第6話  カスミソウのような女性が好きな旦那様

 いきなり、愛することはない宣言だなんて、さすがゲームの世界だし上から目線も酷すぎる。しかも、愛はないけれど子作り宣言をしてきたわ。いくら私があのタイミングで、家具の買い換えを提案したからって、あんまりな言い草だと思う。


「了解です。旦那様が私を嫌いなら、私もあなたのような綺麗すぎる男性は嫌いです。意見が一致してなによりですわ」

 きっぱりとそう宣言した私は、かえって仕事がやりやすくなって喜んでいた。噂通りの銀髪にアメジストの瞳の麗しいお姿は、かつての夫だった刀夢トムよりも数倍美麗だった。


「私が綺麗すぎる? 華やかな美貌なのはあなたも同じだろう? 社交界では魅惑の紅薔薇と言われるほど有名なのだろう? その豊かな金髪もエメラルドのようなグリーンの瞳も、宝石のように眩しすぎる」

 褒められているのか貶されているのか微妙だけれど、彼の顔つきからすれば貶されているようだ。私の前世は地味な33歳の会計士だったが、今の私は18歳のピチピチお肌に、希に見る美女だ。大きめの緑の瞳は少しだけ勝ち気に見えるけれど、顔立ちは整っていて背も高く、でるべきところはでているこの身体は、完璧な女性らしい曲線を描く。なによりこの素晴らしい美貌は、お母様譲りなのだから仕方がない。


「私はカスミソウのような女性が理想なのだ。あんな派手な深紅のドレスを、得意げに着こなす女性は苦手だ」

 小さな声でつぶやいた旦那様は、自分が独り言を漏らしているのに、気がついていないようだった。


「カスミソウのような女性が好きですって? 相手を引き立てて存在感を主張しない女性がタイプなのですね? 私は自分の意見は主張させていただきます。それにアドリオン男爵領では元々染め物業が盛んで、なかでも紅花を用いて赤く染めた『深紅絹』が有名です。私が赤いドレスばかり着る訳は、アドリオン男爵領の特産物の宣伝の意味もありますのよ」


「あっ、それは失念していた。すまない。ただそのエメラルドはでかすぎないか? それもアドリオン男爵領の特産物なのか?」

 私の首にかけたネックレスを指し示して旦那様が問いかけるけれど、私は華奢ではあるが身長もあるし手足も長い。ネックレスやブレスレットは存在感のある物が似合うのは、自分でも承知している。


「アドリオン男爵領はエメラルドやルビーの産地としても有名です。ですから、このように常にエメラルドやルビーを身につけております。私はアドリオン男爵家のひとり娘なので、いわば広告塔のような立場でもあるのです」


 「まだ17歳とはいえ、嫁に迎える私の実家の特産物ぐらい頭に叩き込んでおけ!」と言いたい気持ちを必死に抑えた。彼は今のところ到底実業家向けではない。これからいろいろ私が指導して、一人前にしていかなければならないことを思うと、軽く頭痛がしてきた。


「それにしても、私はあなたのような人の弱みにつけ込んで、高位貴族の奥方に収まろうとする低位貴族は苦手だ。だが、お互い愛はなくても子供は作ろう。あなたは侯爵夫人の地位を手に入れ、私はそちらから資金援助がもらえる。仮面夫婦はどこにでもいるからね」

 旦那様のこの言葉に、私の頭痛はますます酷くなっていくのだった。

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