第11話 城下観光①



 妃教育にもそろそろ慣れてきたが、終わるとやはり疲れ切ってしまう。

 単純な肉体労働や勉学に関しては、キラ皇国にいた頃もオルセン家や修道院でやってきたけれど、そこに責任というものはなかった。他に時間を潰す方法が思いつかなかったから草むしりや洗濯のお仕事をさせていただき、書庫にあった本を読ませていただいて貰っていただけだ。

 だから『ルキアン様のために頑張ろう』という気持ちで妃教育を受けている今は、とても毎日が充実している。ちゃんとこの世界で生きているという感じがして、わたしの心も体も忙しなくエネルギーを使う。キラ皇国にいた頃の何百倍も幸せで、夜が来る頃にはエネルギー切れになってしまった。


 衛兵に送ってもらって銀木犀の宮に帰り着いた頃には、わたしの瞼は半分閉じていた。

 そしてルキアン様と一緒に夕食をいただく頃には、うつらうつらとしていた。


「……だいぶ疲れているようだな、シェリ? 母上に話して、妃教育をしばし休ませてもらうか?」


 ルキアン様が心配そうにこちらを覗き込んだので、わたしはハッとして目を見開いた。


「そんな! わたしが軟弱なだけなので! 皇后様もわたしの妃教育のために時間を空けてくださっているのですから!」

「母上の方も、シェリが可愛くてはしゃいでしまったようでな、どうも体調が思わしくないらしい。父上がそろそろ休むようにと母上にお伝えするそうだ」

「あ……。わたしのせいで、皇后様が……。たいへん申し訳ありません……」


 しゅんとなって謝れば、ルキアン様は「違う、そうじゃない」と呆れたように笑った。


「母上はシェリとは違って大人なのだから、自分の体調をもっと顧みて行動する必要があったというだけの話だ。シェリは悪くないぞ」


 ルキアン様にそう言われても、罪悪感がある。

 わたしがルキアン様の呪いの症状を緩和出来たように、皇后様のお体も元気にして差し上げることが出来ればいいのだが、それは無理だった。わたしはルキアン様の逆鱗であって、皇后様やほかの誰かの呪いを払えるような解呪の術を持っているわけではないのだ。


「よし、シェリ。明日は城下へ行ってみるか!」


 一際明るいルキアン様のお声に、わたしは目をパチクリさせる。


「シェリはまだ白銀城の外を見たことがなかっただろう? いい気晴らしになるぞ! とはいっても、俺も幼少期に馬車に乗って、少しだけ城下を覗いて見たことがあるだけなのだがな。シェリのおかげで城下へ行くくらいの体力は回復したから、俺もついにこの足で街中を歩けるぞ!」


 そう言って笑うルキアン様は、本当に嬉しそうで。

 その笑顔を見ただけで、わたしの胸はポカポカして、どうすることも出来ない悩みや罪悪感がどんどん小さなものに感じられてくる。


「城下ではどんなものが流行っているんだろうな? クローブ、お前は分かるか? たまに城下に下りているんだろう?」

「まぁ、ごくごくたまにですけれど。何かほしいものがあるんでしたら、今まで通り城内に商人を呼び寄せた方が質の良いものが手に入りますよ。城下に売っているのは、庶民向けのものばかりなので」

「それが見たいんじゃないか。明日はクローブに案内は任せたぞ」

「はいはい。承知いたしました」


 クローブさんと話しているルキアン様を見つめていたら、すっかり気持ちが浮上していて、わたしはちょっとだけ微笑んでいた。


「シェリ、今夜はしっかりと休んで、明日は城下で遊ぶぞ!」

「はい。ルキアン様」





 銀木犀の宮の前まで迎えに来た馬車に乗り、白銀城の広大な敷地を横切りながら城下へと向かう。

 馬車の中にはいるのは、わたしとルキアン様、そしてクローブさんの三人だが、馬車の外には護衛の兵士が馬に乗って並走している。

 一応お忍びなので、馬車は飾りの少ない質素なものだし、わたしやルキアン様の装いもルェイン大帝国貴族ふうだ。ちょっと良いところのお坊ちゃまとお嬢様という感じらしいのだが、まだルェイン大帝国の衣装の流行りが分からないので、説明されてもよく分からなかった。


 馬車の中では、ルキアン様がずっと緊張状態だ。


「あー、俺が城下を見たのは五歳の時が最初で最後だったから、つまり七年ぶりってことだよな!? 街並みとか変わってたりするんだろうな!? 最近の城下はどんな感じなんだよ、クローブ?」

「そもそも街並みの変化に気付けるほど、五歳の頃の記憶がおありなのですか、ルキアン様?」

「正直まったくないな!」


 ルキアン様はそわそわしながら馬車窓から外を眺め、「ここはまだ城内だな……」と呟いて落胆している。


「むしろ城下に行くのが初めてのシェリの方が、俺よりも落ち着いているな!? なんだかズルいな!?」

「わたしはキラ皇国で皇都に出掛けたりしていましたから」


 修道院に追いやられていた頃でさえ、炊き出しをしたり病気の人々を見舞ったりと、外出する時間はあったのだ。

 なので、ルェイン大帝国の城下の観光はもちろん楽しみだったが、ルキアン様のように外出そのものへの緊張や感情の揺れ動きは少なかった。


「そうか。シェリは俺よりも経験豊富な大人だったんだな……」

「こんなことで大人扱いしなくても……。わたしたち、同じ十三歳じゃないですか。ルキアン様だって、すぐに外出に慣れると思います」

「まぁ、それもそうか」


 ルキアン様が太陽みたいに眩しい笑みを浮かべる。


「俺にはもうシェリがいるから、急に呪いの発作が起きたらどうしよう、とか不安に思わなくてもいいんだものな。シェリさえいてくれれば、俺は世界の果てへでも旅に行けるんだな!」

「はい」


 わたしはふにゃりと気の抜けた表情で頷く。


「ルキアン様がお望みでしたら、世界の果てへでもお供いたします」


 そう言ってルキアン様を見上げたら――、なぜかルキアン様は真っ赤な顔をして固まっていた。


「どうかされたのですか? ルキアン様?」

「……いやっ!? シェリの笑顔を見ていたら、急に自分の感情が意味不明に高ぶってだな!? え!? どうした、俺!?」

「馬車酔いでしょうか……?」

「うわぁー……。待ってくれ、感情が追い付かん……」


 ルキアン様はよく分からないことを呟きながら、両手で顔を覆い、表情を隠してしまった。


 わたしはわけが分からず、狐の獣人であるクローブさんに視線を向ける。

 クローブさんは呆れた様子でルキアン様を見つめ、溜息を吐く。


「放っておきなさい、シェリ。それよりそろそろ城下に入りますよ」


 クローブさんの言葉に馬車窓へ視線を向ければ、濃い灰色の瓦屋根が日差しを反射して輝いている家々が道にぎっしりと並んでいるのが目に飛び込んで来た。

 鮮やかな色ののぼり提灯ちょうちんがあちらこちらにぶら下がり、銀龍を模した像や飾りも見えてくる。

 初めての城下を目の前にして、わたしはようやくわくわくしてきた。

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