第21話 幸せとは?

「ねえ、ねえ! 僕のことも忘れちゃ駄目だよ!」


「そうですよっ! ご主人様っ。私のことも忘れたら駄目ですっ」


 フルメンは私の右肩に乗り、ウェスペルが私の右側に立ちます。


 なぜでしょう? 私は一人で戦えるいうのに。


 心が折れそうになったとしても、私は絶対に勝ちます。なのに、なぜ隣に立つのでしょう? 私一人で十分です。


「そうですよ、ノウィル様。一人で全てを抱え込まなくても、大丈夫です」


「僭越ながら、わたくしの力も使ってくださいませ」


 ホーラが私の左側に立ち、マルは私の左肩に乗ります。やっと…わかりました。


 そうですね。仲間がいるのです。いつの間にか私は、頼るということを忘れていました。


 抱え込むばかりではいけないと、知っていながら私は……。


「では、助けていただけますか?」


「もっちろんだよ! ノウィーお姉ちゃんを助けてあげるよぉ」


「もちろんだよ! ご主人さま!」


「もちろんですっ! ご主人様っ」


「ノウィル様に頼まれたからには、全力で戦って差し上げないといけませんね」


「あるじさまがわたくしを頼ってくださった? とても嬉しいですわ! あるじさまの期待に応えましょう」


 そうみんなが返事をした途端、犯人が倒れ込んでいました。カエルムの姿ではなく、白髪に紫色の瞳を持った少年の姿です。


 半透明ですから、魂が器から弾かれた状態なのでしょうか?


「カエルムは大丈夫なのですか?」


「私は大丈夫なのです」


 カエルムが無事で安心しました。カエルムが無事のままで、犯人だけを倒すことができるとは、みんなはとても強いのですね。


 そんな力を持つという事実は少し怖いですが、私のために戦ってくれたという嬉しさが勝ります。


 不穏な言葉も紛れていましたし、言葉の通り本気で相手をした結果なのでしょう。


「ちょっと、強すぎるんだけど?」


「そりゃそうだろ。ああ、それと久しぶりだな」


 柱に隠れていたノクスが苦々しい表情をして、犯人に声をかけます。知り合いだったようですが、どんな知り合いなのでしょうか?


 犯人はノクスを見ると手招きをして、私達に聞こえないほどの小さな声でノクスに囁きます。


「なんか、契約してほしいって」


「契約ですか?」


「うん、そうそう。僕さぁ、いっつも退屈で刺激的な毎日を送りたいんだよねぇ。君と一緒にいたら、楽しくなりそうだからさ!」


「それなら私に直接伝えれば良いのではありませんか?」


「えぇ、だって面倒じゃん?」


 典型的な駄目人間ですね。もしかしたら、人間ではないのでしょうか?


 それにしても、ようやく私の出番がやってきたようです。私が教育を施せば、どんな駄目な人でも良識的な人になる評判だったのですよね。


 オンラインレッスンの講座は常に二年間予約待ちでしたし。


 一日を通してレッスンをしないといけなかったので、さすがに疲れてやめましたが……本を読めなかったという点も少しありますけれどね。


「これからよろしくお願いしますね?」


「うん、よろしく」


 これから待つ地獄を知らずに嬉しそうに微笑んでいます。私の力では及ばない敵ですから、戦いでは勝てません。


 ですから、教育を施すのは一種の復讐なのですよ。カエルムを乗っ取ったことを簡単に許すはずがないではありませんか。


「器は用意できてるよぉ」


「ありがとうございます、ディーネ」


 ディーネは私の目の前に人間の形をした水の塊を置きます。これが器なのでしょう。契約には名前が必要なので、名前を考えなければいけませんね。


「ラテン語で愛という意味のアモルはどうでしょうか? 誰かを愛することができるようにという意味を込めました。私の傍で過ごすのなら、知ってほしいことですから」


 誰も愛さずにいることは、とても辛いことだと知っています。愛することを知らない人からすれば、苦痛でも何でもないのですけれどね。


 それでも、その経験があるからこそ私は…………愛することを知ってほしい。愛されるだけではなく、その思いに応える幸せを知ってほしい。勝手ながら、そう思うのです。


「しょうがないなぁ。なんか君にも色々あったみたいだしねぇ」


 色々あったといえば、本当にたくさんのことがありましたね。辛いことも、楽しいことも、幸せなことも、悲しいことも。


 全部が良い思い出とは言い難いですが、辛い思い出を超える良い思い出がたくさんあるのも事実です。


 私が辛い思い出を幸せで克服したように、アモルにも幸せなことを経験してほしいと思っています。


「改めまして。よろしくお願いしますね、アモル」


「よろしくって言うのは良いよ? でもさぁ、このままじゃ僕…消えちゃうんだから言うね。早く器に入れてくれないかなぁ。魂だけでいるのって、思った以上に消費が激しくてさ」


「消費ですか?」


「うん、そう。魔力の消費。だから早く器に移してよ! このまま死んだら君のせいなんだからね!」


 思わず話し込んでしまったら、アモルが死にそうになってしまいました。これって誰のせいでもないですよね?


 私は八つ当たりされる必要があったでしょうか。私も八つ当たりしましょうか。つまり、教育がより厳しくなるということです。


 辛いでしょうが、頑張ってください。ちなみに教育と幸せになってほしいという思いは別問題なので、教育に手を抜くことはありません。

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