第9話 銀龍族が受けた呪い



 案内されたのは、白銀城の美しい大庭園を一望することの出来る客室だった。

 大庭園には、城内に住まう人々が散歩をしている姿が見えた。皆一様に、一際大きな紅梅のもとを訪れている。もしかしたらあの紅梅も、『狂い咲き』の木の一つなのかもしれなかった。


 客室の中央には黒塗りの大きなテーブルが置かれ、それぞれが椅子に着席すると、お茶が運ばれてくる。

 皇帝陛下がお茶を一口飲んでから、話が始まった。


「さて、シェリにどこから話してやろうか。まずは己自身のことが知りたいだろう。なぜ胸元に紅い石を持って生まれたのか、不思議に思っているだろうしな」

「はい」

「結論から言うと、それは『龍の逆鱗』である証だ。龍族は本来一人一人に、『逆鱗』を持つ己だけの運命の相手がいると言われている。その伴侶には生まれた時から目印を持っていると言い伝えられているのだ。だが大抵は自分の『逆鱗』に出会うことはなく、まったく関係ない相手と結婚するのがほとんどである。つまりお前に巡り会えたルキアンは運が良かったという話だ。お前の証は、ルキアンの瞳と同じ紅色だ。お前がルキアンの伴侶として生まれてきたということだ」

「ルキアン様の瞳と同じ紅色の証だから、わたしがルキアン様の……?」


 わたしはふと、銀木犀の宮の中庭で出会った黒髪の少年のことを思い出した。

 黒髪の少年は、ルキアン様に似た顔立ちをしていて、ルキアン様と同じ紅い瞳を持っていた。

 結局、彼は何者だったのだろう。ルキアン様のお血筋の方だと思ったけれど、そうなると彼もまた龍族の一員ということになる。

 わたしが本当にルキアン様の伴侶で合っているのか、とても不安になった。


「あのっ、ルキアン様と同じ紅い瞳の龍族の方は、他にはいらっしゃらないのでしょうか? わたしは本当にルキアン様の伴侶でよろしいのでしょうか?」

「シェリ」


 ルキアン様はちょっと照れくさそうな表情をしながら、指で頬を掻く。


「まぁ、急に俺の伴侶とか言われても驚くよな……。俺も驚いてしまって、お前にどう切り出せばいいか分からなくなってしまってな。説明が今になってしまったわけなんだが。シェリは確かに俺の伴侶で合っているんだ」

「どういうことですか、ルキアン様?」

「シェリが俺の呪いの発作を緩和させたからだ」

「呪い……?」


 不穏な単語に驚いて目を見開くと、ルキアン様は「そのことも説明しなくちゃだよなぁ」と苦笑された。


「俺には生まれつき呪われているんだ。呪いの発作が酷い時は、あまり部屋から出られない」


 ルキアン様がよく体調を崩されて、寝台に臥せっていることは知っていた。何かご病気を抱えられているのだと思っていた。

 あの黒い靄に覆われて苦しんでいるルキアン様を知ってからは、ただ単純な病気ではないのかもしれないと考えていた。

 それもこれも、全ての原因は呪いのせいだったのか。


「誰なんですか?」


 わたしは怒った声でルキアン様に尋ねた。


「誰がルキアン様を呪っているのですか? 呪いということは、呪った相手がいるということなのですよね!?」

「犯人は分かっている」


 答えたのはルキアン様ではなく、皇帝陛下だった。


 犯人が分かっているのなら、どうして犯人を捕まえてルキアン様の呪いを解呪させないのか。

 不思議に思うわたしの気持ちを理解したように、皇帝陛下が言葉を続けた。


「だが、ルキアンに掛けられた呪いを解呪することは不可能だ。その犯人はすでに亡くなっているからな。――もう何千年も前に。ルキアンの身にかけられた呪いは、銀龍族が代々引き継いできた呪いなのだ」


 皇帝陛下が話し始める。

 それは以前ルキアン様から教わった、ルェイン大帝国の成り立ちの続きだった。


「始祖王が娶った最初の妃は、女魔導士だった。この女は始祖王を深く愛し、どうにかして自分を妃に選んでもらおうとして、自分の胸に偽物の『逆鱗』を作り出した」

「えっ……」


 わたしは思わず自分の胸元に手を当て、布越しに自分の固い石に触れる。

 魔導というものがどういうものなのかは知らないけれど、これを自分の体に作り出してしまうなんて……。


「女魔導士の胸にある偽の『逆鱗』を信じた始祖王は、女を娶ることにした。しかし、結局心から愛することが出来ずに、苦悩したらしい。そんなある日、始祖王は自分の本当の『逆鱗』に出会ってしまったのだ。そこから女魔導士の嘘が露見し、始祖王は彼女を罪人として処刑することにした。だがその時すでに、女魔導士は始祖王の子を懐妊しており、出産するまでは処刑を見送ることになった。……その判断が仇となった」


 仇になったとは一体、どういうことだろう?

 わたしは陛下の話に聞き入る。


「女魔導士は自らの子を生贄にして、始祖王とその『逆鱗』から生まれる一族を末裔まで呪うことにしたのだ。それ以来、銀龍族からは一代に一人ずつ呪われた者が現れる。その者が死ねば、次に生まれる銀龍族の者に呪いが引き継がれるのだ」


 なんて……、なんて酷い話なのだろう。

 女魔導士は自分の赤ん坊までも巻き込んで、なんと身勝手な恋をしたのだろう。自分一人で滅びれば良かったのに。

 わたしは目の前が真っ赤になるほどの怒りに奥歯を噛んだ。


「ルキアンの前は、余の大叔父が呪いの保持者だった。ルキアンがまだ余の妃の腹の中にいた頃に亡くなってしまい、呪いがそのままルキアンに引き継がれてしまったのだ」

「そうだったのですね……」


 ルキアン様の一族を代々呪い続けているだなんて、規模が大きすぎる。

 死んだ女魔導士に怒っているのは、わたしだけではなかった。チラリと視線を動かせば、壁際で控えていたクローブさんや、皇帝陛下付きの文官や兵士の中にも眉間にシワを寄せて怒りに耐えている表情をしている方々がいた。

 ルキアン様には、その身のご不幸を一緒に嘆いてくださる人々がいる。それも、出会ったばかりのわたしなんかより、ずっと長い間心配し、怒り続けてくれる人々が。

 ルキアン様が周囲の方々に大事にされていることが、不幸中の幸いだと思った。


「銀龍族は長い間、呪いの解呪方法を探し続けた。調べ、探し続けても、未だ答えには辿り着いてはいない。だがしかし、幸運なことにルキアンの『逆鱗』が現れた」

「わたし、ですか……?」

「『龍族の逆鱗』は、お互いに欠けている部分を補い合うことが出来る。ルキアンが呪いの発作で苦しんでいる時に、お前がルキアンの苦痛を緩和させたと余は聞いている」

「それなら確かに……。わたしの胸にある、この『逆鱗』が紅く輝いて、そこからルキアン様の症状が落ち着きました」

「今まではルキアンの呪いを緩和する方法もなかったが、シェリのお陰で希望が見えてきたというわけだ」

「そうなのですね」


 もしかすると今までの呪いの保持者には、『龍の逆鱗』が現れなかったのかもしれない。なかなか出会えるものではないと、陛下がお話しされたし……。

 わたしが考え込んでいると、ルキアン様が声を掛けてくださる。


「どうした、シェリ? 何か疑問でもあったか?」

「はい。あの、今までの呪いの保持者には、『龍の逆鱗』が現れなかったのだろうか、と……」

「ああ。先程父上が話されたように、『龍の逆鱗』と出会える龍族はほんの一握りだ。俺のような呪いの保持者が『龍の逆鱗』に出会ったのは、銀龍族の歴史を紐解いても初めてかもしれないな」

「そんなに珍しいことだったのですね」


 ルキアン様が『逆鱗』に出会えて本当に良かった。

 その『逆鱗』こそがわたしなのだけれど、わたしの役割がペットから呪いの緩和薬に変化しただけなのだろう。

 今までと役割が違っても、ルキアン様のお傍にいられることに変わりはない。


 わたしがそう納得していると、ルキアン様が咳払いをしてわたしの意識を誘導した。


「……だから、その、シェリ」

「はい、ルキアン様?」

「お前は俺の『逆鱗』で、つまり一生の伴侶ということなのだがな……」


 喋りながら、ルキアン様の頬がどんどん朱くなっていく。

 ああ、なるほど。


「分かっております、ルキアン様! わたしはこれからペットではなく、ルキアン様の緩和薬としてお傍に仕えれば良いのですよね!」

「……うん? あー、うん、まぁ、そんなところだな!」

「わたし、頑張ります!」

「よろしく頼む、シェリ!」


 頷き合うわたしたちを見て、皇帝陛下が「それでいいのか、ルキアン? まぁ、お互いにまだ十三だしな」と呟いたり、クローブさんが「ルキアン様……」とちょっと頭を抱えていたりしていたけれど。


 わたし、ルキアン様の『逆鱗』として頑張ります!

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