第十三話 戦争や侵略は、なぜ起こるのか
武田晴信と
「幸隆よ。
数年前……
そちや、そちの弟の
当主の
「
『真田には、村上軍の
期待しているぞ』
と」
「何が栄誉じゃ。
笑わせるなっ!
要するに、真田軍を最も危険な最前線に送るのであろうが」
「……」
「ところで。
そちの弟の
村上家の領地である
「その通りです」
「村上家を攻めるに当たって……
わしは、周辺の『地形』を徹底的に調べた」
「はい」
「
「さすがは晴信様。
よくお調べになっておられます」
「当然じゃ。
勝つために重要なのは、第一に補給、第二に地形であろう」
「残念なことに……
『精神』が第一だと考える者が多いようですな」
「精神?
何を馬鹿なことを。
補給を断たれて負けた話こそ聞くが、強い精神で臨んで勝った話など聞いたことがないわ」
「
「さて。
平地続きの
この城を巡って壮絶な激戦が繰り広げられることになろう。
新入りの家臣を、最も『危険』な最前線に置いたということか」
「幸いにして……
三方を崖に囲まれた天然の要害で、難攻不落の地形に恵まれています。
最も危険な最前線ではありません。
むしろ『安全』な場所です」
「ん?
幸隆よ。
そちほどの者が、本気でそう思っているのか?
難攻不落な地形に恵まれている城ならば……
幸隆の言う通り、安全ではないだろうか?
晴信は何が言いたいのだろう?
◇
「
「死地に決まっておろう。
三方を崖に囲まれているということは、補給線が一方しかないのだぞ?」
「……」
「その一方しかない補給線を断たれたら終わりではないか。
わしが
「籠城する兵たちは、たちまち
地獄となるでしょうな……」
「そちの弟は、死地に置かれたのじゃ。
そちほどの者が分からんとは意外だな」
「お見事にございます。
山地の先端に位置することから、いざとなれば味方から『切り捨て』られます」
「幸隆よ。
このわしを、試したのか?」
「申し訳ございません」
「まあ良い。
死地と分かっていながら……
なぜ、そちの弟は従ったのじゃ?」
「これが新入りの『
外様よりも、長年に
「だから外様は危険な場所に、譜代は安全な場所に置くのか。
要するに……
実力や実績ではなく、
「それが常識です」
「幸隆よ。
この世で最も『
「醜悪……?」
「実力なく、何の実績も上げない者が、利益を
「……」
「それと比べれば……
実力ある者が、実力なき者から力ずくで奪い取る行為の方がはるかに正しい」
「なるほど。
それがしは、こう考えたことがあります。
『
なぜ起こるのか?』
と」
「ふむ」
「この答えを知るために……
長い時間を費やして人の歴史を学びました」
「答えを得られたのか?」
「人の歴史は、
例えば……
あの有名な
平氏が地位や富を独占するのを見た源氏は、こう訴えて立ち上がりました」
「何と訴えた?」
「『実力なく、何の実績も上げない者が……
ただ平氏というだけで!
贅沢三昧の生活を送り、
一方で我ら源氏には……
いくら実力を磨いても、いくら実績を上げても、何の機会もやって来ない!』
と」
「確かに。
世が平和であることは実に良いことではあるが……
富や権力をいかに
結果として平和な世は、実力ある者や、実績を上げた者が報われない時代を作り出すことにもなる」
「
実力ある者や、実績を上げた者が報われるために『必要』なことなのかもしれません」
「村上家も同じこと。
長く仕えただけで利益を
倒さねばならん相手ということじゃ」
「……」
「幸隆。
そちは、今日この日よりわしに仕えよ。
真田が先祖代々に
「晴信様!
ま、まさか……
それがしに
幸隆の目から涙がこぼれる。
故郷の奪還こそ、真田の悲願なのだ。
◇
「わしは……
そちのような実力ある者のために、村上から
そして、真田郷を必ず与えると約束しよう」
「真田郷は、広くて肥沃な土地です。
そんな土地を……
武田家に仕えたばかりの者に与えても大丈夫なのですか?
長く仕える家臣の方々から猛反発を食らうのでは?」
「……」
「もちろん、村上家との
「それはいかん!
諏訪家や村上家、そして我が父が行った侵略によって……
真田は多くの者を失ったのであろう?
これ以上、真田の血を流させるわけにはいかない!」
「お優しい心遣い……
有難き幸せにございます」
幸隆は、また感激のあまりに涙を流した。
◇
「晴信様。
我ら真田は……
先鋒以外の方法で、誰もが納得するような『実績』を上げる必要があります」
「うむ」
「
「わしもそれは考えたが……
砥石城が落ちたところで、村上家は痛くも
「なぜそう思われるのです?」
「砥石城の背後の山々には20もの城が待ち構えている。
『
これらは
砥石城を落としたところで、この鉄壁の防御陣にかすり傷一つ負わせることもできまい」
「……」
◇
「幸隆よ。
わしは、ある『機会』を待っていた」
「機会とは?」
「武田
「それは誰ですか?」
「重臣の
「板垣殿と甘利殿……?
武田の
なぜ2人を粛清されるのです?」
「今川家や北条家と通じ、我が父の追放を主導したからじゃ。
わしは、この2人にまんまと
『信虎様は、国中の者から嫌われております。
このままでは……
武田家は内側から滅びますぞ』
とな」
「なるほど。
そのことで、ある話を聞いたことがあります」
「話?」
「お父上の信虎様を追放した、
「理由?」
「武田家の家臣たちは、ある政策に猛反対していたと」
「ああ……
その話か」
「信虎様は甲府の
家臣たちが
「『
妻子も含めた家臣たちの
だからこそ家臣たちはこぞって猛反対した。
わしを操って、我が父を追放した」
「絶対的な権力者を目指す晴信様は……
この政策を実行するため、反対した板垣殿と甘利殿を見せしめに粛清しようとお考えなのですか?」
「その通りじゃ。
幸隆。
うまい筋書きを思い付いたぞ」
「お教えください」
「我が武田軍は板垣隊と甘利隊を先鋒とし、そちの道案内で
わざと『敗北』する」
「は、敗北!?」
「武田の
「その状況で……
それがしが弟を使って砥石城を落とせば!」
「真田の功績は誰が見ても明らか。
わしは、堂々とそちに真田郷を褒美として与えることができる」
「何とお見事な!」
【次話予告 第十四話 上田原の戦い】
攻める武田軍と守る村上軍は千曲川を挟んで対峙しました。
歴史書で『上田原の戦い』と書かれているこの合戦で、武田軍は……
外様家臣ではなく、譜代家臣の双璧・板垣信方と甘利虎泰が先鋒を務めたのです。
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