現場

 結論から言って、この数のセントロサウルスを狩るのは無理だ。ハンターが足りない。


 見てよ、20000ヘクタールの大豆畑がセントロサウルスの群れに蹂躙されている。

 この子たちはもう畑を理想的な餌場と認識しているだろう。セントロサウルスは1日で100キロ以上植物を食べる。つまり、目測300頭のこの群れは最低でも1日3トン食べる。そして食べるだけでなく、畑を踏み荒らす。


「おいホーナー、早く退治してくれよ! これじゃあうちは破産する!!」

「分かってるわよ!! でもマンパワーが足りない訳!」


 ウィリアムソン社長から理不尽にわたしの組合が罵倒されるのを聞き流しながら、せめて恐竜たちを誘導できないか必死に頭を動かす。

 資金のあるハンターたちは、牧羊犬のようにヘリコプターで恐竜を誘導するけど、ここにヘリコプターはない。


 火を使えば、多分わたしはこの農場主に殺される。

 収穫時期を迎えた大豆だから、乾燥していて鉄砲の火花でも危険だ。

 発煙弾も無理か。

 恐竜も火が嫌いだから、有効な手だと思うんだけどな。


 地道に駆除していくしかないか。


 ジープに戻って、無線で事務所に連絡を取る。


アニングAnning? 広域無線で今招集できるハンターに、ウィリアムソン農場に集まるよう言ってくれる?」

「さっきからそうしているんですけどね。反応が悪いです」


 期待はしていなかったけど、やっぱりか。


「なあ、1頭殺して、畑の前に晒しておくのはどうだ?」

「その1頭を殺させてくれないでしょうね。特に子どもなんか殺したら、あの子たち人間を駆除対象と見るわよ」


 オストロム君が猟奇的な提案をするが、賛同できない。

 セントロサウルスと立場が逆転しかねない。

 角竜というのは、基本的に群れ、仲間意識が高い。その中ででも子どもは特に大切にされている存在なのだ。



 この手の恐竜には、円陣を組んでその中に子どもを守るという基本の戦法がある。それが硬い訳だ。

 外側の大人は、硬いフリルと角で武装した顔を外側にして、弱点になる背後を内側にする。

 あの顔周りは本当に硬い。鉄砲でないと傷がつかないが、そんな傷くらいでは重傷のうちに入らない。いつも群れの中で角を突合せている子たちだから、骨に達する傷は日常的に負っているのだ。


 はぐれている子がいれば、その子の背後から脇を刺すのがセオリーだけど、それも一撃離脱。

 ケラトプス類はそのフリルのせいで背後が死角になる。そして前脚が重心に近いから、構造的な急所になる訳だ。立つことができなくなり、突進を封じることができる。あとは腹でも尻尾でも痛めつければいいが、頑丈でタフな角竜相手には根気がいる。


 そして、仲間たちはその狩られた同胞を見て怒り狂うことになり、もう手がつけられなくなる。


 セントロサウルスと一対一なら、経験のあるハンターは勝てる。全長最大6メートル、重い子でも3トンだ。トリケラトプスほど手こずらないはず。

 だがここにベテランと呼べるハンターがどれほどいるのか。パラサウロロフスしか狩らない素人には任せられない。

 なんだかんだ、セントロサウルスだって強敵だ。



 そんな厄介な頑固者が、300頭!

 何頭か狩ったところで焼け石に水!

 更なる問題として、この群れは更にする。


 セントロサウルス亜科の角竜は、冬にかけて渡りをするのだが、その時の群れは何千、何万にもなる。

 まだ目の前にいる群れは小さいが、多分これから数が膨れ上がる。人間が食べる分の大豆は残してくれないだろう。


 爆撃機でも借りてくる?



 金切り声が響き、そちらを見やる。

 オストロム君がアンバーを使って、セントロサウルスに威嚇させているが、セントロサウルスの雄が逆にアンバーを追い払ってしまった。


「さすがに体格差が大きすぎるか」

「軽くいなされているわね」


 アンバーは飾り羽を逆立てて一生懸命にセントロサウルスに立ち向かっているが、さすがに1頭では無理。彼らには小うるさいというくらいにしか相手されていない。



 ちらほらハンターも集まり始めているが、誰一人協力しようという姿勢を見せない。野次馬と変わらないじゃないか。

 一言、「どうすればいいですか?」とか、そんな言葉もかけてこない。



 セントロサウルスは熱心に大豆を食べ進めている。

 こうして、人間が食べるための食料が減るんだなあ。



「オストロム君、悪いけど、手伝って」


 こうなればわたしが陣頭指揮を執るしかない。


「はいはい、前衛部隊は任されたよ」


 話が早くて助かる。ただもっと能動的に動いて欲しい。


 つまり作戦としては、鉄砲の攻撃部隊と近接武器の防衛部隊に別れるのだ。

 防衛部隊を前に横一列に置き、攻撃部隊をその後ろに配置する。

 攻撃部隊でセントロサウルスの群れに銃撃を与え、もしあの子たちが突進してくるようなら、防衛部隊がそれを防ぐ。

 と言っても、あの突進を防げるようなハンターがいるように思えないけど。もしもの時は散り散りに逃げるしかない。


 やはり銃火は畑を焼き尽くす可能性が高いので、畑の外側に陣を敷く。


「鉄砲を持っているハンターは集まって!」


 わたしが声を張り上げようと、セントロサウルスはご馳走様をしない。数で勝っているからって、気が大きい。


 さて、鉄砲撃ちの数は18人。まあまあか。威力だけはあるライフルを揃えている。取り回しが利かない銃身の長いライフルや、装弾に時間のかかる大口径のライフルが目立つけど、どう出るか。

 メンテナンスくらいはしてるよね?


 問題は、オストロム君に任せた近接戦闘担当者たち。リーダー、オストロム君を含めて5人。

 「話にならない!!」って叫びたくなった。作戦が既に破綻している!

 5人でどうやって突進してくるセントロサウルスの群れを止めるの!?


 最近はリスクを取らず遠くから獲物を狩るスタイルが流行っているのは知っているけど、中級以上のタフな恐竜には有効打にならない。



「オストロム君、やる?」

「ほかに作戦はあるのか? やるしかないだろ?」


 あーあ。まったくその通り。やるしかない。


 オストロム君はまだセントロサウルスを倒せると思う。一度に2頭くらい。ペンタケラトプスを自慢のハルバードで倒したことがあるし。


 でもさすがに群れを相手することはできないだろう。

 わたしも出るしかないか。


 肩を回して調子を見るけど、やっぱり右肩の筋が痛い。根深いなあ。もう治ることはないのだろう。


 一応、マシンガンくらいは持っている。人が立射できる限界の性能だ。絶対わたしの肩に悪いけど、セントロサウルスが側面を見せてくれれば勝機はある。



 畑の外でハンターに紛れて並び、鉄砲を構える。


「背中を向けている子を狙いなさい。突進してきた時は、構わず連射して、できるだけ眼を狙って。残り10メートルまで迫った時に、オストロム君たちに背中を任せて逃げるのよ!」


 ほかのハンターたちに伝えることは伝えて、マシンガンの照準を定める。


「撃ち方……、――始め!!」

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