青年Z
暑すぎやしないか。今日の予定が無ければ冷房を入れてもうひと眠りするところだった。スマホをちら見すると開始時間まで二時間もなかった。一応カレンダーアプリを開いてチェックすると、しっかりと同窓会の文字。急がないと。しかしエアコンのリモコンが無い。ベッドと壁の間を覗いてみると寝相の悪いリモコンがベッドから転げ落ちていた。隙間からは取れそうにない。嫌なスタートだ。
鏡に映った自分の顔は魂を抜かれたような顔をしている。特に隈が酷い。時間をかけて念入りに身なりを整えた。冷蔵庫からヨーグルトを取り出して遅めの昼ご飯。そういえばと、収納の奥の方に押し込んでいたコーンフレークを思い出した。パッケージ裏のグラフに惹かれて買ったけれど二週間くらいで飽きてしまい中途半端に残っている。賞味期限切れの栄養たっぷりなコーンフレークを半分ほどになったヨーグルトに振りかける。家の中の権限がすべて自分にあるのが一人暮らしの良いところであり、とても悪いところだ。こんな自分を見られたら失望されるどころの話じゃない。
スマホ片手にテレビをザッピングするものの、どのチャンネルも赤い帽子の二刀流ばかりでうんざりする。やむなく高校野球のチャンネルに変えた。なぜこんな暑い夏に開催するのか。試合は一方的で盛り上がりには欠ける。子供の頃は毎日のようにかじりついていたし、家族と現地で観戦したこともあった。しかし大学に入った辺りからめっきり見なくなっていた。エアコンを一度下げた。
昔は楽しく見ていられた。いつか自分の番が来ると思っていたからだ。けれど彼らの歳に並び、追い越したことでその芽は潰れてしまったらしい。アルプスから汗を噴きだしながら応援をしている女の子がカメラに抜かれている。まるで自分が責められているみたいだ。やめてくれ。そんなに全力で生きないでくれ。
服を選ぶということを苦とは私は思わない。しかしお洒落な服を選ぶとなると話が変わってくる。クローゼットには着古した服とシミ一つない新品そっくりなリクルートスーツしかなかった。しばらく服を買っていない。ベッドの下にもう使わないだろうと収納していた一軍を引っ張り出す。授業とバイトが生活の大部分を占めているから服に必要性を感じていなかったが、今日ばかりは意識の低さに後悔した。皆どんな服を着てくるのだろう。SNSで「同窓会 服装」で調べてみる。しかしどのサイトを見ても聞いたことのない横文字にエンカウントするのでそっと閉じた。結局一番だと思った服は服に着られているような気がしたから二番目であろう服を選んだ。無難ばかり選んでしまう自分の勇気のなさにがっかりする。
視線をテレビに戻すと試合は九回まで来ていたようだ。テレビをつけた時点で勝負は決まっているようなものだったので真剣には見ていなかった。最後になるであろう選手は怖いくらいに笑みを浮かべている。直後、ポンとボールが転がった。内野ゴロでゲームセット。バッターはヘッドスライディング。泣きながら土集め。監督が選手を称えるコメント。全てが見てられない。そっとテレビを消した。人間の模範解答のおこぼれを不正解が享受している構図が惨めで耐えられない。
玄関を出るとセミの大合唱と太陽の行き過ぎたもてなしを受けた。小走りで駅に向かうものの、あまりの暑さにすぐにバテた。服選びに時間を掛けてしまったせいで次の電車には間に合いそうにない。今からでも欠席の連絡を入れようか、そう思うくらいには憂鬱だが、皆に何を思われているか分からない方がずっと恐ろしいから仕方なく行くのだ。駅で待ち合わせている友人に
「少し遅れる」
と、可愛らしいキャラクターが手を合わせているスタンプを添えてLINEした。ホッと安心してペースダウン。今は申し訳ない気持ちで一杯だが、どうせ明日には忘れているのだろう。そしてあいにくにも改善するような心は持ち合わせていない。
太陽は昔の自分を演じる俺を許してくれるだろうか。昔のような皆を引っ張る強い俺を演じられるだろうか。太陽は何も言わず光を放ち続けている。こんな自分すら包んでくれるその優しさがとても痛かった。
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