第17話 非常識な世界

 晩稲葵は目を覚まし、右手の傷みと痺れ、それとかゆみを感じて右手を見る。


 チューブやら、計測器用の電極が繋がっている。

 そこで気がつく。

 この右手、本当に私のもの? 綺麗すぎる。


 人間生きていれば、細かな怪我や、肌荒れその他まあ色々と起こる。

 自分だけしか気がつかないが、小学生の時にカッターナイフで切った傷や、刺さった鉛筆による青黒い跡。それに気になったマメやシミまでなくなっている。

 じっと、手を観察する。


 違和感。でもしっかり感覚はある。


 そっと、視線を上げていくと、巻かれた包帯。

 肩のすぐ下。さっきから感じるじんじんとした、しびれやかゆみのある所。


 手に没頭していたせいか、気がつかなかったが、先生がいつの間にか入って来ていた。

「おはよう。手に違和感があるかい」

「ええ。痛みやかゆみしびれがあって」

「それは無事神経が繋がった証拠だ。すぐ慣れる」

 マスクで表情は見られないが、少し嬉しそうになった先生の目。


「繋がったって、あの攻撃でちぎれたとかでしょうか?」

「ああ。そうだよ、本物は大事に保存してある」

「本物?」

「ああ、それは、私の作品。違和感は少しあるだろうが、すぐ慣れる」

「作品?」

 そう問われて、嬉しくなったのか、神野はペラペラと説明を始める。


「ああ、少しの強化タイプ骨格に、細胞レベルでサイバー化を施してさらに強化してある。それに、君の胸にはナノマシーンのプラントが埋め込まれて、それを上手く使えば、さらに身体の強化や反射の高速化、それと魔法が使えるようだ。その辺りは先輩に聞いておくれ。今度紹介する。いまだと、君が少し恥ずかしいだろう」

「恥ずかしい?」

 まだ覚醒したばかり、晩稲は自分の様子を知らなかった。

 痛みがあるだろうから、計画的に麻酔による昏睡状態で一週間。

 やっと、麻酔から覚めたばかり。


 おむつ以外、何もつけておらず当然排尿のために挿管。


 さらに、ナノマシーンの影響を見るため、掛け布団すら掛かっていない。

 褥瘡予防のために、下に敷いたマットが変形して体が少し動かされている。

 まあ上半身は、術後のケアのため、大きなジェルガーゼが当てられて隠れているが。


 そんな説明を受けて、晩稲は赤くなる。

 治療のためよ。自身に言い聞かせる。

 そして、怪我の状態を聞いて、恥ずかしさなど飛んでしまう。


「そう言う状態で、普通なら死んでいた」

「はい。ありがとうございます」

「じゃあもう少しすれば、食事も取ってもらうから。お大事に。無理をしないように」


「はい」


 葵は思い出す。

 右手の二人が、急な変化からのローリングで吹き飛ばされ、確認するために右を向こうとした。

 その瞬間、高質量の何かとぶつかった感じと、急激な加速。

 痛みなど感じる暇も無かった。

 ただそこからは、記憶が無い。

 意識が飛んだのだろう。


 それから二週間。

 骨も完全に接合したと言って、センサーや、刺激用電極。そしてチューブ類が抜かれた。

 病衣を貰いそれを羽織る。

 トイレもやっと自分で行ける。

 だが、一月動いていなかった自分の体は、思って以上にひ弱だった。

 電極による刺激により、筋力は大きくは落ちていないはずなのに、違和感だらけ。


 そしてある日、面会があった。

 神野先生の案内で、応接してへ向かう。

「入るよ」

 部屋に入る、先生の後ろについて部屋へ入る。


 中には、男の人が二人女の人が一人。

 入室した、私たちに、敬礼をする。

 当然反射的に返す。


「紹介しよう。君の先輩達だ」

 神野先生のざっくり説明。


「じゃ、まずは、おれから」

 そう言ったのは、身長百八十センチを越えた体躯の人。

 雰囲気が、軍人。


「館野守。二十八歳。特任部隊所属。今階級は曹長となっている」

 やっぱり、軍人で上官なんだ。


「次は俺か?」

「軍がらみだから、私が先ね」

 今度は、女の人。身長は、私より少し小さい?


「浅見彩佑。特任部隊所属。階級は曹長。と言うより、此処に配属されると、曹長になるようだから、基本みんな階級は同じ。館野さんが年上だから班長みたいね。よろしくお願いします」


「次は俺だが、立場が中途半端だな」

 そういう彼も百八十センチメートル近くで、細く見えるけれど鍛え上がった感じがする。


「新世克己。二十四歳。軍人ではなく、契約して運転手としてチームに入っている。よろしく」


「私は、晩稲葵、階級は伍長で、補助機動部隊所属です。よろしくお願いいたします」


 そう言って、最後に敬礼を返す。

「さてと、その晩稲さん。辞令を預かっている」

 彼女に、A4の紙を渡す神野先生。


「辞令。ですね。皆さんと同じく特任部隊所属。階級は曹長となっています」

「じゃあ。後は少しリハビリをして合流。一週間ほどだ」


 そうして、病室へ戻り、退屈のできない日々を、一週間ほど送る。

「先生。リハビリって仰いましたよね」

「そうだよ。もうちょっと負荷をかけるよ。鍛えていないと、元の体が壊れるからね。負荷をかけてなじませないと」

 そう言われて、パネルに表示されている数字を見て驚愕をする。

 負荷圧力。二百キログラムを越えている??


「先生。先生。死んじゃいます」

「多少壊れても治すから大丈夫。はい気合い入れて」

 その一週間。リハビリ? で、自分がゴリラになったのだと理解をした。

 最終的に、背筋は五百キロまで上がった。もう普通に、お嫁には行けない。

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