インシデント

 結果、散々。


 予想はしていたけど、怒り狂ったセントロサウルスの突進を止められるハンターはオストロム君だけだった。でも1人ではどうしようもなく、撤退。


 一気に500メートル走をさせられるのだから、もう大変。

 これくらい離れれば、セントロサウルスたちも追ってこない。


 危険に気づいて、あの子たちも少しは逃げるかと思ったけど、駄目。目の前の大豆に夢中だ。


「どうする? 波状攻撃か? それともプランBビーが?」


 服を真っ赤に染めたオストロム君が、おどけながらわたしのもとに来た。


「プランAエーしかないわよ。しかも……」


 乾いた地面に、ひん曲がった鉄の筒が落ちている。拾ってみれば、見慣れた物。変わり果てているけど。

 せっかくのグレネードランチャーが、放り投げられ、踏みつけられ、ペシャンコだ。


「この新米たち、得物の扱いが悪い。波状攻撃を仕掛けようにも、第二波の時点で火力は半減よ」

「なかなか帰ってこねえしな」


 確かに。あれから何分経った?

 どこまで逃げたか知らないけど、帰ってこないともう次が始まらない。

 肝が小さいというか、腰が抜けているにも程がある。


 そして、腰抜けの一人、ウィリアムソン社長がわざわざ嫌味を言うために帰ってきた。


「なんだあの体たらくは! 大して数を減らせていない上に、もう逃げたのか? わたしのほうにまで角竜が迫ってくるじゃないか!! なんでわたしまで逃げないと――」


 わたしは黙って社長の苦情を聞き流していた。

 大事なクライアントだ。あとで「再発防止に努めます」とでも謝っておけばいい。とんでもない賠償請求を課されそうだけど。


 そんなことを考えていたら、社長のがなり声が止んだ。


 目配せすれば、赤く濡れたハルバードがウィリアムソンに突き出されていた。


「こっちだって命張ってんだ、黙ってろ。何とかする」


 鉄の臭いに顔を歪め、ウィリアムソンは踵を返した。随分静かになったな。


「言わせておけばよかったのに。あの人だって、恐竜関連はわたしたちに頼るしかないんだから、縁は切れないわよ」


 オストロム君はわたしの言葉を威勢よく笑い飛ばした。ハルバードをウエスで拭いながら。


「お客様第一なのはいいけどよ、同じくらい大事なのは仲間じゃないか? 身内に優しくできない奴が、他人に優しくできる訳がねえ。少なくとも、俺はそう思ってる」


 一理あるかも。


 福利厚生がしっかりしていないと、新入会員は入らないだろうしな。ちゃんとケアしないと、また離れていくだろうし。


 でもこの解釈はオストロム君が言いたいこととは違いそう。



 いくら待っても戻って来ないハンターが多数いる中、先程と方角を変えて陣を敷いていると、西に何やら土煙が見えた。誰かが高速でバイクを走らせているようだ。

 どこかで見た東洋系の顔。


「アイリーンさん!!」


 ああ、朝オロドロメウスの件で手伝ってくれた鈴木君。

 もう日が落ちるから、このウィリアムソン農場の件を早く片付けたいんだけどなあ。


「手伝いに来てくれたの? あなたの得物は何?」

「違います、ダスプレトサウルスが山から降りてきたんです!」


 ん?

 ダスプレトサウルスは確か、人里離れた山の中にいたはずでは?


「ダスプレトサウルスには近づかないように注意喚起しておいたけど……」

「かなり移動しています。ここからならあと5キロくらいしか離れていません。多分オルニトミムスの群れを追いかけてきたんだと思います」


 ヤバい。

 その子が本気でオルニトミムスの群れを追いかけているなら、そう時間をかけずにここに来るかもしれない。

 オルニトミムスはかなり速いスピードで移動するから、ダスプレトサウルスがその群れに目をつけていれば、ここまで30分で来れるのではないか?


「分かった、この地域に警報を流すわ」

「それと救援をお願いします!」

「……救援? 誰か襲われているの!?」


 既にわたしたちの間にピリピリした空気が漂っていたけど、それが凍りついた。


「いえ、まだ確証はないんですけど、ホルツさんが様子を見るとか言って、バギーでダスプレトサウルスを追っていったんですよ。僕も心配になったんでバッカーさんに報告したら、『お前はアイリーンを呼んでこい。俺があいつを連れ戻す』とか言って、行ってしまいました」


 ホルツ君の無謀さには今までも苦労してきたけど、こんなに腹が立ったのも初めてだ。

 あいつ、マシンガンしか持ってないじゃん! ダスプレトサウルスなんて大型の獣脚類が銃撃で死ぬとは思えない。襲われていなければいいけど……。


 で、バッカー君もダスプレトサウルスとは相性が悪い。彼はランス遣い。直線的な動きをする角竜相手には負け無しの彼だが、機敏な獣脚類相手に対応できるかどうか。



 かくなる上は。


「分かった。じゃあセントロサウルスは後回し。救援隊を組まないと」


 こういう時は、少数精鋭じゃないといけない。やる気のないハンターや未熟なハンターがいると足でまといになるからだ。


 だから、志願制だ。


「ダスプレトサウルスを相手してもいいってハンターはいる?」


 手を挙げたのは、3人だけだった。

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