱員と宝石蟻の天敵、宝石蟻喰ジャウハルオルソーロとはそういう存在だ。


更にそれは、縄張りに入った者を許さない。

一度襲撃した巣は、彼らにとって自身の縄張りなのだ。


人間、魔獣、そして他の宝石蟻喰。

全てが攻撃の対象だ。


暗く不安定な鉱山の中で、それと戦うのは困難。

だから鉱員たちは諦めざるを得ない。


腕の立つ冒険者や傭兵がやってくるまで、飯のタネはお預けなのだ。


ズズンッ!!


宝石蟻の巣が揺れる。

二本の前足を大きく上げ、一気に振り下ろしたのだ。


象のよりも大きく、そして重量のある怪物アリクイ。

それが易々と中に入れるほどに、宝石蟻の巣は巨大だ。


卵型の巣の高さは100m以上。

横幅も50~60mはあるだろう。


外縁部は渦巻き状に掘られ、各階層を繋ぐ橋のように岩が残されている。

リベルは今、その橋の上にいた。


彼女の目の前には、完全に激高した宝石蟻喰。

縄張りを荒らしに来た存在を排除しようと、全力で襲い掛かってきていた。


「おっとと。」


長く伸びた顔は、象の鼻のように動く。

攻撃の際は鞭のような鋭さだ。


びゅわん、と風を切ったそれを、身体を反らせてリベルは躱した。


「せいっ。」


反時計回り身体を回転させ、蟻喰の左前脚を斧で薙ぐ。


どずん!


「むぅ。」


刃が足に食い込む、だが切断できない。

ゴムのように弾力のある外皮に止められたのだ。


前脚に刺さったそれを痒がり、蟻喰はリベルを蹴る。

鋭い爪が迫り、彼女は咄嗟に右へと飛び退いた。


「わたたっ。」


岩の橋はそれほど太くない。

人間大の宝石蟻が動き回る場所、蟻喰の体で半分近く塞がる程度の幅だ。


リベルはその端を踏み外しそうになる。

からっ、と転がり落ちた石は、50m近く下の暗闇へと吸い込まれていった。


落下に気を付けながら、攻撃と回避。

何度も斧を叩きつけても、ぐにゃり、とした手応えしか感じられない。


「むむむ。」


後方へと飛び退き、リベルはちょっと考える。

距離を取れば、突進だけに気を付ければ良いので比較的安全。


だが、接近しないと効果的な一撃を与えにくい。

どうしようか。


そう考えていた時。


ビュルッ!


「おおっ。」


赤くて長い何かが、リベルへと凄い速さで伸びてきた。

大きく身体を屈め、それをやり過ごす。


だが。


ギュルルッ!


赤い何かは急に動きを変え、リベルの身体に巻き付いた。


「ありゃ。」


リベルの事を潰そうと、ぎりっ、とそれが締まる。

常人ならば全身の骨がバラバラになる程の圧力だ。


彼女の事を捕らえたのは、蟻喰の舌だった。


獲物を捕らえた舌は、それを口へと運ぶ。

宝石蟻をバリバリと食べるように、リベルの事も捕食する気だ。


だが、その程度で彼女は動じない。


「ふんっ。」


身体を締め上げていた舌を、無理やりこじ開く。


そして再び身体を屈める。

今度は回避では無く、攻撃のために。


斧を手に出現させ、両手で石突近くを握る。


大地を蹴って大きく前進し、蟻喰の足下へ接近。

と同時に、先程と同じく反時計回りに身体を回転させる。


さっきと同様の結果になるだけ。

だが、そうはならなかった。


ぐるんぐるんっ


一回転で駄目なら増やすだけの三回転。

遠心力を載せた一撃が、蟻喰の両前脚へと斬撃を放った。


ずがんっっ!!!

ギュオオッ!


強烈な痛み。

蟻喰はそれを受けて、暗闇に響く大声を上げた。


「じゃ、ばいばい。」


前脚が無くなった事で、蟻喰の体が前傾姿勢になる。

それは大地に立った状態の、リベルの斧の射程圏内だ。


左手で石突部分を、右手で中ほどを持ち。

斧の刃が、下に口を開けた青の三日月を描く。


ずるり


真っ二つになった蟻喰の首。

どん、と一度岩の橋にバウンドして、遥か下へと落ちていった。


少し遅れて、首を無くした体が倒れる。


「おわりー。」


斧を消失させて、リベルは大きく伸びをする。


戦いに怯えて様子を見ていた宝石蟻たちは、脅威が消えた事を確認して動き出した。

卵状の巣に平和が訪れたのだった。






翌日。


「あ、あれ?」

「お、おい、あれって……。」


二人の若手鉱員は、岩橋に倒れるそれを見て驚く。


そこに有ったのは、確かに自分達が恐れていた相手の死骸。

顔を見合わせた二人は、喜びに跳びあがった。


彼らの喜びの声など聞く事も無く、リベルは既に町を後にしていた。

宝石蟻から受け取った小さな青い宝石を一つ、旅の供としてポシェットに入れて。


彼女は道を行く。

今度はそれを外れる必要もない。


分岐へと至ったリベルは、気の向くままに歩を進めた。

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