第18話 館野の春

「と、言うことで。今日から晩稲葵曹長が正式に合流する」

「晩稲葵です。よろしくお願いします」

 うなだれた、疲れた感じで挨拶をする葵ちゃん。


「葵ちゃん。どうしたの着任早々。まだ体調が今イチかな?」

 そう聞かれて、何故かビクッとする。


「体調は、良いです。驚くくらい。えーと、班内では名前呼びですか?」

「いや決まっていないな。館野は館野だし、婚約者だからおれと彩佑は名前呼びだが、館野が彩佑の名前で呼んだら機嫌によっては殴るしな。葵ちゃんは名前と名字どっちが良いの?」

「あー、子どもの頃から、『おくて』と悪い意味で揶揄われたので、名前が良いです」

「じゃあそうしよう。でもおくてというのは、控えめそうで良い感じだけどな」

「そうでしょうか?」


「うん、そう思う」

 館野が、手を上げてまで答える。


「ありがとうございます。それで質問をいいでしょうか?」

「いいよぉ」

 ノリノリの館野が鬱陶しいな。


「館野。葵ちゃんが来て嬉しいのは分かったから、ちょっと抑えろ鬱陶しい」

「何でだよ、良いだろ。いつも、二人のいちゃつき見ていて、やっと来た春なんだよ」

「春ですか?」

 葵ちゃんが反応する。


「そう。歳も良いくらいだし。あっおれ、二十八歳だから」

「そうですか、良いくらいですね」

 ちょっと、引きつりながら苦笑いで答える葵ちゃん。


「そうだろ」

 もう館野の顔面が、気持ち悪い。


「館野が気持ち悪くて済まない。それで質問は?」

「あっはい。あの、変なことをお聞きしますけど、背筋とか幾つでしょうか?」

「あっおれ、一千二百五十キロ、握力でも三百キロ超えてる。強化したら倍はいける」

 それを聞いて、葵ちゃんの目が見開かれる。


「あの、浅見さんもでしょうか?」

「私? 私は、館野さんみたいに化け物じゃないから、背筋で六百キロくらい。握力とかも二百キロくらいかな? 当然強化すればアップするけれど」

 当然、さらに目を見開く、目が落ちそう。そして固まる。


「私、背筋で三百キロ超えて、どうしようかと思っていたんですが、ここでは普通なんですね。よかった」

「化け物なら、そこで笑っているよ」

 そう言って、館野が俺を指をさす。


「指をさすな。背筋、最近計っていないけれど、二トン近い。握力も一トン近くある。ただ、そのまま力を掛けると、骨が砕けるから、ナノマシン。最近は面倒だし聞かれると困るから『気』と言っているけれど、それを集中させて強化する。だがそうすると、余計に筋力も上がるから、素の状態では計れなくなった」


「そっ、そうなんですね」

 安心をしていた顔が、とうとう引きつった。


「それと、職務内容なのですが、何も指示がなくて」

「今は、サポートアーマーのテストがメインだな」

「テストですか?」

「ああ。乗っていたのだろ」

「そうですね。壊しちゃいましたけれど」

「それの新型? だな。明日乗ることになる。乗り心地が悪いと書いてやれば良い」

「そうですよね。あれって最初地獄でした」

 葵ちゃんがそう言うと、館野が右手の人差し指を立て左右に振る。


「初期型はひどかったよね。浅見さん」

「そう。最初乗って無理って諦めました。それに乗って乗りこなし、改良点を指摘したのが、克己さん。改良型に乗って、びっくりしました。これなら耐えられるって」

「そうそう。それでオペレーターに戻ったんだものな」

「多分身体能力をみて、軍も扱いに困って、それまで、用心棒でしたもの」

 遠くを見ながら、しみじみと彩佑が語る。


「用心棒? ですか?」

 葵ちゃんがこてんと、首をかしげる。


「そう。この化け物みたいな、化け物をボディーガードをしていたんだよ」

「聞いていなかったんですか?」

「そう。自動車のプロドライバーとしか、聞いていなかった」

「へー。プロドライバー凄いですね」


「私の婚約者だから」

 彩佑がそう言いながら、しがみつく。

「ああはい。そんなつもりは。周りに有名人とか居なかったので」


「館野さんが空いているから。あっそうだ葵ちゃん、彼氏とかは居ないの? 居ても体のこととかばらしちゃ駄目よ」

「はい。今は居ません」


 名は体を表すと言うが、葵は奥手。

 彼氏に求められても、勇気が出せず。拒んでいると振られていた。

 傷心から、今回の派遣にも立候補をした。まさか、怪我をして人外に足を踏み入れるとは想像していなかったが。


「じゃあまあ、いつもの歓迎会だな」

「そうだな。行くか?」

「行きましょ」

「でも、明日試験があるのでしょ? 飲んで良いのでしょうか?」

「ああ。残っているようなら、気を肝臓に集めるんだ。一発でアルコールを分解して、その後のアルデヒドや酢酸まで解毒してくれる。二日酔いの頭痛も出ない」

「それは便利ですね」

「と、言うことで、行こう」


 そして、調子に乗った私は、宿舎の見慣れない。いえ、天井は多分私の部屋も同じ。

 でも横に居るのは、館野さん。


 飲んでいる途中で、『奥手で臆病で振られるんです』と、言ったら、『たいしたことないよ。サポートアーマーに乗れるなら大丈夫。優しくするから』そう言われて、のこのこと付いてきて、そうだ。初めてではないけれどキスして、それから背中を優しくなでられて抱きしめられ、気がつけば脱がされて、気がつけばしていた。

 館野さんって、ひょっとして女ったらし?


 でも、体温が気持ちいい。

 そうして、彼に抱きつき失敗した。


「あいつら来ないな」

「良いじゃない。仲良くしているのよ」

「それなら良いけれど」

 集合は九時なのに、館野達が起きたのは、十時過ぎだった。


 それも、私が彼に、遊びじゃなくて本気ですよね。などと質問をして、彼に火をつけたのだろう、朝っぱらから二回目をして。そして、賢者タイムの彼が、時計を見て笑顔が固まった。

「やばい。遅刻だ」

「えっ、集合時間。あと何分ですか?」

「すでに、一時間前だ」

「はっ?」

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