第4話 エリアス侯爵家の財政立て直しを任されたエメラルド

 本来ならがっかりするところだけれど、ゲームと違う設定が多すぎるので悲観はしていない。爵位と金が命の守銭奴なはずのお父様は、人情味溢れる人格者で義理人情に厚い。私を嫁がせたい理由が元親友の家を立て直してきてほしいという理由からもわかるが、全くゲームと違うのよ。


 お父様が冒険者になる前のこと、両親の反対を押し切って旅にでたという経緯は聞いていたけれど、その際の旅資金を快く貸してくれたのが、先代のエリアス侯爵なのだそう。何年も各地を渡り歩き有名な冒険者として戻ってきたお父様は、もちろん借りたお金に利息もつけて返した。だったらそこで貸し借りは終わりの気もするけれど、お父様はそうは思わなかった。お父様から莫大な利子も含めたお金を受け取った先代のエリアス侯爵が、怪しい商売を始めてしまったことに、お父様は責任を感じている。


「魔物討伐の報奨金やらたくさんの魔石を積んだ荷車を、数十台も連ねて故郷に帰還したお父様に、負けたくないとおっしゃったのでしょう?」

「あぁ、あいつは良い男だが、負けず嫌いなところがあってなぁ。私があんまりにも派手な行列を組んで帰還したのがまずかったのかもしれん。あいつは私と張り合うように新しい事業を起こし「お前のように有名になってやる」と言われたよ。私は止めたのだがね」

「あなたのせいではありませんわ。おかしな話に自ら首を突っ込み、倒産寸前になっていったのは、先代のエリアス侯爵の責任です」


 お母様の意見に私も大賛成だった。借りたお金をだいぶ多すぎる額で返しただけで、その先の行動まで責任なんか持てない。そのお金で詐欺まがいの事業を展開し失敗したのは、先代のエリアス侯爵が愚かだったからだ。でも、これで先代のエリアス侯爵が病気になりあっけなくこの世を去った時、お父様が心痛で寝込んでしまわれたことの辻褄が合った。お父様はこのような屈強で恐ろしい外見に反して、とても心優しい男性なのだった。


「エメラルド! そういうわけだから、お前のその素晴らしい能力でエリアス侯爵家を立て直してきておくれ」

「普通にお金をあちらに融資すればよろしいのではないですか?」


 18歳の桜の花咲く季節にお父様に懇願され、私は頬をプクッと膨らませた。この世界にも桜があって、私は前世の記憶により桜が前ほど好きではない。この時期にお嫁に行くのも不吉すぎて少しも喜べないし、相手は美貌の若き侯爵だなんて尚更嫌だった。しかも彼は1歳年下の17歳だなんて!


 年下のイケメンは鬼門ですわ!


「それだと、根本的な解決にならないのだよ。エリアス侯爵家の事業に携わる部下達がどうやら悪党揃いみたいだからね。融資したお金もその悪党達のポケットに入ってしまう気がするのさ」

 お父様は眉をハの字にして、強面ながらも私に縋るような視線を向けた。部下達の悪さを止められない若きエリアス侯爵の問題だと思うけれど、それは言わないことにする。親友の息子を貶したらお父様は悲しむかもしれない。


「お父様。私はひとり娘ですよ? 私はてっきりお婿さんを迎えて、この家業を継ぐのだと思っておりました。今まで私が手がけていた、魔石を使った魔道具の開発などの事業は、誰が引き継ぐのですか?」


「女性でも爵位や財産が相続できるように、法令の改定を国王陛下にお願いしているところだ。エメラルドがエリアス侯爵家に嫁いでも、アドリオン商会を引き継ぐことができるようにするよ。もし、エリアス侯爵が気に入らなければ、初夜を拒んで白い結婚でいれば良い。任務を終えたら離縁して帰っておいで」

 

「そういうことでしたら、次の旦那様はお父様のようなタイプの誠実な男性が良いですわ。美貌の年下の男性なんて一番苦手です。できるだけ女性にもてない性格の良い方でお願いします」


「だったら第三騎士団長のアンドレ様が良いかもしれない。貧しいカートライト男爵家の次男でありながらもかなりの出世をなさったが、あの大きな身体と強面の顔つきが女性を遠ざけて良い縁談に恵まれない、という噂を聞いた。性格は真面目で礼儀正しい男だよ」


 倒産寸前の事業の財務状況を見て、それを立て直すようなアドバイスをするのも私の前世での仕事だったから、これは私にぴったりの任務だとは思う。この能力を生まれつき持って生まれた私を、お父様は神童だと思っている。成長するにつれてお父様が手がける事業でも、あますところなくその手腕を発揮した。その結果がお父様の私への絶大なる信頼を構築し、かつての親友のエリアス侯爵家の没落を防いで欲しいという、今のお願いに繋がっている。


 迷惑なお願いでもあるけれど、お父様が人情家で受けた恩を忘れない人柄なことに、誇りも感じた私なのだった。

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