売る

三鹿ショート

売る

 田舎であるほどに、商品の入荷が容易と化す。

 近所の付き合いが密であるものの、表を歩く人間の数が少ないために、人影を確認することが出来なければ、一人の人間を攫うことは簡単だった。

 自動車の中に運び、移動しながら、その人間の特徴を記録する。

 そして、会社に到着すると、即座に商品の特徴を周知していく。

 商品の傾向は同一ではないはずだが、売れ残ることを経験していないことを考えると、どのような人間であろうとも需要が存在していることになるのだろう。

 世間は平等についてあれこれと騒いでいるようだが、光が当たっていない場所ほど平等な世界であるとは、何とも皮肉な話である。


***


 攫うことだけが、我々の仕事ではない。

 客が望むような子どもを、時間をかけて誕生させることもまた、仕事の一つだった。

 客が望んでいるような特徴を持つ人間を交合させることが重要なのだが、全員が全員、望んだ特徴を持って誕生するわけではない。

 望んでいない特徴を持った人間は、ただ子どもを欲している人間に渡されることもあれば、私のように、誕生した会社で働き続けることもある。

 彼女もまた、私と同じ道を歩んでいる人間の一人だった。


***


 その日も、彼女が自動車の中から一人の少女に声をかけ、相手が油断しているところで、私が背後から捕らえ、自動車の中に引きずり込んだ。

 攫った少女を会社に運び、大事な商品を孕んでいる女性たちの様子を調べた後、自宅に戻った。

 彼女と並んで食事を口に運び、順番に入浴すると、寝台に横になった。

 彼女は、仕事仲間であり、共に生活をしているだけで、それ以上の深い関係ではなかった。

 身体を重ねたことが一度も無い理由は、血が繋がっている可能性が存在しているからだった。

 上司は我々の両親について詳細に語ったことがないために、我々はその可能性を捨てることができなかったのである。

 だが、何の不満も無かった。

 碌な教育も受けず、友人も存在していない我々にとって、同じ境遇の人間が存在している事実以上に大事なことはなかったからだ。


***


 その日は別行動だったために、彼女と再会した場所は、自宅だった。

 帰宅した私は、居間に彼女以外の人間が存在していることに、目を疑った。

 怯えたような表情を浮かべている少女を指差し、何者かと問うたところ、今日彼女が保護をした人間らしい。

 保護をしたという言葉が気になったために、さらに訊ねると、彼女はその少女を商品として攫ったわけではなく、暴力を振るっていた父親から保護をしたと説明した。

 これまでそのような行為に及んだことが無かったために、私は彼女の行動を理解することができなかった。

 これは、大問題である。

 彼女の行為は、人間としては褒めるべきなのだろうが、利益を考えずに人間を攫うなど、上司が知れば徒では済まないのだ。

 少女を新たな社員として雇うわけにもいかないために、その少女の存在は、我々にとって危険以外の何物でもなかった。

 少女が眠った後、私は彼女と話し合ったが、彼女は一歩も譲ろうとはしなかった。

 何故、そこまでその少女を気にかけるのだろうか。

 我々が攫った人間が、売られた先でどのような酷い目に遭っているのかは不明だが、それよりも父親に暴力を振るわれていた方がまだ良いではないか。

 しかし、彼女は、目に見える被害者は救う必要があるのだと告げた。

 これまで私と彼女は同じ道を歩いてきたと思っていたが、何処でそのような思考を抱くに至ったのだろうか。

 少なくとも、私は自分が実行してきた仕事を考えると、今さら聖人のように振る舞うことなど不可能だった。

 それからも私は必死に説得したが、彼女が受け入れることはなかった。


***


 翌日、彼女は少女とともに、姿を消していた。

 上司に相談したところ、その数時間後には、彼女は少女と共に会社に連行されていた。

 私は上司に対して恩情を求めたが、上司は無言で首を横に振ると、彼女と少女を連れて地下室へと向かった。

 それが何を意味しているのか、私には分かっていた。

 私は会社の恐ろしさを知っているために、上司に逆らうことはできず、ただ彼女の無事を祈ることしかできなかった。


***


 数年後、上司に紹介されたのは、一人の少女だった。

 彼女の面影があるように感じた理由は、彼女の子どもだったことによるものらしい。

 上司は、彼女の代わりとなる社員だとして、少女に教育を行うようにと私に命令してきた。

 本来は会社の教育係が担当するはずだが、それを私に任せたということを考えると、上司は私と彼女が親しかったということを憶えていたらしい。

 少女と視線の高さが一致するように、私は地面に膝をつくと、少女の名前を尋ねた。

 少女が告げた名前は、私と彼女の名前を合わせたようなものだった。

 思わず、私は少女を抱きしめた。

 涙を流しながら、私は少女の名前を何度も呼んだ。

 この少女だけは失わないようにしなければならないと、私は考えた。

 このときだけは、己の行為を棚に上げ、私は少女の幸福を望んだ。

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売る 三鹿ショート @mijikashort

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