労働災害

 迫り来るオルニトミムスの群れに巻き込まれないよう、ジープを急停止させる。煙幕のごとく砂埃が車体を包むほどに巻き上がる。

 前を横切る100頭以上のオルニトミムスの足音に紛れ、断続的な爆発音が聞こえる。


「この銃声、威力が足りなさそうだな」


 オストロム君がバイクを横につけて、小言を漏らす。

 スカーフで口元を覆い、黒いゴーグルをする埃まみれの姿は、まるで野盗だ。ハンターと見分けられるのは、ハルバードを背負っているから。



 ダスプレトサウルスは成獣で全長9メートルの恐竜だ。見つけるのに苦労はしないはず。


 小高い丘の頂上に車を停め、辺りを見渡す。


 オルニトミムスの群れが通り過ぎ、視界が開けると、そこに奴はいた。



 ロッキーで最強の捕食者プレデター。口先が血濡れているのはほかの恐竜を喰らったからだと信じたい。

 幸い、家族連れではない。でもそれは、別の絶望をもたらす。


 このダスプレトサウルスは成熟しきっている。もう天敵もいないであろう彼に、背中を預ける仲間はいらない。自分より小さい生き物はすべて獲物なのだ。


 無敵の頂点捕食者に、マシンガンなんか効くはずもない。

 頭ばかり狙うホルツもまだ未熟だ。

 ティラノサウルスを含め獣脚類の弱点は――。


「オストロム君たちは援護をお願い!」


 彼ならわたしのやることが分かる。手短に指示をして、アクセルを踏み込む。


 ジープを最高速で走らせ、ダスプレトサウルスに突っ込んだ。

 頭が重く、重心が不安定なティラノサウルス科には、意外とこれが効く。


 ジープに乗り上げたダスプレトサウルスは、ロールケージの上で暴れている。座席を寝かせて、運転席に仰向けに体を埋める。万が一ロールケージが折れても助かりやすいよう、姿勢を低くする。

 焼け石に水なのは知っているが、頭上で暴れるダスプレトサウルスの腹にリボルバーを当てる。数発鉛玉を撃ち込んでやると、暴れ方も酷くなり、ジープの上からずり落ちた。


 チャンスは今だ!


 鈴木君が持っていたバルディッシュを拝借してきた。これで奴の首を――。


 のたうち回るダスプレトサウルスが、まだわたしがジープから脱出できていない内に車体を蹴った。

 車体のどこかに頭をぶつけ、思わず頭を抱える。脳震盪を起こしただろうか、ツーンと頭が痛む。

 ぶつけた部分を押さえていた手が濡れている。栗毛から赤毛になったのかな。



 ジープはとっくに動かなくなっている。3トン近い巨体に正面からぶつかった上、その巨体が車上でのたうち回ったんだ。

 バイバイジープ!! 保険が降りるなんて期待できないし、どこかから中古の後輩を貰ってくるよ。

 ウェルカム始末書!! ホルツ君にしっかり書かせてやる!


 あっ、エンジンくらいは取り出せないかな。そうしたら装甲車に......、無理か。馬力が違いすぎる。



 廃車が確定したジープから、ジャングルジムのごとく這い出ると、既に体勢を立て直したダスプレトサウルスにオストロム君たちが立ち向かっていた。


 ホルツ君は、バッカー君に匿われながら後退している。弾切れなんだろう。

 バッカー君は、腕から出血しているけど、骨が折れているようには見えない。そういう意味ではまだ重傷ではないだろう。応急処置はするけど。


「アイリーン!! お前出血してるぞ!」

「構わないで! こいつを倒さないと!」


 自分がバルディッシュをどれだけ捌けるか、それを振り回すなど色々な動きを試してみるけど、やっぱり右肩を上げる動きが痛む。それにポールウェポンは駆け出しの頃に使っていたくらいだし(もう12年前?)、バルディッシュは基礎的な動きが分かっているまでで、実戦経験はなし。

 ハンデが多いなあ。



「正面はオストロム君に任せて。 あとのハンターは背後に回ること。だけど尻尾に注意して! はたかれたら死ぬよ!」


 ダスプレトサウルスを囲む円陣に加わりつつ、指示を出す。


 獣脚類は、大きな頭に釣り合うよう、構造上尾は太く長い。ティラノサウルス科はそれが顕著で、筋肉の塊な尻尾でなぎ払われたら骨折で済む話じゃない。


 ダスプレトサウルスも、背後に回り込まれるのを嫌がり、後ろを警戒するように後退りする。集中力が途切れているだろう。


 これもティラノサウルス科の特徴だが、視界が正面に向いている。例えばカルカロドントサウルス科なんかは視界が横に広いが、前を見据えるのが苦手だ。その点、ダスプレトサウルスは獲物をしっかりと見据える分、後ろにハンターが回り込むのを嫌う。


 ダスプレトサウルスが後ろを気にしている隙に、オストロム君がハルバードを振るう。だが目前でダスプレトサウルスに気づかれ、頭を引っ込められた。


 蛇が鎌首を持ち上げて、噛み付く体勢と同じだ。次は喰らいついてくる。


 オストロム君もそれを知っているから、焦って距離を取る。ハルバードを振った勢いで回りながら一歩引く。

 そして頭を突き出したダスプレトサウルスの頬に、回って勢いのついたハルバードの刃が叩き込まれる。



 重傷だ。でも致命傷とはならない。

 流血しているけど、まだ大人しくなっていない。



 一度よろめいたダスプレトサウルスだけど、また意識が戻った瞬間にはオストロム君に噛み付こうとしていた。

 オストロム君はとっさにハルバードで切りかかろうとしていたけど、さっきの衝撃で動きが鈍っていたみたい。ハルバードを咥えられ、それをパッキリ折られた。

 確かダスプレトサウルスは噛む力が2トン以上あるはず。鋼鉄のポールくらい折るだろうな。



 ダスプレトサウルスがオストロム君に気を取られている内に、横から脇にバルディッシュを突き立てる。でも傷は浅く、すぐに後退する。大したダメージも負わせられなかった。

 バルディッシュを大きく振る時に、やはり肩が痛むから躊躇してしまい、中途半端な威力になってしまった。


 右肩を抑え、フットワークだけで後退する。するとダスプレトサウルスは、尾を大きく振った。叩かれそうになり、慌てて避けると、バルディッシュを取り落としてしまった。

 地面に落ちた戦斧は、巨体によって踏みつけられ、柄の付根から曲げられてしまった。


「アイリーン、俺は下がる! さっきハルバードを持ってかれた時に手首を痛めた!」

「じゃあもう撤退!!」

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