第三話 傭兵崩れを叩っ斬る

わああああっ!

きゃあああっ!


怒号と悲鳴。


町は混乱の坩堝るつぼの中にあった。


その原因は、突然現れた百あまりの襲撃者。

近くで起きた国境紛争から流れてきた傭兵達だ。


いや、彼らはもはや傭兵とは呼べない。

傭兵崩れの野盗白波しらなみ、盗賊強盗。


倫理観など放棄した、他人とも呼べぬけだものだ。


殺し、奪い、犯し、攫うの悪行三昧ざんまい

善良な町の人々にとっては、ただただ恐怖の象徴である。


偶然居合わせた冒険者や傭兵が彼らに立ち向かう。

しかし、衆寡敵しゅうかてきせず。


被害を多少減らす程度の活躍しか出来ない。


朝になって傭兵崩れが去った町は、ぼろ布のように破壊されていた。






リベルは不満を抱いていた。

理由は単純、ご飯が無い。


到着した小さな辺境の町は、ボロボロになっていた。


あちらこちらから血の匂いがして、嗚咽おえつが聞こえる。

火を掛けられた建物はまだくすぶり、街中が焦げ臭い。


蘇生魔法が間に合わなかった幾つもの遺体が街の外へ運ばれ、埋葬されている。

人々の顔には疲れが見え、だが生きるために復興を始めていた。


「よいしょ。」


リベルはそれを手伝っていた。


瓦礫を除けて人を救助し、水の魔法で燻る建物の残骸を鎮火させていく。

負傷した者を回復魔法で治癒させ、なんとか間に合った者に蘇生魔法を施す。


ひっくり返った荷車を起こし、魔法によって穴だらけになった道を修繕する。

殆ど奪い取られた食料を賄うため、町の外で魔獣や動物を狩った。


全てが終わったのは、日も暮れる夕方だった。


「お嬢ちゃん、ありがとう。君のおかげで大分早く復興できそうだ。」

「そ。」


町の代表者からリベルは謝辞を贈られる。


この代表者も今日就任したばかり。

昨日の襲撃で陣頭指揮を執っていた前任者は、既に土の中にいる。


「宿で休ませたいが、壊されてしまってな。今日はうちに……。」

「いい。外で寝る。」

「いや、しかし…………。」


代表はリベルの言葉を受けて、返す言葉が詰まる。


「家が無くなった人、多い。」

「む、それは確かにそうだが…………。」

「その人達に譲る。私は野宿得意。」


それだけ伝えてリベルは、道の側に置かれた木箱にもたれ掛かって寝てしまった。

代表は彼女に感謝しつつ、その場を後にした。






人々が完全に寝静まった深夜。

町から離れた国境線に位置する、今は使われていない石づくりの廃砦。


だがそこには多くの人間がいた。

百あまりの傭兵崩れたちだ。


砦を改修して防御を強化し、防衛施設として再利用していた。

外に見張り台をいくつも増設し、両国の軍の接近を警戒している。


国境線にある事から、どちらの国の町村まちむらも襲撃可能。

だが両国は、国境紛争に忙しくて自身達の対処に兵を避けない。


国境に駐留するメリットを最大限に活かす、襲撃者としての知恵である。


昨日、仕事を成し遂げた彼らは宴会をしていた。


夜襲をかけ、終わった後に小さめの宴。

今日は略奪品大盤振る舞いで、盛大な宴である。


「こりゃ、酒が足りなくなりそうだ。またどこかで仕入れて来なけりゃな。」


180cm半ばの黒髪で体格の良い、無精髭の男。

他の傭兵崩れと比べて身なりが良く、彼らよりも上位の人間だという事が分かる。


その腰には手に馴染んだ長剣。

彼と共に戦場を駆けてきた相棒であり、最も信用している存在だ。


頬や腕には大きな古傷。

それは彼が、長く戦場を巡ってきた事を物語っている。


彼は鋼鉄の手甲と脛当て、そして鎖帷子を身に着けていた。

既に仕事は終えた後だが、今なお警戒を解いていない事が分かる。


彼こそが、荒くれ者たちの首領である。


咥えた葉巻から煙がくゆる。

実入りの良い仕事をした事で、彼もまた部下と同じく機嫌が良い。


広場を見下ろす建物の三階から、上機嫌な部下たちを眺めていた。

放棄されていた事で一部が崩れているが、彼がいる建物は十二分に堅牢だ。


次は何処を狙うか。

消費されていく酒の仕入れ先を彼は考える。


今回襲った町は復興にそこそこ時間が掛かるだろう。

いかに国境紛争で忙しいとはいえ、多少は警戒と防衛が強化されるはず。


となれば、もう一つの国の町を襲うべきだ。

そちらには大きな町がある。


今回よりも大仕事になるだろう。

だが警備兵如きでは、戦慣れした傭兵である自分達を止められるはずがない。


無軽快な所を奇襲すれば、そいつらは手早く片付く。

簡単な仕事だが、極上の実入りとなるはずだ。


首領の男はニヤリと怪しく笑った。


そんな時。


ずずぅぅん……。


砦の外から、何かが崩れ去る音が響いた。


それなりに距離があるようで、広場にいる部下たちは気付いていない。

だが高い場所にいる彼には見えていた。


警戒のために増設した木組みの見張り台が一つ、消えたのだ。

それが意味する事は明白である。


「お前ら!敵襲だ!!!」


砦内に響いた首領の声に、部下たちは大急ぎで武器防具を身に着ける。


どんちゃん騒ぎをしていたとはいえ、彼らは戦人いくさびと

敵襲を受けて暢気にしているような間抜けではない。


ずずぅん……。


先程よりも響いた音が近い。


どうやらお客様襲撃者は、ご丁寧に見張り台を潰して回っている様子。

何という間抜けだ、こちらが準備を整える時間を作るとは。


奇襲するならば迅速に。

戦場において、それは常識だ。


こちらの規模は分かっているはず。

相手もそれなりの兵がいるだろう。


だが指揮官は未熟か、それとも真面目な奴マニュアル馬鹿か。

どちらにしろ、防備を整えた砦を落とせる相手ではない。


くくく、と首領は笑った。






少し時間は遡り。

夜の森の中をリベルは駆けていた。


傭兵崩れが引き上げていった方角は、町の冒険者たちから聞き出している。

そしてその先には廃砦がある事を、町の商人組合ギルド員が知っていた。


ならば傭兵崩れの根拠地は明白。

そして戦慣れしている彼らが防備を整えているのも確実だ。


となれば奇襲が一番。


奇襲において重要なのは情報を持ち帰らせない事。

つまり途上全ての敵を始末すればいい。


防備を固められたとしても、こちらが何者か分からなければ効果的対処は出来ない。

簡単な事である。


「ん?なんだ?」


木で組まれた見張り台の上。

一人の傭兵崩れが森の中で動く物を視界に捉えた。


「どうした?」

「ああ、何かいた気がしてな。」

「気のせいだろ。あー、俺らも宴会に行きたいぜ。」

「同感だ。貧乏くじを引いちま―――」


がずんっ


油断して雑談していた二人の足下が揺れる。

そのまま足場が崩れ、身体が宙に浮いて墜落していく。


「なぁっ!?」


地面に墜落する、彼はそう考えた。


だが、幸いな事にそうはならなかった。

その前に斧の青い刃が顔面を消し飛ばしたのだから。


自分達より先にある見張り台が消えた。

二つ目のそれにいた傭兵達は驚きつつも敵を確認する。


小さな影がこちらに向かってくる。

それが何者かは分からない。


だが、確実な事が一つ。

敵は一人だ。


見張りについていた二人の傭兵崩れ、その一人が大急ぎで伝令に走った。

その背後で見張り台が崩れる。


ぼっ


何かが吹き飛んだ、鈍い音。


続いて質量のある硬い物同士がぶつかる、嫌な音が響いた。

衝突したのは人間の頭だ。


片方は見張り台に残った男の切断された首。

もう片方は背中を向けて走り出した男の頭だ。


ばぁんっ!


人間の頭が二つ、それらの硬さは同じだ。

猛烈な速度で衝突した双方が、衝撃を受けて砕けてぜた。


伝令に走ろうとしていた男の身体は、うつ伏せに大地へと倒れる。

それを確認するよりも速く、リベルは首無しの体に斧先の槍を突き立てた。


掲げるように、ぐいっ、と持ち上げる。

そして走りながら思いっきり全力で、それを投げ飛ばした。


目標、砦の側防塔見張り台に登った傭兵崩れ。


それなりの重量があるはずの人体が、猛スピードで真っすぐに飛んでいく。

人間同士が衝突して、血と肉の塊となって砦の中へ堕ちていった。


門を挟んでもう一つある側防塔そくぼうとうの傭兵崩れが、それを見て混乱する。

何が起きたのか、分からないのだ。


ひゅん

ぐしゃあっ


だが疑問の答えを知る前に、彼も肉塊に成り果てる。

リベルの近くに、弾はもう一つあったのだから。


防衛のために配置に付いた二人が、何だか分からないうちに吹き飛んだ。

戦慣れしている傭兵崩れたちも、その光景に一瞬動きが止まる。


ばがんっ!!!


目の前で発生した轟音に、彼らは我に返った。


門が、縦に真っ二つになって崩れ落ちていく。

それに連動して左右の側防塔も崩れ、瓦礫の山に変わった。


傭兵崩れたちは、剣を槍を弓矢を瓦礫に成り果てた門に向けて警戒する。

一瞬の静寂、だがそれはすぐに崩れ去る。


がっ

ぐしゃっ!


残骸が目にもとまらぬ速度で飛来し、弓を構えていた数人の上半身を粉砕した。


ばずんっ


それに驚く間もなく、リベルから一番近い場所にいた数人の上半身が消える。


小さな何か。

それを認識した男達が槍を構えて突撃する。


「おおおおっ!!!」


騎兵突撃を阻害出来る程の槍衾やりぶすま

だが羽箒を止める事は出来なかった。


ぱあんっ


人体から鳴るには、明らかにおかしい高い破裂音。

槍ごと人間の身体が吹き飛び、残った足だけが勢いのまま前に転がった。


リベルの背後に回った者が数人、剣を振りかぶって斬りかかる。


がぎんっ


だが、その一撃は斧の柄に防がれた。

刃を上にして反対側の持ち手を右手で持ち、リベルは攻撃を止めていた。


「よっ。」


首の後ろを支点にして、てこのように柄を跳ねさせる。

ぎんっ、という音と共に男達の剣が弾かれた。


身体を反時計回りに回転させる。

遠心力を載せた斧の柄が、男達を纏めて打ち飛ばした。


吹っ飛ばされた男達は、距離を取っていた者も巻き込んで壁に叩きつけられる。

彼らは床に落ちたトマトになった。


広場の中に竜巻が突っ込んできた。

それが一番正しい説明だろう。


反撃しようとした者は砕け散り、逃げようとした者は様々な物で狙撃される。

弓を射かければ打ち返されて、射った者の顔面に風穴を開けた。


戦うも逃げるも不可能。

その場にいた者は次々と血の風となって消えていく。


「ふう、掃除おわり。」


賑やかだった広場は、しんと静まり返る。

そこには誰一人残ってはいなかった。


ズガンッ!!

「おっとっと。」


リベルの頭を勝ち割るように、真上から剛撃が落ちてきた。

棘がいくつも付いた、鋼鉄製の黒い金砕棒かなさいぼうだ。


それを振り下ろしたのは、建物の三階から飛び降りてきたヒヒの獣人。

ただでさえ赤い顔は、怒りからか興奮からか更に赤い。


その背丈はリベルの倍以上。

リベルの胴体程に太い腕は、筋肉の塊だ。


大鎧を身に着けながらも、手足に防具無し。

敵などおらず、守る必要もないという自信の表れである。


先程リベルは門を打ち破った。

だが、それが出来るのは彼女だけではない。


彼の異名は砕門さいもん

幾つもの砦の守りを崩してきた剛勇の士である。


「よくもやってくれたな。」

「よくもやってあげた。」


怒りを孕んだ言葉を打ち当てるヒヒ男に対して、リベルは平然と言い放つ。

チッ、と舌打ちが帰ってきた。


ヒヒ男は自身の背丈ほどもある金砕棒を右肩に担ぐ。


「ぬぅんっ!」


リベルならば五歩以上かかるであろう間合い。

彼はたった一歩でそれを超え、大きく踏み込んで金砕棒を打ち下ろした。


バキィンッ!!!


常人ならば容易く頭を割られる一撃。

だがリベルは、それを斧の刃で受け止めた。


金属と金属が打ち合わされ、暗い夜の砦に火花が散る。


「いいね。」


ぽつりと彼女は呟く。


今度はリベルの番だ。

大きく振りかぶり、右から左へ横一線に斧を振る。


「ぐぅっ!」


金砕棒を盾にして、ヒヒ男は斧を受け止めた。


少女の攻撃で彼の巨体が押され、ざざっ、と足が大地を削る。

背丈と重量そして武の心得があるからか、他の傭兵崩れと違い彼は吹き飛ばない。


斧の刃を弾き、再び金砕棒を振り上げてリベルの頭に落とす。

それを再度受け止めて弾き返し、今度は斧の石突でヒヒ男の胴を突いた。


「チッ!」


突かれる寸前に僅かに後ろへと跳び、男は衝撃を緩和する。

ダメージは少ないが、鎧の胴の中心に大きな凹みが出来ていた。


互いに打ち合い斬り合い、数合。

その度に火花が散り、夜の闇を絢爛に彩る。


その中でリベルは斧を回し、振り、薙ぎ、斬る。

まるで踊っているかのようだ。


「おおおおっ!!!」


気合勇剛。


叫びと共にヒヒ男はリベルに突進する。

金砕棒を両手で持ち、全身全霊の力を込めて振り下ろした。


彼が砕門と呼ばれる所以ゆえん、城門砕きの一撃だ。

それが人間に向けられれば、粉微塵となるのは必定。


どぱぁんっ!!!


大地を揺るがせるほどの衝撃が巻き起こる。

少し遅れて、それによって発生した風が広場に吹いた。


リベルは砕けてしまったのか。


否、そうはならなかった。


「うん、良いね。とっても。」


彼女はいつの間にかヒヒ男の背後、十数歩先にいた。

前傾姿勢となって、振り抜かれた斧を手にして。


金砕棒を振り下ろしたヒヒ男の背から、尋常ではない量の血が噴く。

彼の胴には、左脇から右脇腹にかけて大きな切断痕が出来ていた。


破砕の一撃が打ち下ろされる、その一瞬。

リベルは超速度で彼を斬り、背後へと駆け抜けたのだ。


常人が見れば、まさに瞬間移動。

驚愕の技である。


「ごふ……っ。」


口からおびただしい血を吐き、ヒヒ男が数歩たたらを踏む。

巨体がぐらりと揺れ、音を立てて大地に倒れ伏した。


彼の不幸は一つ。

リベルが小さすぎたのだ。


体格差がありすぎ、打ち下ろししか出来なかった。

それ故に攻撃が単調となり、隙が多くなってしまったのである。


「ふう、おわり。こっちは良かった。」


倒れ伏したヒヒ男を見下ろして、リベルは僅かに満足げ。

だが、すぐに不満そうな表情に変わった。


「あっちは、良くない。」


建物に目を向けた彼女は斧を構える。






「へっ、あんな化け物に付き合ってられるか!」


首領は石造りの建物の中を走っていた。

部下達を見捨てて逃げ出したのだ。


「俺さえ生きてりゃ、組織は立て直せる。精々頑張ってくれよ、けけけ。」


大急ぎで階段を下って、ある部屋の扉を開ける。

その先には地下へと続く階段。


緊急時に脱出するための非常通路、この砦が作られた時点からあるものだ。

少し先の森の中に出口があり、追っ手がここに気付いた頃には姿をくらませられる。


ほくそ笑みながら、いそいそとその階段へと向かう。


「あ?」


天井が見えた。

地下通路のではない、部屋のそれだ。


上を見た覚えはない。

何が起きた?


彼が答えを得る事は無かった。


何故なら、彼の胴体は横に両断されていたのだから。

更に言えば、建物ごと真っ二つになっていたのだから。


破壊の風が石造りの建物を破砕していく。

首領の身体もそれに巻き込まれ、粉微塵に吹き飛んだ。


「終わったけど、つまらない。むー。」


がらがらと轟音を立てながら崩れ去る建物を見ながら、リベルはぶー垂れる。

実に実に不満げだ。


なんにせよ、終わった事には変わりない。

町から奪われた物も人も、広場の端にまとめて置かれている。


傭兵崩れたちは、妙な所で几帳面だ。

略奪した荷車も沢山ある、載せて持って帰れば楽だろう。


破壊した建物の中に誰もいない事は分かっていた。

だからこそ、気兼ねなく吹き飛ばしたのだ。


リベルが作業に掛かろうとしたその時。


「相変わらずですね、リベル様。」


彼女の背後から、声が投げかけられた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る