過重労働
今日済ませる物は済ました。と言ってももう15時。昼食が遅くなったな。
あとは、先方に電話したりしないといけない施設の修繕の見積書、しばらく留守にしている担当者に確認しないといけない領収書などだ。貸し出す大剣クレイモアや、
あと、事務所のクーラーが異音を立てている。誰か機械に詳しい人はいないかな。まあ最近は、最高気温30度前後と涼しくなってきたから、もうちょっと先延ばしにできるかな。
待って!
うわー、緊急車両なんだから無視はできないけど、ちょっと無理だなー。中古なら安く買えないかなあ。会費の回収を急いだところで間に合わないぃ。
恐竜たちがアラスカへの渡りに備えて畑を食い荒らす時期だから、今が正念場なのに。もしもの時に対応できないじゃん。
無理に走らせたら絶対にぶっ壊れるし、どうしようかなあ。
どっかの支部の使い古しを譲ってもらう?
ここのところ大したケアのできていないボサボサのショートヘアを掻きむしりながら階段を降りていると、
「あっ、ちょうどよかった」
務めて笑顔を作ろうと思うけど、どうしても目がひきつっている。自覚している。
でもどう考えても悪い知らせを持ってきた。
「ダスプレトサウルスを見かけたって、
ほら。
ダスプレトサウルスはこのロッキー地帯の頂点捕食者だ。ティラノサウルスほどじゃないけれど、タフで凶暴だから、まず近づかないことだ。
「どの辺りって?」
「西に70キロくらい行ったところだ。みんなに伝えといてもらえるか?」
「分かった。あの山岳地帯ね。無線で注意喚起しておくわ」
「サンキューな!」
自分も無線持ってるんだから、わたしに頼まなくてもいいのに。
とりあえず無線連絡を済ませて、酒場に降りる。もう夕方だけど、昼食。
狩りやすく入手しやすいという理由で毎日メニューに上がるハドロサウルス系のカツ。代わり映えがないが、今回はコリトサウルスのインテルメディウスだ。昨日もコリトサウルス・カスアリウスだった気がするが、この場合種類など大差ない。2日連続同じコリトサウルスだ。
この時期は脂が乗っているとはいえ、やはり淡白だ。毎日爬虫類の肉を食べているのも、いい加減飽きてきた。そろそろ哺乳類が食べたい。
ぬるいビールでカツ丼を流し込んだ頃、視界の端に鮮やかな飾り羽が見えた。
「
飾り羽の持ち主は、飼い慣らされたデイノニクスのアンバー。こういうドロマエオサウルス科の恐竜は頭もよくて嗅覚など感覚も鋭いので、相棒にするハンターが一定数いる。デイノニクスたちは社会性もあるから、人を仲間と認識させてしまえば嫌がらせをしない限り危害を加えない。
ただ、デイノニクスはヒエラルキーに厳しいから、意地悪をすればすぐあの足のシックルクローでザックリ切り裂かれるだろう。
「よっ、アイリーン。相変わらず、傷だらけだな。右腕のところ、昔からあったか?」
オストロム君は変わっている。
わたしも色々無茶してきたから、大怪我の一つや二つしたさ。
そんなわたしの傷だらけの肌を見て、「功労者」だとか言い出すのが彼。
ハンターの負う傷を、オストロム君は「勲章」と呼ぶ。わたしの頬から肩口まで伸びている傷痕を、「大勲章」なんて言う、イカれた奴だ。
「お生憎様。もう狩りには出かけていないの。なんだったら書類で指を切ることのほうが多いでしょうね」
「まだ行けるだろ? せめて教官くらいにはならねえと」
「組合長と兼任はできないわ」
組合長の仕事が多いことは、組合員なら多少分かるだろう。面倒事を嫌がる組合員が、誰がこの役職に就くかで揉めるので、仕方なくわたしがやっている。でもせめて分業はできないだろうか。話をもちかける度みんな逃げていくけど。
「でも適材適所じゃん? アイリーンはその腕を後世に残すべきさ。事務所に詰めてたらせっかくの敏腕が錆びちまうよ」
「錆びているどころか壊れたの!」
ほんと、おかしな奴。
「ところで、グレートプレーンズにいたんじゃないの? そっちはどうしたの?」
そう、オストロム君は元々別の地域で活動しているハンターだ。もしかしたら今後会わないままかもしれなかったのだ。
「グレートプレーンズの狩猟組合は規模を縮小しててな。あそこも人がどんどんいなくなっちまって、将来性が見込めなくてな。悪いが俺も、抜けさせてもらった」
「そう」とだけ答えておく。
そりゃそうか。
北アメリカ大陸全体でも調子のいい所なんて少ない。ハンターの生活を考えると、生産性のある狩猟組合で頑張ってもらったほうが安心だ。
でも組合長としては複雑だ。
ここも赤字なのだ。こういう時こそハンターに来てもらって、どんどん生産性を上げて欲しい。そうすれば狩猟組合に依頼も増え、安定して利益が出せるようになる。害獣被害が減れば農家も安心して農作物を育てられるだろう。
ハンターたちの味方でいたいが、組織も守らないと地域社会が廃る。このバランスが難しいんだよね。
「アンバー、羽毛のツヤがいいわね。主人の世話が行き届いている証拠よ」
もともと鮮やかな毛色をしているデイノニクスだけど、アンバーは特に美人さんだ。まだ幼体だった頃から知っているけど、大事にしてもらっているのだろう、野生でここまで羽毛がツヤツヤしている子はいない。デイノニクスとしてはもう結構歳をとっていると思うのだけど。
「アイリーンはせっかくの髪がバッサバサだな」
「……アンバー、こいつの喉笛を掻っ切ってやりなさい!」
この野郎にはデリカシーがないのか?
「ホーナー組合長!!」
また面倒事が舞い込んできた。
「
「どの恐竜!?」
「セントロサウルスの群れです! 200頭はいるそうです!」
最悪。
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