第120話 安全の担保
強い不快感に目が覚めた。
うっすら明るい室内は、夕方なのか朝なのか判然としないけれど、隣に眠るリトがいる。
なら、朝だ。
「朝ごはん」
身じろぎに伴ってしびしびと足が痛い。いや、それよりも空腹がひどい。
私は、いつ寝たんだろう。おかしい、記憶が混乱している。
しばし記憶の紐をたぐって、どうも帰宅してすぐ眠ってしまったらしいと結論づけた。
ということは、まだ何もリトに報告していない。
仰向いて眠るリトを覗き込み、狸寝入りではないかとじいっと見つめてみる。
高い鼻梁、長いまつげ、少し開いた薄めの唇。
やや日に焼けた肌を、ディープブルーの髪が彩って艶やかだ。
きっと、絵に描いたなら素晴らしいものになる。
だけど、以前私が写実的に描いたはずの絵は、なぜか抽象画になった。もしくはコンセプチュアルアートだろうか。傍らに添えられた『リト』という文字がますますアートじみている。
私はAIゆえに写実主義だと思っていたけれど、こんなところに無自覚な才があったとは。
ちなみに、リトはキュビズム派だ。
立体を平面として捉えて画面上に表現する手法が、素晴らしい。
以前馬車内で絵をせがんだ私に描いてくれた、『馬』というシンプルなタイトルの作。
足四本が真横に並び、横を向いたはずの馬の顔には、目が二つと何なら口もこちらへ向いてついていた。
手放しに賞賛したのに、『うるせー!』と怒られたのだったか。
ちなみに、ラザクはあんな太い指をして、絵が上手いのだ。
レシピに描かれた絵が、何を示しているのか見て分かるのだから。
リトを眺めてぼんやり考えていたところで、ぐうとお腹が鳴った。
ラザクを思い出したら、ますます空腹感が募る。
そうだ、私のカバンの中にベリーや海ラダが入っているはず。
いてもたってもいられず、乗り越えようとしたリトにつまずいた。幸いベッドの上なので、リトがうっと呻いただけですんだ。
さび付いたようにぎこちない足に腹を立てながら、なんとかカバンまでたどり着いて海ラダを取り出した。
少し乾燥したろうか? 海で食べた時よりも少し硬くて、海の匂いが強くなっている。
空腹感は、紛れたような、そうでもないような……。
早く腹の中に入れたいけれど、歯ごたえのある海ラダは中々飲み込めない。
躍起になって咀嚼しながら、あとどのくらいあったろうかと袋を探る。
加工してもらう予定だけれど、生のままでも味わえた方がいいだろう。これだけあるなら、リトにも分けられる。
リトの小指ほどの海ラダをつまみとってベッドへ駆け戻ると、緩んでいる口の中へ押し込んだ。
「んっふ……?! お前、何……磯くせェ~~~」
途端にばちっと目を開けたリトが、渋面で海ラダを咀嚼している。
「海らな。りゅーが、採ってきた。おいしい?」
「ああ、アレか……やたら集めてたもんな。あーー起き抜けの生海鮮……。濃縮された磯臭さとぬめりと砂と生臭みが……はあ、美味いよ」
ブツブツ言いながら起き上がって、伸びをした。
リトは、変わったところに美味さを感じるのだな。
「けど、磯遊びはお前にはまだ早いんじゃねえか? お目付役がいたとはいえ、水のそばは危ねえだろ。あと、立ち入り禁止は立ち入り禁止だからな? お前らが分からねえ理由のことだってあるんだから、勝手に入るんじゃねえよ?」
苦笑して嚥下したリトが、ぽんと私の頭に手を置いた。
「りゅー、磯遊びなない。ちちんと収穫ちた」
立ち入り禁止は、知っていれば入らないのだから、今回は不可抗力だ。
そんなことより、リトに話したいことがたくさんある。
お揃いの石を披露し、海ラダとベリーを取り出し、とめどなく溢れる言葉を必死に綴る。
「――楽しかったか?」
やっと商店街まで遡り、一呼吸入れたところで、目を細めていたリトがそう言って笑った。
興味深くて、夢中になって、発見があって、嬉しいがあって、美味しいがあって。
「たのちかった」
そう、私は楽しかったのだ。
ひとつ大きく頷いて、納得した。
だけど、すぐに小首を傾げる。『楽しかった』だろうか。
「今も」
すぐに追加したセリフに、リトが『今?』と不思議そうにする。
全部、全部リトに話したかった。
今、やっとそれが叶った。
ああ、満足だ。
物語がちゃんと完成されたような。
ケーキに最後のイチゴを飾り付けたような。
きっと笑みを浮かべているだろう私を抱き上げ、リトも笑った。
「なら、良かった。俺の方は気が気じゃねえけどな……。ひとまず、腹減ったろ」
そうだった。ものすごくお腹が空いている。
ハッと思いついて指を選び、『最高に良い』をやってみせる。
「あー……そっちはいいけどよ、反対は使うんじゃねえよ?」
「へどが出ゆぜ?」
「やるなっつうの。お前がやると……なんだろうな、心に来るわ」
大丈夫、リトに使うことはないだろう。ラザクには使うかもしれないけれど。
「はあ、俺も、お前から離れられるようにならねえと……」
深々ため息を吐いて適当な上着を引っかけ、リトは段々明るくなる空気の中、歩き出した。
「――ぺんた、いやない?」
朝食の席でペンタにビビベリーを差し出したものの、2つほど食べると『もう結構ですよ』と言わんばかりに私の手を押し返してきた。
「あんま甘くねえからなあ。それはどうする? 日持ちしねえだろうし、全部食うには多くねえか?」
「じゃむのおばあさんに、聞く」
迷いなく答えた私に、リトもああ、と納得の顔をした。
あのおばあさんなら、きっと美味しい何かにしてくれる。
「りとは、昨日何ちてた?」
運ばれた魚の粥をふうふうしつつ、何の気なしに尋ねてリトを見上げた。
「えっ?! 俺? 俺はまあ、色々だよ、色々!」
「今日は、お仕事なない? りゅー、図書館行く」
妙に取り乱したリトが、次いで胡乱な視線を寄越した。
「……お前、それは暗に仕事に行って来いって言ってる?」
ちょっと考え、私は右の親指を立てた。
「『イイネ』じゃねえわ! お前、1人を覚えたら速攻で俺から離れていきそうだよな!!」
ぶっすりむくれたリトが、私の粥をすくって食べた。
慌てて器を抱え込み、不貞腐れるリトを不思議に思う。
「りと、お仕事好きなない?」
「まーー別に、好きってわけじゃねえわな」
そうなのか。私はとても働きたいのに。
「じゃあ、りゅーがお仕事ちて、りとをやちなってあげる」
「ふっ……そうかよ。なら、楽しみに待っておくか」
機嫌はなおったらしい。そんなに仕事が嫌だったのか。
こくり、と頷いて再び粥に取り掛かった時、ふと慌てたようにリトが身を乗り出した
「別に、お前を養うくらいワケねえんだからな?! 仕事が嫌いなわけじゃ……ラザクみてえな怠惰人間と一緒にすんなよ?! ただ、ただ……そう! お前を置いて仕事するのが心配なだけで!」
なるほど。過去に前例があるだけに頷ける話だ。
「じゃあ、りゅー図書館か、せいりあと遊ぶだけにする」
それなら、安全だろう。セイリアは町の人間だし、冒険者として活動しているくらいだ。
さしあたり、今日は図書館の日。
さあ、リトは仕事に勤しんでくれていい。
「分かった……ギルド行ってくる……」
促す視線に、リトは消沈した様子でそう言ったのだった。
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