第15話 乗ってみた。うえぇーい

「ありがとうな」

「体は、もう大丈夫なんだろ」

「ああ。絶好調だぜ」

「そう言えば、あまり言いたくないが、元婚約者が周囲で男あさりをしているぞ」

 申し訳なさそうに、教えてくれる。

 きっと、俺と別れてから後、すぐからの行動だろう。


 俺の代わり。

 誰か有名な奴と、仲良くなりたいのだろう。

 死にかかり。距離を置いて初めて理解した。

 彼女が、誰かに寄り添うふりをして、自身の見栄のために一生懸命だったのだと。


「なんとなく、知っている」

「なら良いが」

 彩佑を、こっちへ引っ張る。


「俺の婚約者。浅見彩佑だ。よろしくな」

「おっ。おおそうか。よかったな」

 さっきの発言がまずかったという気遣いだろうか? しまったという顔になる。


 だが、俺のその行動で喜んだのか、彩佑自身は、そんな事は気にせず、ニコニコになった。


 話をしていたのは、元のチームとは違うが、昔から付き合いがあった友人。

 データ評価をするから、その代わり数周走らせて貰う。

 チームスタッフには、随分反対されたようだが、押し切ってくれたらしい。

「だから、絶対クラッシュするな」

 という、オーダーだ。


 貧乏チームだから、マシン自体は古い。

 シャシーもよれている。

 きっとモーターも、そこそこ終わっているだろう。

 昔と違い。コースを走っていれば電気はチャージされるから、全開でのロスする容量差だけ持てば良いので、バッテリーは小さい。


 レギュレーションにより規格が決まるので、シャシーから、搭載できるモーター、タイヤまでほぼワンメイク。

 セッティングが腕の見せ所と、空力。後は、ドライバーの能力が大きい。

 たまに、画期的なモーターコアが、どこかで開発されるが、すぐ追いつかれる。


「じゃあ。行ってくるよ」

「ほんと頼むから。絶対壊すな」

 やっぱりかなり強引に、割り込ませたのか。

「心配するなよ」

 一応、言葉をかける。段々顔色も青ざめてきているし。


「悪いが今になって不安になってきた。お前この前市販車で、突っ込みそうになっただろ」

 知っていたのか。言い訳しておこう。自分の性能に、なれていなかったなんぞ言えるわけもない。

「ああ。あれは、車の性能が低すぎたんだ。大丈夫だよ」


 そう言って、半ば強引に出たが、さらにインカムを通してお願いが来る。


 コースは一応。貸し切り。

 もう一台は、専任のドライバーが運転している。


 ブレーキングから、ターンイン。初手飛び出しはやめよう。あいつが死ぬかもしれない。

 だが、どっひゃー。何だこのサス。フルボトムして、フロントウイングガリガリ。

 体内で、ナノマシンを全開で循環させる。


 スピードが、遅くなり。世界がゆっくりになる。

 ずっとタイヤが、滑りまくっている。

 そう言っても、グリップの限界を、ちょっと超すくらい。

「うーん。ボディも、サスもタイヤも限界だなぁ」

 つい声が出てしまった。


「やかましい。と言うか、さっきからお前何をやっているんだ? センサーの値がおかしいぞ」

「リハビリと、能力の限界を試してる」

「おい。だから壊すなって」

 突っ込まれると、返すのが礼儀。

「だから、シャシーが、へろへろなんだもの。無理だろ」


 頭の中で、コースをなめらかな曲線で結び、その上をスケートのように滑らせていく。

 うーん。やっぱり。俺は存在自体が反則だ。コースやマシン。状況がすべてが分かる。

 カート。いや、ラジコンカーかな。ちょっと上空から見ているイメージ。四輪とも滑ってもコントロールができる。


 遊びがてら、シケインを流しっぱなしで通り過ぎる。


 中古タイヤだから、もう一周くらいで終わりそう。

 タイヤっから、ずっと、ヒャァーという感じの音がうっすらとしている。


「何をやっているんだ、あいつ?」

 ピット内は、モニターを見ながらデーターを見ている。

「コース上にあるカメラだと、そんなに早い感じじゃないが、タイムは凄いぞ。フルコースで一分三四秒八七四だ。こりゃ昔のガソリン車なみだぞ」

「馬鹿野郎。あの頃とはタイヤも違う」

 環境がどうとかで、昔とは材質が大きく変わっている。


 その頃、楽しくなった俺は、はっちゃけた結果。

 タイヤを駄目にして帰ってきた。

 ピットでは、お祭り騒ぎ。

 エースドライバーは、俺から七秒近く遅くて、泣いているらしい。


「いったい、何がどうなったんだ?」

 凄い顔をして、のぞき込んでくる。


「いやあ、去年の事故で一度死んだからな。どうやら人間をやめたらしい」

「人間をやめた?」

 まあ聞かれても、詳細は言うことは出来ない。


「ああ。悪いが、そういう事だ。それとな、シャシーはもうさすがに駄目だろう。ドライバーがかわいそうだ。スポンサーに泣きつけ」

「ああ。まあ…… 何とかする。それでお前は帰ってくるのか?」

「いや。やめた、俺はもっと上を目指す」

「うえ?」

 そう言うと、ぼけた顔になる。初めて見たな。


「ああ。じゃあ元気でな。楽しかったよ。レビューは纏めて送るから」

 それだけ伝え、ピットを後にする。


「お疲れ様」

「ありがとう」

「しかし初めて見たが、レースと言っても、たいした早さじゃないな」

「スタンドからだとそうかもな。実測は、例のマシンより速い。だがコーナーはうちのマシンの方が早いな」

 タイヤと違うからな。


「あれなあ。キツいよなあ」

「新型の緩衝装置を、思いついたみたいだぜ」

「本当か? 前のみたいに、動いたら緩衝用の液体が回転をして、重心の移動がおかしくなるなんて嫌だぜ」

「あれなあ。凄く使いにくかった。大体、ボディが止まってもまだ操縦席が動いているとなあ。やっぱり違和感出るよ」

「何か名物を、美味しいものを食べて帰ろう」

「そうだな」



 その頃。

「こんな、いったいどうやって運転すれば、こんな差が出るんですか?」

「さあな。マシンのセットはほぼ同じ。モーターはお前の方が新しい」


「そんなあ」

 期待のドライバーは、タイム差を見て奮起し。

 俺の乗ったマシンに乗り、第一コーナーを真っ直ぐ突っ込んで、マシンを壊した様だ。タイヤが完全に終わっていた。

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