ビルの屋上は銀河

かべうち右近

ビルの屋上は銀河

 東京の空を見上げて星空が拝めるなんて、誰が思っただろう。

 地上から見上げる空はビルに切り取られていつだって狭いし、ビルの屋上にのぼったって、街は煌々と灯りが灯っていて星空どころじゃなかった。


 けれど、今、ビルの屋上には銀河が広がっている。


 頭上には名前も知らない数々の星がたくさん煌めいていて、天の川どころか銀河を思わせる星々が見放題だ。


「どうして、こんなことに……」


 絶望の声をあげたのは、一緒に屋上に上がってきた人だった。この人はついさっき出会い、一緒に階段を登ってこのビルの屋上に来たのだ。空を見上げて視界一杯に広がる銀河を堪能している僕とは違って、彼はこの星空に絶望しているようだった。

 いや、正確にはこの星空が見えるほどに暗い、この状況にだろう。


「本当に、暗いですね」


 黙り込んでしまった彼の隣に立って、僕は彼の視線の先に目を向ける。一番高いビル、とは言えなかったが、それでもこの辺りでは高めのビルだ。屋上からは遠くまで見渡せるが、街の灯りは灯っていない。


 いつもならテールランプを光らせて走ってるはずの車も、点滅しているはずの信号も、何もかもが真っ暗で、生物が存在する音すらも聞こえない。

 それは今朝突然、文明が死滅したせいだった。電気を使う文明の利器は全て停止し、何も動かない。おまけに人間でさえ忽然と姿を消した。このビルから見る限り、東京だけでなくその他の地域も電気が失われているのだろう。

 もしかしたら、他の人間さえ、いないのかもしれない。


 隣で絶望する彼は、今日一日中街をさまよい歩いて、さっきやっと出会えた生存者だった。


「宇宙人の襲撃でもあったんですかね」

「……そんなわけ」


 言いかけて、彼はそこで言葉を詰まらせる。

 それもそうだろう。だって、あんまりにも不思議で、受け入れがたくて、わけのわからない状況なのだ。


 でも僕は、そんなに悪くないと思う。


「とりあえず暗くて何にもなりませんし、今日は寝ませんか?」

「え、ええ……そう、ですね……」

「下ばっかり見てるより、空を見てた方が気持ちいいですよ」


 僕が言えば、彼はやっと空を見上げる。


「ああ……」


 ただ感嘆の声を漏らした彼は、ぼんやりと空を見上げる。


「夏で良かったですね」


 ごろりと横になりながら、僕はそう言う。夏だから、外で横になっていても風邪はひかないだろう。幸い今日は熱帯夜ではない。寝転がれは、空が降ってくるかのような星空だけが目に飛び込む。


「プラネタリウムみたい、ですね」


 彼は小さく言ってから、僕にならって横になった。


「そうですね」


 僕は適当に相槌を打って、流れ星がないか空を見る。


 屋上の上は銀河が広がっていた。その空を見られるのは、今日だけの夢なのか、それとも明日以降も続くのか。


 それは判らないが、僕はのんびりとした気持ちで、目を閉じるのだった。

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