第4話 教皇の魂胆

 「グラ、アルガー、お前たちは教皇と共に聖地へ行くんだ。聖地なら安全だろうし、移動中も襲われることはまずないと思っていい。わかったか?」


 朝になってフェロースはグラティアス、アルガー、アミークスの全員をベッド起こした。三人とも怪我や疲労が溜まっているから本来はまだ眠らせておくべきだがやむを得ない。今は一刻を争う。


 「うん」

 「はい」


 聖堂のステンドガラスから差し込む朝日が彼らを照らしている。


 「それとグラにはこれを渡しておく。これが何かは分かるな?」


 フェロースが手渡したのは、黒い魔法陣が刻まれている細くて鋭い金属だ。金属の上部分には紐が通されている。鋭く尖っているという点を除けばどこにでもある魔法鍵のようだ。


 「うん。分かるよパパ」


 グラティアスは神妙な顔してそれを受け取り、首に掛ける。


 「よろしい。万が一の時は頼んだ。アルガーも万が一の時はグラティアスを守れよ。 アミークスさんはもう一度背中に掴まってほしい。家まで送る」


 アミークスは迷い、一瞬グラティアスの方を見る。


 「いえ、わたしは...」

 「アミ、迷惑かけてごめんね。でももう大丈夫だから、次は学校で会おう」


 グラティアスはそう言って微笑む。


 「...わかったわグラ。じゃあまた学校で会いましょう」


 「うん! アミ、また明日」


 これが今生の別れかもしれない。そんな不安が二人ともの頭によぎったが、それでも、いつも通りの挨拶と軽いハグでさようならをした。

 こうしてアミークス別れを惜しみながらもおんぶされた。

 と、そのとき。


 「あ、そういえばせんせ、僕が起きたら伝えるって言っていた大切な秘密ってなんだったの?」


 「ああ、今その話が出来れば良かったんだが、俺はアミークスさんを家に送った後、世界政府の中枢議会に出席しないといけない。それが終わったら大切な秘密を話そうと思う。それまで待ってくれアルガー」


 「わかった。出席が終わったら絶対教えてよ」


 「ああ。お前らも無事でいろよ」


 こうしてグラティアスとアルガーはフェロースとは一旦別れることになった。


 フェロースとの別れを済ませた後、アルガー達は教皇とその護衛や従者たちと聖堂の階段を降りた先にある地下回廊を歩く。


 地下回廊は黒くて硬そうなレンガが規則正しく敷き詰められて出来ている。幅や高さはある程度確保されていて、腕のいい者ならば箒に乗って地下回廊を行き来出来そうだ。

 だが、この地下回廊の最も特徴的な部分は他にある。


 「レンガとレンガの隙間が青白く光ってる」


 「いい所に目を付けたな。英雄の娘、この世で最も高位に位置する生物を言ってみろ」


 教皇の威圧感ある声が回廊に響く。

 一瞬たじろぎつつも、やや緊張しながら畏まってグラティアスは答える。


 「ドラゴンでしょうか」


 「そうだ。生命体としての質においてドラゴンは間違えなく人類を凌駕している。きゃつらは半不死性、高い肉体防御、そして高度な回復能力を有する。素晴らしい生命体だ。だから吾輩をはじめとする人類は、ドラゴンを『使った』んだ」


 「使った?」


 「分からんか? 地下回廊の壁は生き殺しにしてあるブルードラゴンの生きた肉体を織り込んで造ったものなのさ」


 なん...だと。

 グラティアス、アルガーふたりとも一瞬表情がこわばる。

 だが教皇はそんなのには目もくれず、話を続ける。


 「この地下回廊はまず壊されない。いくら強力な魔法を放ったとしても、いくら強大な聖人を連れてきたとしてもね」


 魔法や神のご加護を人間の肉体に直接影響を与えることができないのは、人間の肉体に生命防御力があるからだ。免疫のようなものである。

 とはいえ人間の場合、肉体に直接刻印を彫るなどすれば、アルガーの胸の封印のように直接影響を与えることができてしまう。

 しかしドラゴンの肉体はそれすら許容しない。

 あらゆる手法を用いた加護、魔法作用への強い耐性があるのだ。


 「仮に壊れても地下回廊はすぐ修復される。なにせ元になったブルードラゴンはまだ生きているからな」


 人間も回復作用を持っているが、切られた腕は生えないし、傷は適切な処置をしなければ悪化する。

 しかしドラゴンは違う。何度翼を切り落としてもしばらくすれば生えてくる。それどころか、魔法陣で本体と結合させておけば、切り落とした翼にも回復作用は適応される。


 「本当は人間を使いたかったけど、生憎普通の人間はすぐに死ぬ。どこかに不死の力を持った人間がいればぜひ使いたいよ。なあアルガー」


 「んあ、は、はい。そ、そうですね」


 「そんな不審がるなアルガー。冗談半分に言ったことさ」


 教皇はそう言って不敵に笑う。


 グラティアスとアルガーは不審がるが、それだけのことである。今すぐ敵対したり反発したりという事はない。


 それからは他愛もない話が続いた。

 教皇の護衛がとにかく煩わしい、とか。

 教皇の初恋相手は自分の教会の生贄に捧げられていた奴隷で目の前で死んだ、とか。

 フェロースを教会に縛り付けようとした前教皇はフェロースに殺された、とか。

 教会連合の成り立ちについての説明もあった。


 他愛もない話をしばらく続けた後、ようやく地下回廊の出口が見えてきた。途中、分かれ道もあったが、教皇たちは看板もない中迷わずに行く先を選択していった。

 出口は世界で二番目に堅牢な場所、聖地に繋がっている。ちなみに世界一堅牢な場所はメガ・ヴレインだ。


 「教皇閣下のご来臨!!! 敬礼!!!」


 「「「敬礼!!!」」」

 「「「敬礼!!!」」」

 「「「敬礼!!!」」」


 「ご苦労。顔を上げろ」


 「「「有難き幸せ!!!」」」

 「「「有難き幸せ!!!」」」

 「「「有難き幸せ!!!」」」


 「吾輩の後ろに客人が控えている。丁重にもてなせ。それと重鎮会議を始めたい。教会指揮系統の整備は完成したか?先の命令の結果を聞きたい」


 地下回廊の出口を過ぎ、階段を上がっていった先は巨大な聖堂の檀上だった。

 聖堂には、真っ白い衣装を着て銀盾のレプリカを掲げる、敬虔な教徒がぎっしり詰め込まれている。その全員が跪き、頭を深々と下げ、崇め称えている。


 教皇は1万を優に超える教徒の前で右手を横に振り払い、颯爽と人波を二つに切り裂く。そして切り裂いてできた道を堂々と歩き進んでいく。


 「弱冠10歳にして、あの貫禄とは!」

 「美しい!美しい!」

 「教皇閣下が御導き下されば、我等信仰永久不滅やぁ!!」


 教会連合は教皇を神と崇める宗教ではない。にもかかわらずこれ程までの崇拝が彼に集まっているのは、彼自身がカリスマを持ち教徒を率いているからである。


 グラティアスとアルガーは教皇が檀上に上がる直前で別室に連れていかれた。

 そこには、開放感ありながらも落ち着いた内装、美味しい紅茶に甘い甘いスイーツ、自由に使えと案内された暖かい浴室、そしてあらゆる疲れを癒すフカフカのベッドがあった。

 最高のもてなしだ。


 「おいしいね、このクロスタータ!」


 「うん。も、最高にうまい」


 もちろん二人はご満悦だ。


 「ねえティア姉、食べ終わったらお風呂入ろうよ。街の大浴場よりずっとおっきいらしいよ」


 「...い、いいよ?」




 二人がお風呂の大きさに驚いている頃、教皇の始めた重鎮会議は着々と世界覇権へ足を進めていた。


 「中枢議会での影響力の件は先ほどの決定で全て終わりました。次は特異存在への対処について審議していきたいと思います」


 「アレの扱いは議論するまでもない。次の議題に移れ」


 「と言いますと?」


 「まずアレは老人会に対するカードにはなり得ん。老人会はシラを切りあまつ吾輩らを『アレを使った悪事を企てようとしている』と断じているからな」


 教皇の言う「老人会」は世界政府を裏で操っている「賢人会」の事だ。嫌味で言っている。


 「フェロースが中枢議会を説得する可能性は無いな。奴の政治的影響力は皆無。奴がいくら弁明しようと脅そうと疑惑の念が拡大するだけだ。だから奴にアレを任せるわけにはいかない。教会連合破滅の元さ」


 「そうですな」


 「味方に付けるのも論外。世界を滅ぼしかけた人間と手を組むと言って誰が付いてくる」


 「なるほどおっしゃる通りです」


 「芝居を打てばフェロースとの約束通りアレと連れを匿うというのは可能だが、メリットが無い。ならば残る選択肢は一つ。政治・兵器利用だよ」


 「恐れながら、兵器利用というと高度な封印魔法や制御魔法、それと特異存在対策が必要になりましょう。しかしながら、大変申し上げにくいのですが、教会連合総本山にはそのような技術も科学者もおりませぬ。兵器利用は見送らねばならないのではないでしょうか」


 「問題ない。既にとっておきの科学者を招いている。狂ってはいるが、知見と技術は本物だろう」




 真夜中


 コンコンコン、と深い眠りについていたアルガーの目を覚ますノックが寝室に響いた。


 「アルガー様、教皇閣下がお呼びです」


 「ふぇあぁん?うん。わ、かりましたぁー」


 寝ぼけた目を擦りつつ、側近の案内のまま客室を出て、廊下を歩き、魔法石版に乗り、地下まで降りる。


 聖地の地下は、それまでの上品で華やかな印象から一転し、機能的で質素な印象を受ける。防御力を意識した黒いレンガがむき出しになっていて、そこに行き先だけが書かれた質素な看板がところどことはめられていた。


 「アルガー様、もう暫くすれば教皇閣下のもとへたどり着きます」


 その言葉に反し、さらに長い間アルガーは歩くことになる。

 何本もの曲がり角を曲がり、地下で伸びる聖域内回廊を巡った。

 そうしてようやく、また別の魔法石版の前までたどり着いた。


 「この先で教皇閣下がお待ちしております」


 側近が魔法石版のそばに立ち、手で魔法石版を指し示し、頭を下げる。


 魔法石版というのはもちろん魔法陣の刻まれた魔法装置のことだ。

 石板という形状から、人や物を輸送するときによく使われる。


 他にも、上に乗っている人間に何等かの間接作用を働かせるという使い方もある。

 さっき、人間には直接影響を与えることはできないと言ったが、間接的になら可能である。

 魔法で直接人間に穴を開けることは出来なくても、魔法で吹っ飛ばした岩を人間に当てて間接的に穴を開けることは出来る。魔法で直接人間を熱する事は出来なくても、人間が立っている地面を熱すれば次第に人間も熱せられる。

 魔法石版はそういうことをするのに都合がいい。


 「わかり、ました」


 眠くて眠くておまけに歩き疲れていたアルガーは何一つ疑わず、何のためらいもなく魔法石版に乗った。

 先ほど地下に降りるときに乗った昇降用の魔法石版だと思っていたのだろう。

 しかし乗ってからいくつかの違いに気づく。


 「あれ?この石板...」


 まず小さい。

 回廊からだと気づきにくい設計になっているが、乗ると石板の大きさに気づく。この石板は人ひとりしか乗れないくらい小さい。他の昇降用魔法石板なら利便性を考慮して20人は乗れるように設計する。

 そして魔法陣の色が異なる。

 聖地内の通常の魔法陣は稼働させるためのエネルギー源にブルードラゴンを利用しているため、青白く光る。しかしこの魔法陣は深い赤色の光を放っている。赤色に光る魔法陣は人間の血液をエネルギー源にしている事を意味する。


 この魔法石版は明らかにおかしい。


 ガチャン! バーン!


 だが異常に気付いた時にはもう遅い。

 赤く光る魔法石版は勢いよく地上へ昇り始めていた。




 この頃、グラティアスも目を覚ましていて、アルガーがいつまで経っても戻ってこない事に気づき、そして悟った。


 (教会連合は裏切った! パパの不在を狙ってアルを自分の物にするつもりだ!)


 と。

 そこからの行動は早かった。

 アルガー救出計画を立て、計画に必要なものの用意を始めた。

 まず、学校で学んだ火の魔法と風の魔法、それと部屋中のペンのインクを使って、影帝国のやっていた煙幕の再現を試みる。


 次に、上着の内側に念のためと隠し持っていたナイフにフォークで衝撃波の魔法陣を刻む。こうすることでナイフ一振りで小さな衝撃波を生み出すことが出来る。殺傷能力はないが、敵を怯ませ隙を作るには十分だ。


 そして出し惜しみなく様々な魔法を発動させるために魔法瓶と手書き魔法陣をたっぷり用意した。

 箒も背中に掛けている。アルガーを助ける準備は万端だ。


 タッタッタッタ


 客室を出て、廊下を走り、魔法石版に乗り、地下まで降りる。

 アルガーの辿った道のりが分かる訳ではなかったが、悪事は大抵地下で行われるという推測と勘によってここまできた。


 「おっと?お嬢さん」


 しかしここで敬虔な教徒の二人組に出くわしてしまった。客人も自由に行き来できる上の廊下ならともかく、地下のここでは一筋縄では言い逃れ出来ない。


 「すいません。教皇様に会いに行った身内のお迎えに来たのですが...」


 「お嬢さん『教皇閣下』だ間違うんじゃないぞ。それにこれから閣下は殺戮人形の封印儀式をするのだ。また明日出直せ」


 (殺戮人形...パパの話や歴史の授業から考えると、おそらく殺戮人形はアルのことだ)


 「...その儀式ってどこでやるのですか?」


 「大聖堂に繋がる大広場だ。一般公開もしている。 ん?見に行きたいのか?ちょうど俺たちも見に行くところなんだ。ついて来いよ」


 「ありがとうございます! 教皇閣下の儀式を拝見できるなんて、夢のようです」


 とりあえずうまくいった、と思う反面、これから自分に親切にしてくれたこの人たちを裏切るのか、と若干の罪悪感をグラティアスは抱いた。


 こうして敬虔な教徒と共に地下回廊を歩き、階段を上がり、大聖堂の大広間の奥の部屋まできた。

 まだ室内。しかしここからでも人の賑わいが聞こえてくる。


 「大聖堂を出れば儀式は見られると思うぜ。教会証を出しておけ。聖堂の門番に見せる」


 「教会証?」


 「お、おい、もしかして持ってないのか?!」


 敬虔な教徒二人組が血相を変えてグラティアスを問い詰める。今にも胸ぐらを掴みそうな勢いだ。

 騒ぎを聞きつけて大聖堂の門番もこっちに来た。

 グラティアスは急いで言い訳を考える。


 「あー、教会証か、ここに来るとき渡されたと思うんですけど、客室にバッグと一緒において来ちゃいました。申し訳ありません」


 と、言い逃れした瞬間、敬虔な教徒と門番がカッと目を見開き、さらに一歩、グラティアスに迫ってきた。

 ヤバいしくじった。そう彼女が思ったときにはもう手遅れだ。

 後ずさりしようとしたが「「おいっ!!!」」とどなられグラティアスは縮こまる。


 「教会証は年一回の神契式典で頂戴するものだぁ!! 貴様、反逆者だな!!」


 門番が槍を振りグラティアスの首筋に白い刃を近づける。

 辺りがしんと静まり、視線が集中する。奥から数人、更なる近衛兵が近づいてくる。


 「そ、そんなことないです。ただ、教皇様にお会いする予定があっ―」

 「教皇閣下を愚弄するな!!! 許せん!!! この場で刺し殺す!!!」


 グラティアス、大ピンチ。

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