第28話-1 たった2年で、捨てたはずの婚約者がまさかの大富豪? その1

※イレーヌ視点


 私はイレーヌ・ラッセル伯爵令嬢。エリアス侯爵の婚約者だったけれど、あちらの経済状況が思わしくなくなった途端に、こちらから婚約解消を申し出た経緯があった。貴族同士の結婚はお互いの家同士の繁栄を願って結ぶものなので、当然といえば当然よね。なにより私自身が倒産寸前の事業を抱えた家になど嫁ぎたくなかったのよ。


 ただ彼の容姿は神秘的なほどの美しさなので未練はあった。艶やかな銀髪に星の輝きを宿すアメジストの瞳。繊細な輪郭には男性らしい力強さが漂い、その端正な美しさは芸術作品を彷彿させるほどだった。あれだけの麗しい男性は王侯貴族のなかでも珍しい。


 でも貧乏は嫌。


 エリアス侯爵家の経済状況が少しでも改善すれば、また婚約し直したいと暫くは彼の様子を見守っていたわ。ところが、彼はアドリオン男爵令嬢と結婚した。彼らは結婚式も挙げなかったので、全く愛し合っていない政略結婚だと考えられていた。

 

 アドリオン男爵家はどうやらお金持ちらしいけれど所詮は男爵家よ。たいしたことはないと思っていたわ。お父様だってアドリオン男爵家を『成り上がり者』として馬鹿にしているし、お母様もアドリオン男爵夫人のお茶会には招かれても行かなかったもの。

 

 エリアス侯爵が結婚してしまってから2年の歳月が経ち、私もそろそろ他家に嫁がなければいけない年齢にさしかかっていたわ。だって、私は彼より3歳も年上だったから。でも、お父様が持って来た縁談は、冴えないガーランド・ルーミス伯爵だった。彼は平凡な容姿で財産も伯爵としては平均的な、特筆すべきことがなにも思い浮かばないほどの目立たない男性なのよ。


「お父様。エリアス侯爵とは雲泥の差ではありませんか? もう少し美しい男性はいなかったのですか?」

「イレーヌは来月の誕生日で23歳になってしまうだろう? 結婚適齢期は17歳から20歳までだ。条件が悪くなるのも致し方ない。それにだ、エリアス侯爵ほどの美貌の男など、そうそういないさ。男の容姿だけに拘るのはやめなさい」


 お父様はもっともらしく私にお説教をした。私だって結婚適齢期のことはわかっている。でも蜂蜜色の髪と瞳は私の自慢だし、顔立ちだってお人形さんのようにキュートだと、幼い頃から褒められてきた。なんとかならないかと思っていたら、エリアス侯爵家が醤油と味噌を大々的に売り出した。


 瞬く間にそれらの商品は新聞や雑誌に掲載され、誰もが買いたい調味料のひとつになっていく。お値段もかなり高い調味料だけれど、素材のうまみを最大限に引き出してくれる、魔法のような味わいだという。傾きかけていたエリアス侯爵家は不死鳥のごとく蘇り、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの権勢ぶりと繁栄を極めていた。


 醤油・味噌販売店を全国に展開し、さらには鰹節に辛子やワサビ、ぽん酢にゴマ油なども開発中などと雑誌に掲載されていた。続々と不思議な調味料を展開していくので、今後ますますエリアス侯爵家は大金持ちになっていくのよ。


 私はそのアドリオン男爵令嬢だった女性から、エリアス侯爵を取り戻そうと決心した。だって、きっと男爵令嬢なんて身分の低い女性は、私ほど美しくないはずだから。私はエリアス侯爵家の庭園に設けられた直売所まで馬車を向かわせた。


 着いてみれば思いのほかその店舗は大きくて、庭園は私が婚約者でいた頃よりさらに整備され、王城にある噴水よりも、さらに大きくて立派な噴水が新たに設置されていた。季節の花々が計算し尽くされた配置で完璧なまでに艶やかに咲き誇り、屋敷の一部を改造してカフェレストランまで開いていたのよ。


 たくさんの婦人達の行列がすごい。身分を告げて優先してもらおうとしたのに、順番を待つように言われたのも悔しい。予約という手段もあるとは聞いたけれど、今はただおとなしく待つしかない、と言われた。


「エリアス侯爵を出してよ。私は婚約者だったイレーヌですわ。お話があります。エリアス侯爵夫人でもいいわ。会わせてください!」

 列の並びを無視して声の限りに叫ぶこと10分、やっとエリアス侯爵夫人だと名乗る女性が出てきたのだった。



 え? えぇーー!!

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