第12話 城下観光②



 今回訪れたのは、城下の中で特に活気のある市場だった。

 近くに船が行き交う大きな運河があり、そこからすぐに商品が荷揚げされているらしい。

 運河には巨大な朱い橋が掛かり、そこから荷揚げの様子を見下ろすと、ルェイン大帝国中から集められた野菜や果物、もちろん海産物に、織物や工芸細工、生きたままの鶏を籠に入れて運んでいる船なども見えた。

 何十艘、もしくは百艘を軽く超えているのかもしれない船の大群を見るのは初めてで、わたしはポカンと口を大きく開けてしまった。なんと活気溢れた場所なのだろう。


 そしてわたしの横では、ルキアン様もポカーンとした表情をして船の大群を見下ろし、橋の欄干に掴まってはしゃいだ声をあげた。


「とんでもない船の数だな!? 見てみろ、シェリ! あそこには生きたままの豚を積んでいる船があるぞ!? あれは生花か!? 小舟に花がぎっしり乗っていて、船頭の姿がもはや見えんぞ!?」

「はいっ。凄い光景ですね、ルキアン様」


 ルキアン様は紅い瞳をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべている。白銀の髪に陽の光が透けて、美しい運河の水面のように波打って揺れていた。


「あの豚、何頭か買って帰れないだろうか? 確か城内に仕入れていた豚が、また行方不明になったらしいからなー」

「豚が行方不明、ですか……?」

「ああ。シェリは知らないか。かなり昔から、城内に仕入れた動物が消えるっていう謎の事件が起きてるんだ。豚だったり、鶏だったり、羊だったり。いろいろだな。父上が子供の頃よりずっと昔かららしい。横領している奴がいるんじゃないかと調べさせてはいるんだが、一向に犯人は見つからん。行方不明になるのが毎回一頭ずつだから、調査する役人も正直乗り気じゃないんだろうなぁ」

「奇妙な事件ですね。生きたままの豚を衛兵に見つからず白銀城の外に連れ出せるとも思いませんし、城内で屠殺すればその痕跡を隠すのは難しいですし……」

「だよなぁ。変な事件なんだ。で、あの豚を買うか!」

「とっても良いお考えだと思います、ルキアン様」


 わたしがルキアン様のお言葉に全肯定していると、クローブさんが「やめてください、二人とも」と苦い表情で言う。


「豚の件は、すでに他の業者に発注したようなので必要ありません。それよりルキアン様もシェリも、都に来たばかりのお上りさんにしか見えませんよ。もっと落ち着いていただかないと、商人たちからカモにされてしまいます」


 クローブさんがそう言っている隙に、横から行商人が現れた。

 猫耳を生やした行商人は、紐の付いた木箱を首に下げ、わたしとルキアン様に色んな形をした飴細工を見せてくる。


「飴細工はいかがですかな、お坊ちゃま、お嬢ちゃま? 今ならなんと一本で銅貨二枚! 三本買うなら銅貨五枚でどうだい!?」

「もちろん買うー!」

「ちょっとお待ちください、ルキアン様! そもそも一本で銅貨二枚は高いですよ!? ちょっと商人、この飴細工は他の相場より高いだろうが!?」

「いえいえ、滅相もございませんよ~。うちの店では特別な砂糖を使っているんでね!」

「ほらシェリ、好きな飴細工を選べ! 俺はこの獅子の形にするぞ! クローブもあと一本選ぶといい」

「では、わたしはこちらの龍の形の飴にします」

「ああっ、もう、カモられやがって……。では僕は狐のやつで!!」

「へへっ、まいどどうもっ!」


 食べるのが勿体ないくらい美しい飴細工をルキアン様に買っていただいたあとは、市場の中へと入る。

 いろんな動物の耳を生やした獣人や、わたしのような人間もチラホラおり、耳の尖がった美しい種族や髭を生やした小人なども歩いている。ルキアン様がそっと「あっちはエルフで、そっちはドワーフだ」と耳打ちして教えてくれた。

 他にもたくさんの種族がこの地に集まっているらしい。ルェイン大帝国という国は、種族の坩堝るつぼなのだ。


 そのことを示すように、市場ではいろんな種族のための商品が並んでいる。

 草食獣人のための八百屋さんだとか、肉食獣人のためのお肉屋さんだとか。衣類や装飾品も種族ごとのお店があって、一日では見て回れないほどのお店が並んでいる。

 脇道の奥にも小さな屋台がぎっしりと並び、クローブさんから「奥はもはや迷宮ですので、勝手に移動しないでくださいよ、お二人とも」と忠告された。迷子になってしまったらもう二度とルキアン様のもとへ帰れなくなりそうで、恐ろしかった。


 市場では荷揚げされた食材そのままのものだけではなく、その場で調理されたお惣菜やおやつなども売っていて、食欲を刺激する匂いがあちらこちらから流れて来た。

 ルキアン様はすっかり興奮気味で、「あのタレの付いた肉の串も買おう!」「揚げたての小麦団子があるぞ! 砂糖と白ゴマがたっぷりまぶされていて、美味そうだ!」「桃饅頭も買わねば!」と鼻をひくひくさせている。

 クローブさんは渋い表情で、

「買うのはいいですが、あとで全部毒見役に回します。さっき買われた飴細工もです!」

 と言い、ルキアン様は「作りたてが食べたいんだがなぁ……」と一瞬で眉を八の字に垂らした。

 けれどすぐに復活されて、わたしの方へ振り向く。


「シェリは何がほしい? 何が見たいんだ?」

「わたしは特には……」

「今日はシェリの息抜きだからな。シェリに楽しんでもらわなければ」

「ルキアン様が楽しんでいる姿をお傍で拝見することが、わたしは一番楽しいです」


 わたしがそう言うと、ルキアン様は馬車の中の時のように、また挙動不審になった。


「ちょっと待ってくれ、またしても自分の感情が分からなくてな……!?」

「はぁ、そうなのですね」


 ルキアン様の後ろでクローブさんが「やれやれ」と言うように首を振るのが見えた。クローブさんはどうされたのだろう……?


 そのまま市場の大通りを進んで行くと、綺麗な髪飾りや可愛らしい装飾品のお店が並ぶエリアに突入した。

 それらのお店の前で、ルキアン様が急に立ち止まる。


「あの簪! 絶対にシェリの水縹みずはなだ色の髪と藍色の瞳に似合うはずだ!」

「え? ルキアン様!?」


 急にお店に向かって走り出したルキアン様は、そのまま簪を一本買うと、すぐにわたしとクローブさんの方へ戻って来る。あまりの素早さに護衛の行動が遅れてしまうほどだった。


「ほら、シェリ! お前に良く似合うぞ!」


 ルキアン様がそう言って差し出してくださったのは、紅い宝玉がキラキラと輝く銀細工の簪だった。

 わたしの胸元にある逆鱗の証と同じ紅色であり、ルキアン様の瞳の紅であった。


 わたしは一目見ただけでその簪を気に入り、胸の奥がポカポカとする。


「ありがとうございます、ルキアン様。一生大事にします」

「今日の思い出にするといい」

「はいっ!」


 そのままルキアン様はわたしの髪を弄り、簪を手早く差し込んでくださった。


「お上手ですね、ルキアン様」


 軽く頭を振っても簪が動かないので、感心してそう言えば。ルキアン様ははにかんだ。


「俺も髪が長いからな。髪の扱いには慣れているんだ」

「そういえば、そうですね」

「うん。やっぱり想像した通り、良く似合っているぞ、シェリ」

「本当にありがとうございます、ルキアン様」


 そうやって楽しく市場を回っていると、そろそろ白銀城へ戻る予定の時間になってしまった。


「最後に見て回りたい店とかはあるか、シェリ?」

「いえ、特には……」


 わたしはそう言いかけたが、ふと、一軒のお店を見つけて立ち止まった。

 お店の幟に書かれた文字がどうしても気になってしまう。


「あの、ルキアン様! 最後にあのお店にちょっとだけ寄ってみたいです……!」

「うん? あの店か? べつに構わんぞ」


 わたしは最後に寄ったお店で商品を一つだけ購入し、ルキアン様とクローブさんとの初めての城下観光を終えた。

 とても楽しい一日だった。

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