vs口裂け女帝 前編
-20XX年 都内某所
「クソ!一体どうなっている!」
「落ち着け、まだ万策尽きた訳では無い」
「あんな島国一つ攻め落とすのに我が軍の46パーセントが一瞬で壊滅したんだ!落ち着いていられるか!」
酷く狼狽する革製の眼帯をした男とそれを宥める眼鏡の厳格そうな男。それは瀟洒な円卓が目立つ一室に集った三人のうちの二人であった。
「⋯やはり、あの男に委ねるしかないか」
長い髭を貯えた皺だらけの老人が呟く。
「あの男とは、前々から言及していた
眼帯の男が老人を睨めつけ、声を荒らげる。
「ただの霊媒師ではない。現代最強の霊媒師だ」
「同じことだ!第一、そいつには実績があるのか!?あの化け物どもに類する者を退けた実績が!」
「
伏魔ー元々は怪異を崇拝する数十人規模の宗教団体であったが、ある人物の台頭により、非道の限りを尽すテロ組織に変容を遂げた。その残虐性と被害規模から国史の汚点と呼ばれている。
「あのテロ組織がどうしたというのだ!やつらは既に組織として五年前に瓦解している!」
「それを単身で壊滅させたのが龍天だ」
「!」
眼帯の男は硬直する。こいつは何を訳の分からないことを言ってるんだ。ついに耄碌したかこの老獪も。と心中で誹る。
「そんなことはありえん!あいつらは怪異崇拝のイカれた武装集団だ!一介の霊媒師になど介入する余地も権限も無い!」
「奴らは怪異と手を組んでいたのだ。そのため我々国家は手をこまねき、龍天へと組織の打倒を依頼した」
「そんな馬鹿げた話が⋯!」
「知らなくて当然だ。君はそのとき上層部の人間ではなかった。これは当時の上層部が秘匿していたことだからな」
眼鏡の男が眼帯の男の肩に手を置いて語った。
二人の真剣な顔を見て、眼帯の男は悟る。
「全て本当のことなのか⋯?」
「ああ、公式の記録も残っている」
「⋯わかった。その記録とやらを確認し、公的記録としておかしなところがなければ信じてやる。依頼交渉も私が行こう」
眼鏡と老人の二人は目を見合わせて確かめるように頷いた。それから三人は部屋を後にし、地下の資料室へと向かったのだった。
眼帯の男、
あの資料室で写真と文章で知った獄門寺 龍天の武勇。子供が冒険譚を読んだ時のような高揚感、そして読後の充足感は何ものにも代え難かった。軍人として、一人の人間として敬意を払わずにはいられなかった。
そんな彼は今、邸宅の門前に立っていた。いささか大仰とも言える門構え。その横に連なる白く終わりの見えない塀は武家屋敷を想起させる。門の柱には重々しい表札が打ち付けられていた。
獄門寺家-平安時代より栄華を極める、退魔と霊媒を生業とする家系。ほとんどがその術を受け継ぐ生粋の退魔・霊媒師一族であった。外部からの門下生を受け入れているという話も聞く。
その中でも当代無双を誇るのが、現当主、獄門寺 龍天であった。
圧倒的な霊力と天性の技量。一部では獄門寺家歴代最強ではないか、という声も上がるほどだ。
石動は門前の番兵に声をかけ、龍天を訪ねて来た旨を伝える。事前に聞かされていたのか、番兵はすんなり門を開け、石動を中に入るように促した。
中は外観から想像するに易く、武家屋敷のような様相を呈していた。地面には本邸へ誘導するように石畳が敷かれていて、その道中で左右を見渡せば雄大に広がる庭がある。
他の屋敷と違うのはその庭で袈裟を着込んだ門下生と思われる数十人程が、武術の稽古に励んでいるところだった。
石動は、獄門寺家はあらゆる障害に対応するため武術にも精通している、と二人から聞き及んでいたため特段疑問に感じなかった。
それよりも石動の目を引いたのはその稽古の様子である。
数十人の門下生の前には、金色の装飾が入った袈裟を着込んだ男がいた。門下生はその男の機敏かつキレのある動きに一斉に続き習う。
そんな光景に見惚れていると、石動はあることに気付く。
「獄門寺 龍天⋯」
そう呟いた瞬間、装飾袈裟の男は動きを止め石動を見やる。それに続き門下生達も動きを止め、休めの体勢に入った。
男は30代半ばといった風体だが、エネルギッシュで迸るようなものを感じさせる。黒く艶のある肩まである髪を後ろに撫で付けている。
「おや、客人か」
そう言うと男は石動に向かい歩を進める。男の流麗かつ大胆な歩みを見て、石動は確信する。
真の武人とはその一歩一歩が、恐怖すら感じるほど美しいと。そして-
「あなたが獄門寺 龍天現当主様でありますか!」
石動は気圧されながらも、一介の軍人として敬礼をしながら尋ねる。
「そう言うあなたは石動・S・マードック将軍ですね」
「あまり畏まった物言いはおやめください。ここは我々の自宅です。軍事基地ではないので、気を楽にしていいのですよ」
笑顔でそう語る龍天に石動は拍子抜けする。
戦いの最中に撮られた写真に写った、険しい彼の顔はどこにもなかったからだ。それに本人によると龍天は50代後半だという。歳不相応の様相に石動は困惑していた。
「なぜ私のフルネームを?」
石動は重ねて尋ねる。当然の疑問であった。なぜならアポイントメントを取る際、自分の役職と「石動」という名前しか伝えていなかったからである。
「なあに、ちょっとした占いのようなものですよ」
「ささ、立ち話もなんですから、どうぞ本邸の方へ」
無邪気に笑う龍天に背中を押されながら、石動は本邸へ向かった。
本邸へ入ると、通されたのは龍天の私室と思われる場所だった。
木製のリクライニングチェアに腰をかけた龍天はテーブルを挟んで立つ石動に座るよう促した。
しばらくすると、入口の扉が開かれ10歳程の少女が丸い銀のトレイにティーカップとポットを載せ入ってくる。
少女はテーブルを前にすると、ポットからティーカップに危なっかしく紅茶を注ぐ。
「紅茶で良かったですか?」
「ええ、お構いなく」
龍天と石動はテンプレートのような会話を交わし、その後少女を見守る。
少女は紅茶を注ぎ終わると、石動に対して一揖し、トレイを大事そうに抱えながらトタトタと小走りで龍天の横に並び立つ。
「娘さんですか?」
「ええ、可愛いでしょう」
「
「ご、獄門寺 政と言います。よろしくお願いします」
人見知りなのか、顔を赤らめながら少女は恥ずかしそうに挨拶した。
思わず石動に笑みがこぼれそうになるが、すんでのところで堪えた。
「ところで今日はどのような用で?」
龍天は尋ねる。石動はここに来ることになった経緯と理由を詳細に話す。
「口裂け女帝」が、ある島国に帝国を築かんとしていること。それにあたり、自らが従える軍隊を投入したが、半壊滅状態に追い込まれたこと。そして、資料室で目撃した龍天の活躍がここに自分が訪れるきっかけになったこと。
「なるほど、充分理解しました。あなたが私の活躍を雄弁に熱情をもって語る時は少々照れましたが⋯」
照れくさそうにする龍天の横で、政を小さく胸を張っている。父親の武勇を誇らしげにするその姿はなんとも可愛らしい。
「それで、依頼の方は受けていただけるのでしょうか?」
少しぶっきらぼうなな切り返しだったかもしれないと思ったが、気持ちを切り替えるには必要な事だった。
「もちろん、快くお受け致しましょう」
龍天は笑顔で快諾した。
「しかし、条件があります」
「条件⋯とは?」
若干表情が険しくなった龍天を見て、石動はおずおずと尋ねる。
「それは私以外の一族、誰一人も今回の戦いに参加させないことです」
「それさえ守ってくだされば、戦いの様子を映像に残してもらっても、それをどうしようと構いません」
その提案条件の裏にはなにかのっぴきならない理由がある、と石動は感じた。例えば龍天の能力が規格外すぎるため、他の者は足手まといにしかならないからか?と思案したが、本人の口から語られない以上は邪推に過ぎないと気づき、考えるのをやめた。
「承りました。その条件でよろしくお願いします」
なんとか交渉が成立した安堵で強ばっていた石動の身体は弛緩する。
不意に石動に一つの疑問が浮かんだ。
「もう一つお聞きしたいのですが」
「なんでしょう」
龍天は笑顔で応える。
「差し出がましい質問かもしれませんし、これは決してあなたの実力を疑っているわけではない、という前提で聞いてください」
「あなたが五年前に壊滅させた伏魔という組織は怪異と手を組み強力無比な力を手にしたとはいえ、数百人規模の武装集団であることに変わりはありません」
「そして今回は一つの島国を占拠し、帝国を築かんとする武装した数千人と口裂け女帝⋯ましてや我が軍を半壊に追い込んでいます」
「それでもあなたは同じように勝つことが出来ますか?」
石動は確かめたかった。この質問で龍天という男の度量を。
「貴様!お父様を愚弄するつもりか!」
政が先程とは打って変わって、怒髪天を衝くような表情で怒鳴る。あまりの剣幕に石動は気圧されたが、依然龍天の目を見据える。
「落ち着きなさい。政」
「彼はそういうつもりでは無いと言っているだろう?」
「あ⋯ごめんなさいお父様」
龍天はうつむく政の頭を撫でてやり、改めて石動を見て言う。
「必ず勝ってみせます。何千人いようと伏魔の実力には遠く及ばないでしょうからね」
「なにせ伏魔には奴がいましたから」
石動はその言葉に引っかかる。
「その奴とは?」
「その説明は長くなるのでまた後ほど」
「さて、そろそろ暗くなってきましたし、外までお送り致しますよ」
「いいえ、お構いなく。龍天様も色々とこれからの準備でお忙しいでしょうから」
「そうですか。それでは私の使いの者に出口まで案内させます」
そう言って龍天は霊体の鳩を作り出し、空中に放つ。
石動は少し驚いたが、あの武勇に比べれば些細なことであった。
「この子に倣って進んで行けば、出口はすぐです」
「お心遣い感謝致します。それでは私はこれで」
石動は堂に入った敬礼をすると、振り返り部屋を後にした。
「ねえ、お父様」
「なんだい、政」
政は袈裟の袖を引っ張り、上目遣いで龍天に尋ねる。
「私もその戦いについて行ってはダメでしょうか⋯?」
「さっきも言ったけどね、政。今回は私一人で戦うことが条件なんだ」
「どうして?」
「お前たちを守るためだよ」
龍天は慈愛に満ちた笑顔で政の質問に答えた。
「でも
「おお、よく覚えているね政。あれは緊急事態でね。凶醒にも手伝ってもらわざるを得なくなったんだ」
「お兄様ばっかりずるいです⋯」
政は袖を強く握り涙ぐむ。
「泣かないでおくれ。私が留守にしてる間に沢山稽古を頑張っておくんだ」
「そうすればきっといつか、政を仕事に連れて行けるぞ」
「本当!!?」
「ああ、本当だ。政が頑張ってるのを
「頑張るって約束できるかい?」
「うん!!!」
政の顔に笑顔が戻る。
政を自室へと送り届け龍天は思案する。
獄門寺 紡、龍天の今は亡き妻であり霊の封印や使役に長けた霊媒師であった。
そして獄門寺 凶醒-紡の死をきっかけに家を出た龍天の息子。
それぞれの今までとこれからを憂懼し、龍天は
明日に備え、眠りにつくのであった。
-某砂漠
「ギャハハァ!お前の口も口裂け様のように裂いてやるぜぇ!」
口の裂けたモヒカン頭の暴徒がバギーを駆り、砂塵を巻き上げながら獲物を追い回している。
「はぁ⋯はぁ⋯」
必死の形相で遁走する女性は、息を切らしながら我が子を抱えている。
背後からバギーの駆動音、暴徒の野卑た笑い声が迫ってくる。
噎せ返るような暑さと1歩足を踏み出す度に沈み込む地面に体力を奪われ、彼女は憔悴しきっていた。
いっそ我が子を置いていけば楽に逃げられるだろうか、諦めてしまえば全て楽になるだろうか。そんな邪な考えが頭をよぎる。
しかし、母親としての矜恃がそれを許さなかった。
しばらくしてその覚悟とは裏腹に徐々に疲労により自分の足取りが重くなっていることに気づいた。
「そろそろ疲れてきたみてぇだなあ!!!もっと楽しませてくれやぁ!!!ギャヒャヒャヒャ!!!!!」
体力に限界が訪れ、我が子を必死に抱えたまま女性は膝から崩れ落ちる。
「誰か⋯助けて⋯!」
「おいおい!ここにきて命乞いかよ!誰に祈ってんだァ?神か?」
「この世にゃ神も仏も無ぇのさ!!!あるのは俺ら口裂け帝国とその筆頭、口裂け女帝様だけだァ!!!!」
ここまでかと思えたその刹那-
低く轟くバギーと女性の間に爆発のような衝撃が走る。烈風が砂埃を大きく散らせ、幕のように二人を遮った。
砂の幕が晴れると、衝撃の中心部と思われる窪みには男が一人立っていた。
男はかなりの大柄で今からにでも身体から溢れだしそうな筋肉を全身に迸しらせている。
窪みの上で呆気に取られている暴徒を、男は精悍な顔つきとどこか哀愁を感じる目で見つめる。
「テ、テメェどこから現れやがった!まさか空から落ちてきたとか言うんじゃねえだろうな!?」
我を取り戻した暴徒は男に当然の疑問を投げかけるが、男は沈黙を貫くばかりだった。
「へ、へへ、そんなわけはねえよな?馬鹿馬鹿しい!てめえもついでにぶっ殺してやる!」
「俺の愉しみを邪魔した罪は重いぜぇ?覚悟しやがれェ!!!!!」
暴徒はバギーを轟かせ、勢いよく窪みの斜面を下る。目を血走らせ、男に対する憤懣と殺意のままに迫る。
「ヒャハハァ!!!!死ねぇ!!!!!」
バギーと男が接触した瞬間、女性は思わず目を閉じる。想像したのは肉や骨が飛び散る音、あらぬ方向にねじ曲がった男の四肢など、惨憺たる光景だった。
しかし、耳を塞ぐような轟音と何かが焼けたような焦げ臭さがその想像を上塗りした。
目を開けると、あの男が目の前に立っていた。
窪みから湧き上がる黒煙を背にして、怯える女性を見下ろしている。
「⋯大丈夫か」
男はその巨躯からは想像をもつかない穏やかな言葉と想像通りのぶっきらぼうな口調で聞いた
「は、はい」
「そうか、ならいい」
そう言うと彼は彼女の背後に歩き去って行く。
「あの、ありがとうございました!」
「この恩はいつか必ず返します。だからせめてお名前だけでも!」
嘆願する彼女の方に向き直り、男は言う。
「獄門寺凶醒、究極怪異破壊師だ」
誇張しすぎた怪異vs究極怪異破壊師 午後御膳 @GOGOGON
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