第四話 聖殿騎士を叩っ斬る

「相変わらずですね、リベル様。」


若い女性の声。

それにリベルは覚えがあった。


「ラディス、おひさ。」


くるりと振り向いたそこには、リベルが良く知る人物がいた。


年の頃は二十。


波がかった薄緑のミディアムボブに、羽を模した小さい緑の前髪止めが一つ。

釣り気味の目はそれでいて優しそうで、その中に輝く瞳はライトブラウン。


上は白のフリルブラウス、下は踝丈くるぶしたけで裾が半透明な紺のロングスカート。

右手首には細い金のブレスレットを付けている。


足首丈の黒の騎乗用ジョッパーブーツを履く。

楚々としながらも品の良さを醸し出していた。


「おひさ、じゃありません。そろそろ戻ってきては頂けませんか?」

「や。」

「や、って……。」


ぷいっ、とリベルはそっぽを向く。

脱力しながら、ラディスと呼ばれた女性は溜め息を吐いた。


「ご自身の立場を理解して下さいよ。」

「もう立場、無い。」

「無くないです、籍は残っています。」

「じゃ、消しといて。」

「いや、私に言われても…………。」


ラディスは真面目、対するリベルは大雑把で無責任。

やり取りは暖簾のれんに腕押しだ。


「じゃ、ロンに伝えて。」

「無理ですよ、絶対に。」

「むぅ。」


口を尖らせて、リベルは非常に不満げだ。

対して、ラディスは苦笑する。


「聖殿騎士として、責務を果たして下さい。」

「やだ。」

「もう……。そんなに我儘わがまま言わないで下さいよ。」


敬意を払いつつも、ラディスはリベルに語りかける。

その様はまるで、優しい姉が言う事を聞かない妹に言い聞かせるようだ。


「どうすれば帰ってきてくれますか?」

「やだ。あ。」


なにか良からぬ事を閃いた。

そんな顔でリベルは目を輝かせる。


「じゃ、私を倒せたら。」

「え、えええ?なんでそうなるんですか。」

「そう?じゃあ、ばいばい。」

「ああもう、仕方ないですね!」


妹が我儘を押し通す。

悲しいかな、ラディスは真面目であった。


ぱぁっ、と光が彼女を包む。

それが収まった時、ラディスの服装は大きく変わっていた。


金で縁取りされた白の軽鎧を身に着け、肘から先は手甲に守られている。

太ももから足先までを保護するもも当てとすね当て、そして足元は鉄の靴を履く。


身体を包むインナーは黒。

そして腰には、流麗な銀の細剣が下げられていた。


軽装ではあるが、騎士の装い。

先程まで見せていた優しさを保ちつつも、強さを纏う。


「末席ではありますが、お相手致します。」

「うんうん、良い。とてもとっても良い。」


細剣を抜き払った彼女を見て、リベルはニコニコ。

どう考えても剣を抜いた相手に向ける顔ではない。


「リベル様も正装に。」

「やだ。」

「それも嫌がりますか…………。」


はあ、と再びラディスは溜め息を吐く。


言っても仕方ないと考え、彼女は顔を上げて鋭くリベルを見た。


「聖殿騎士序列十二位、ラディス・ヴィーチェ。参ります!!」


夜の闇を裂くほど強く名乗りを上げる。

と、ほぼ同時にリベルは身体を反らせた。


何故ならば彼女の首を刈るように細剣が横一閃、通り抜けたからだ。


「前より速くなった?」

「鍛錬を積んでおりますので。」


次は背後に回って、縦に一閃。


身体を捻って回避する。

斧を地面に突きさして棒高跳びの要領で右へと跳んだ。


空中にあるリベルに向かって、左下方から鋭い突きが襲い掛かる。


ジッ!


リベルの左頬を、細剣の切っ先が削る。


だが直撃ではない。

まだ石突を握る右手に力を込めて、身体を後ろへと引き戻したのだ。


どれだけ速くとも、空中にあっては大地を蹴れず速度が下がる。

それをリベルは狙っていたのだ。


握る斧を、右手一本で思い切り振り抜いた。


ごおっ、という猛烈な音と共にそれがラディスに襲い掛かる。


「くっ!」


彼女は早々に回避は困難と判断し、突いた剣を引き戻して盾にした。


ばっぢぃぃんっ!


強烈な音が広場に響いた。

大きく宙に吹き飛ばされたラディスは、身体を捻って体勢を整える。


だが、それをリベルは許さない。


「えいっ。」


大地へと降り立とうとする彼女を薙ぎ払った。


「ふっ!」


ざすっ

ちぃんっ!


細剣を大地に突き刺し、着地のタイミングをずらす。

ラディスではなく剣を薙ぎ、彼女の手からそれを弾き飛ばした。


剣は光の粒子へ変わり、再び彼女の手へと戻る。

武器の自在な出現消失は、聖殿騎士特有の力だったのだ。


無事に大地に立ったラディスは、再び走る。

今度はすぐに攻撃を行わない。


リベルを中心にして、竜巻の如く周囲を駆ける。


速く速く、更に速く。


高速、光速、神速へ。


武の達人であったとしても視認は困難。

常人ならば、そこに人がいるとも認識出来ない。


目で追う事が不可能な程の超速度。

彼女に異名が付いた、その理由だ。


聖殿騎士、序列十二位『閃風せんぷう』のヴィーチェ。

風の魔法を纏って不可視の剣で敵を刻む、神速の剣士である。


右も左も前も後ろも、無い。

全方位のあらゆる所から細剣が煌めく。


「むむむ。」


視認できないならば目に頼らない。

気配を察知する事のみに集中するため、リベルは目を瞑る。


回避に邪魔な斧を一旦消滅させた。



右後方から頭に向けての突き。


「よっ。」


お辞儀をするような形で回避。



背後からの胴薙ぎ。


「とっ。」


お辞儀状態から前転する形で前方へ身体をやり、右手一本で身体を支えて逆立ち。

剣の切っ先がリベルの腹をかすめた。



左から袈裟けさ斬り。

逆立ち状態である彼女の腹から背中へかけて、斬撃が襲い掛かった。


「はっ。」


自身を支える右手に力を込めて、大地を突き放す。

走り高跳びで棒を飛び越えるように、振り下ろされた剣を躱した。



正面からの兜割り。

柄を両手で握り、ラディスは細剣を振り下ろす。


両足で着地したリベルは、すっ、と目を開けた。


「やっ。」

ぎぃんっ!


「くっ!?」


リベルの手には、羽箒大斧

剣はそれの刃に衝突していた。


力負けしたラディスの剣が弾き返され、腕は万歳するように上がってしまう。


「せいっ!」


斧を引き、リベルはそれを振り抜いた。


完全に体勢を崩したラディスは躱せない。

鎧の胴部分に、まともに斧の刃が直撃する。


リベルの腕力によって、ラディスの身体が吹き飛ばされた。

彼女は建物だった残骸に衝突し、それが爆発するように砕け散る。


がらがらがら、ぱらぱら


巻き上がった石と砂が降る。

リベルは斧を消失させ、大きく伸びをした。


「おわり、で良い?」


瓦礫の中へと投げかける。


「うぅ、たた……。ええ、流石にこれ以上は無理です。」


剛撃を受けながら、ラディスは無事だった。

しかし彼女が身に着けていた軽鎧の胴は、完全に砕けていた。


腹に手を当てながら、よろよろと立ち上がって瓦礫の山を下る。

リベルの目前まで歩んで、ラディスは正装を解いてブラウスとスカート姿に戻った。


「良かった。一杯戦えて満足満足。」

「こちらとしては、勘弁してほしかったのですが……。」


雑多な傭兵崩れからヒヒ男、そしてラディス。

連続して多くの相手と戦えて、リベルは満足そうにしている。


対して付き合わされたラディスは、げんなりとした顔だ。


「あ、そうそう。手伝って。」

「何をです?」


ててて、とリベルは小走りで広場の端へ向かう。

ラディスはそれを追っていく。


「これ。町まで持ってく。」

「ああ、なるほど。」


リベルが意図する所をラディスは理解する。

傭兵崩れに奪われた物と人を返しに行くのだ。


縦横三台、荷車を連結させる。

その上に毛布で包んだ人々と物資を載せた。


荷車は連結出来るように作られてはいない。

傭兵崩れたちの剣をリベルが素手での字曲げ、それを打ち込んで留めたのだ。

かなり無理やりの突貫工事である。


二人でそれを牽き、町へと戻っていった。







町に戻った二人。


目立つのは嫌とリベルに言われ、ラディスは警備に就いていた者を魔法で眠らせた。

彼らの脇をこっそり通り抜ける。


広場に連結荷車を置き、攫われていた人々は空いているベッドに寝かせた。


「それでは、私はこれで。リベル様の状況、聖殿に報告しますからね。」

「しなくていい。」

「しますからね。」

「いい。」

「します。」


再び暖簾に腕押し。

だが今度はラディスが押し切った。


互いに少し笑う。

最後に挨拶をして、ラディスは町から去っていった。


「ふわぁ。」


リベルは大あくび。

木箱にもたれ掛かって、彼女は再び眠りについた。


翌朝。


町は大騒ぎになったのだった。

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