第5話 「決して、君を愛することはない」と言われた私
前世の私はドライすぎたかもしれない。数字で分析してその先の展開も多くの前例を参考にし、統計学的な予想をするのが癖になっていた。法律家が判例に縛られるのと一緒で、私も数字に縛られていた。
結婚してしばらくすると、ミュージシャンになりたかった夢を語りだす。彼の年齢は私よりも若い。といっても既に25歳だ。ミュージシャンの世界は詳しくないが、10代から活躍する方が多いように思う。それにボーカルを目指しているというけれど、素人にしては上手いレベルに過ぎない
「趣味でバンドを組んで、休日に活動するのは止めないわ。でも、仕事を辞めて専念するのは反対よ。もっと現実を見てちょうだい」
そのように窘めたことは、冷たかったのかもしれない。前世のことを思い出すと切なくなる。聞いたこともないプロダクションにスカウトされたと喜び、デビューするまでにこちらが数百万払ってレッスンを受けるという話を持ってきた時には、私は明らかに詐欺だと思った。それで、よく話しも聞いてあげずに却下した。
「いつかきっと、僕はビッグな男になってやるんだ!」
ひと昔前の男性のような言葉を口にして、目をキラキラさせていた夢見るイケメンを、夫にしたのは間違いだったのかもしれない。そんなことを思い出しながらも、今度こそは幸せな結婚をしたいと堅く決意する私だった。
エリアス侯爵家を立て直したら即刻、離縁して実家に戻るわ。そうしてお父様のようなひとりの女性を生涯大事にする強面マッチョと結婚するの。
白い結婚を目指したい私なので「結婚式はエリアス侯爵家を立て直してから新たな男性とするわ」とお父様に申し出た。
「今回も盛大な結婚式をしましょうよ。エメラルドちゃんのお式は思いっきり豪華にしたかったのに、お母様の楽しみを奪わないで」と泣いてお母様に懇願されたけれど、無駄なお金を使うなんてあり得ない。
「お母様。これはお父様の頼みを聞いてお嫁に行くだけの、いわば完全なる偽装結婚ですわ。そんなことに莫大なお金を使うなど無意味です。私が本当に愛せる方を見つけたら、その時はめいっぱい盛大な結婚式をいたしましょう」
☆彡 ★彡
だから私は式もせず籍だけをいれて、エリアス侯爵家に嫁に来たのだった。そうして、今の私はエリアス侯爵家の来客用応接室にいる。備え付けられた家具は上等なものだけれど、経年劣化でところどころ修繕が必要だった。
革張りのソファもかつては高貴な光沢を放っていたと思われる。けれど、今では摩耗による傷跡や裂け目があちらこちらに広がっていた。クッションも沈み込んで形を崩し、明らかに買い換えるべき時期だと思う。
「失礼ですがこのソファをはじめ、ここにある家具は全て買い換えなければいけませんわ。このままではお客様にも侮られますし、なにより侯爵家としての体面が保てません。早急に新しい物を手配しますわ」
自己紹介や挨拶も済ませた後とはいえ、このような備品の買い換えをいきなり勧めてしまったことは私の失態だ。まるでクライアントに対する事務的な提案で、とても嫁に来たばかりの私が言うセリフではなかったかもしれない。
けれどその後の旦那様の言葉は、私の失態を上回るほどの酷いものだった。
「私は君のような贅沢を好む浪費家は嫌いだ! そのようにけばけばしい深紅のドレスを身に纏い、宝石をふんだんにつけた女性など下品なだけだ。決して、君を愛することはないので覚えておいて欲しい。ただ跡継ぎは必要なので、夜は夫婦で枕をともにしよう」
まさにゲーム通りの言葉を言われたのだった。
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