第110話 さっそくのトラブル

響き渡った悲鳴で、のどかだと思っていた風景が一変したよう。

「まもも?」

悲鳴は、すぐ側の小さな森からだと思う。

ただ、ペンタが沈黙しているので、そう恐ろしい魔物がいるわけではなさそう。

「さあな? こんな町の近くで、大したこともねえと思うが」

そう言いながら足を止めたリトが、くるりと回れ右した。

「ただ……嫌な予感がする」

門の方へ方向転換したリトに、少し驚いた。

「りと、助けるなない?」

何があったのか分からないけれど、割とリトは助けに行くような気がしたのだけど。

「いやいや、我の安全第一よ? さ、安全地帯まで帰還すべし!」

代わりに答えたファエルが、ポケットの中から顔を覗かせた。


「いや…………」

背後から伸び上がって、歯切れ悪く返答に迷うリトをのぞき込んだ時、森から何かが転がり出てきた。

「ぎゃー! 保護者! 速やかに敵を討つべし!!」

しゅっとポケットに引っ込んだファエルが、くぐもった声を上げる。

「りと、りと、あれ!」

もしかして、見えなかったろうか。一向に緩まない足取りに慌てて肩を叩く。

「待てやコラぁ! こちとら必死こいてここまで出てきたっつうのに! 見捨てて行くヤツがあるかよぉ!! ……っつうかお願い! 助けてリトぉーー!!」

ぴきり、音をたてそうな勢いでリトの額に青筋が浮かぶ。

「らざく? 何ちてる?」

「これが呑気にお茶してるように見えんのかよぉお?! 」

ごろごろ転がってさらに近付いてくる様は、割と不気味。


「そ、そうだ、もうお前でもいい! こいつさえ焼き切れば、逃げられる!」

何だろうか、ラザクの身体にまとわりついているのは、粘着質のスライム状のもの。それが両足と右の手を絡め取り、自由を奪っている。

「そえ、何?」

「ウギワームの粘液だ! ほら、危なくねえから、な? なっ?」

リトがちら、と森の方へ視線をやったのを追えば、そちらから巨大芋虫が這い出してきたのが見えた。

「あれ、うぎわーむ?」

「そうそう、あれがウギワームっつって――じゃねええぇ! 野郎、まだ追って来やがる!」

私は、草間に見え隠れする柔らかそうな芋虫を見やった。

体長は私と同じくらいあるけれど、全然、怖そうにない。むしろ、フォルムは丸く、ミルキーピンクで可愛いくらいだ。モソモソ一生懸命動かす短い足まで丸っこい。そして、とてもゆっくりだ。


「りと、りゅー下りる」

「ウギワームに構うなよ、体した害のねえヤツだ」

なら、なぜラザクを襲ったんだろうか。リトも、訝しげに眉根を寄せている。

「よ、よし、ちょっとだぞ、端っこに火ぃつけりゃこいつは簡単に燃えるはず!」

ラザクは燃えないんだろうか。まあ、本人がいいと言うなら大丈夫なんだろう。

「ま、待て待て! お前、直接俺様を燃やす気だったりしない?! 」

ねちゃねちゃした粘液状のものに触れないよう、少し離れた位置から構えたところで、ストップが掛かった。

「おっそろしいことしようとすんじゃねえ! 違うわ! 何か木にでも火ぃつけて近づけりゃいいだろ!」

……なるほど? 危なくラザクの丸焼きを作るところだった。焼いても全然美味しそうにはないし……。


小さく吐いた火で枝を燃やすと、森の方へ視線をやった。

近付いてくる触覚みたいな突起が、ぴこぴこアンテナのように動いている。

どうやら、この粘液の跡を辿って来ているよう。あちこち頭を振りながら、一生懸命探している。

ちょっと、獲物を奪ってしまうのは申し訳ないような気がする。

「ワームの方に感情移入してんじゃねえわ! 俺様の方にしやがれ!!」

それもそう、と枝を近づけたところで、その手がガシリと掴まれた。

「りと……?」

助けないでいいのだろうか。

「……え? 嘘だろ? リト……?」

ラザクも、信じられないものを見るような目でリトを見上げる。

そんなに意外なことでもないような気はしたけれど。


「うるせえ、お前……。なんで、外にいた?」

リトが、怒っている。私が首を傾げていると、リトはラザクをまたぎ越えて芋虫の方を抱え上げた。

驚いた芋虫が必死にうねうねしているのを、勢いを付けて森へと放り投げる。

「なんだよ、結局助け――」

「これ、何だ?」

ぐい、とひねり上げた腕に、随分不釣り合いなブレスレット。

ラザクの顔から、滝のような汗が噴き出し始めた。

「これ、これ、これは……その、貰いモンで……」

視線を彷徨わせるところを見るに、嘘なのは明白。

「しかも盗品かよ……」

舌打ちしたリトが、バキリと言わせてブレスレットを抜き取った。

ついでのように、火の付いた枝を粘液に押しつける。

「ぬあちっちちち!! 心のっ準備がぁ!!」

しゅわっと嘘のように燃え尽きた粘液は、ほとんど服を焦がしてすらいない。

「りと、それなに?」

ラザクの首根っこを掴んで引きずり始めたリトに並び、壊れたブレスレットを見つめた。


「呪具だな。触るなよ」

「じゅぐ? どうちて、らざくがちゅけてる?」

呪具というのは、呪いの込められた道具。装身具であれば、身につけると災いがある類いだ。

「そ、そう! 分かってくれる?! 俺様嵌められてつけられただけで!」

「こんなヤツに、わざわざ呪具を使うかよ」

にべもなく言い切られ、ラザクが口をぱくぱくさせている。

だとしたら、ラザクが盗って、自分で着ける? なぜ?

「これが、魔力遮断の呪具だからだ」

ぎくり、ラザクの肩が震えた。

「そ、なんで分かっ……いや、でも、だからって自ら着ける理由なんてっ」

どうにか逃げられないかと隙を窺いながら、ラザクの顔色は段々悪くなる。

「大方、契約から逃げられねえか、なんて考えだろ」

青かったラザクの顔色が、真っ白になった。息、してるだろうか。


なるほど? 魔力を絶てば、魔法契約の効果が及ばないと……? なんだろうな、抜け道を探すことにかけては、本当に色々知恵を回すんだな。

「魔力遮断ちたら、契約無効?」

「いいや?」

「なっ……?!」

即答したリトに、ラザクが目を剥いた。

「じゃ、じゃあ! そんなに怒ることなくね?! ラザク、可哀想に魔物に襲われたし、燃やされたし、十分罰を受けたと思う!」

「愚かな男よ。自ら罰が既に十分であると声高に宣言するは、己が反省の欠片もない証であるというに」

「うっせえわゲテモノぉ!」

いつの間にか肩に座っていたファエルが、賢者のような顔で静かに頷いている。確かに、正論ではあるけども。


「ちなみに、今回の分でお前の命2回分、上乗せだからな」

「え、2回? 100歩譲って1回じゃね?」

どこに譲る要素があったんだろうか。

「お前、魔力遮断した状態で火ぃつけたら、どうなるか知ってんのか」

疑り深そうな顔をしていたラザクが、また顔色を変えた。

「まよく遮断ちたら、どうなる?」

何か、変わるのだろうか。魔法を使えないだけだと思っていた私は、小首を傾げた。

「魔法だけじゃねえんだよ、身体を包む魔力は人間なら全員ある。遮断すんのはいわば、皮膚がなくなったようなモンだ。あと、俺の力も、頑丈さも、全部魔法が関わってるからな。コイツの『逃避』だってそうだ。人間がまとう魔力がねえから、ワームが襲ったんだろ。虫や動物だと思ってな」

そうなのか……確かに、魔力という高エネルギーを持ちながら、魔法使い以外は利用手段がないというのはおかしい。普段から何かに使っているはずなのだ。


「じゃあ、あのとき燃やちてたら?」

「よく燃えたろうなあ。お前、嫌だろ?」

それは、嫌。こくりと頷いた私の後ろで、無言になったラザクが震えている。良かった、間一髪、ラザクの丸焼きを防げた。

「あと、その盗品の分はどうだか。ま、支払えるといいな?」

「ちょ、ちょっと待って待って?! まさか、突き出す気ぃ?! こんな怖い思いしたのに?!」

それは関係なくないだろうか。

「ちょっと、ほんのちょっとだけ足りなかっただけだから! ちょびっと貸してくれりゃ払えるから!!」

「そうか。なら、罰金には不足だな。強制労働でもしてろ」

ラザクは、ラザクだな……。

建物がオレンジ色に染まり始める中、町にはラザクの怨嗟の声が響いていたのだった。




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