第8話 喜び
次の日、俺は不安な気持ちのまま学校に向かった。普段は土日に学校に行くことはほぼ無いが(たとえ部活動があったとしても)、こんな事になってしまうのなら仕方がない。
あぁ、きっとAはこんな状況下で混乱しているだろうな。
そんな考えがふと浮かんだ。そして俺は保健室に向かった。
扉を開けると、そこには傷だらけになったAの姿があった。やっぱり何度見ても信じがたい。どうせ返事なんか来ないだろうと分かっていたが、こんな言葉がとっさに出た。
「おはよう」
聞こえているのかどうかもわからないけれど、とりあえず起きているっていう体で考えることとしよう。
親はどこ?
そうAは、思っているのではないかと思って、俺は続けた。
「君の両親はAを置いてこの国を出たらしい。」
何故かわからないが、その時俺は我に返ったのか、今までのすべてを思い出した。アンケートの時、放送室の時、補習授業の時、昨日の放課後……。走馬灯のように駆け巡るAとの記憶が頭を混乱させた。時計を見ると、8:00を指していた。何で土曜日に学校なんか来ているんだっけ。どうしてあの時、あの時、あの時……。そんな時、
「ありがとうございます」
Aが発した、おそらく初めての感謝の言葉だった。普通の言葉であったが、Aが発する言葉だったらまずあり得ない言葉だ。無意識のうちに放ったのだろうか。だけど俺はその瞬間、混乱していた頭から後悔や苦しみが全て消えた。喜びだけが心を温めた。
そんな事を考えていたら、チャイムが鳴った。恐らく、部活動開始のチャイムである。それと同時に吹奏楽部の練習音が響き渡る。2週間後に迫った文化祭に向けて準備しているのだろう。俺は運動部の顧問だから、関係ないけれど。
そして俺は保健室を出た。はっきり言って、ずっと保健室にいたらAも気まずいだろう…と考えたのだ。
職員室に向かう途中、Sとすれ違った。どこか焦った様子で保健室に入っていった。
職員室に着き、自分の席に座った。そして俺は1人、頭を抱えた。あの時何をしたら良かったのだろう。なぜ、Aの両親は彼女を見捨てたのだろう。なぜKとNは、Aを傷つけるのだろう。そして、俺に何ができるのだろう…。様々な感情が頭を駆け巡る中、Aが放った「ありがとうございます」という言葉が浮かんでは消え、Aの顔が浮かんでは消え、傷だらけになったAが浮かんでは消えた。
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