第109話 同世代
「――Bランクですか! しばらくの滞在予定で?」
「ああ、登録を頼む」
「助かります! 港町ですから、依頼は掃いて捨てるほどありますよ! こちら、ご記入いただいて――」
奥のカウンターにいた壮年の男性が、嬉しげに手を擦り合わせてリトと話している。しばらく滞在する場合は、こうして登録しておくのが一般常識だとか。
リトの肩でむくれて頬をつぶしていた私は、くすくす笑う声でカニから視線をずらした。
ぶつかった視線に目を瞬いて、壁際の少女が小さく手を振ってくれる。二十歳にはならないだろうから、少女でいいだろう。パンのようにこんがりといい色の肌、黄色っぽい髪は高い位置でちょこんと結んでいる。
「りと、りゅーあっち行く」
リトの腕がガッチリ締まっているので、ぱちぱち叩いてそう告げた。
「もうちょっと待てって」
「りゅー待たない。あの子とお話する」
あの子? と振り返ったリトが、私の指さす少女へ視線を注ぐ。
途端に背筋を伸ばした少女が、両手を挙げて首を振った。身長はリトの胸下あたりだろうか、私よりはずっと高い。
「……迷惑かけんなよ」
軽く会釈したリトに、少女がびっくりした顔でぺこぺこ頭を下げている。
どうやら許可が出たらしい。ようやっと下ろされた私は、とてとて軽い足音をたてながら駆け寄った。
「ビックリした……強そうだし、怖いかと思ったら礼儀正しい人だね」
そっと耳打ちしたセリフは、きっとリトのことを言っているのだろう。
「りと、怖――」
怖くない、と言おうとした口が即座に塞がれてしまった。目の前には、大汗かいた少女の顔。
「大きい! 声が、大きいから!」
苦笑したリトは、素知らぬふりを決め込んでいるらしい。油断なくリトの方を窺っていた少女が、ホッと息を吐いて私から手を離した。
「あの人、君のパパ? あんまり似てないね?」
「あれは、りと。パパない」
しまった、という顔をした少女が、急いで表情を変えた。
「そ、そうなんだ! ええっと、ここに滞在するんでしょう? たまになら、一緒に遊んであげるよ!」
遊ぶ……あの、ままごとみたいなことだろうか。
「りゅー、ままごこ好きなない」
「いやあ、さすがにおままごとはお姉さんチョット……」
はは、と頭を掻いた少女に小首を傾げた。
「りゅー、4さい。あなた、なんさい?」
指を4本立ててみせると、くすりと笑った少女は左手を1本、右手を5本立ててみせた。
「……6さい?」
がくう、とつんのめった少女が、引きつった笑みで私の両肩を掴んだ。
「いやいやいや、ど~~~見てもセクシーお姉さんでしょ? 15才よ!!」
15才ではセクシーには当てはまらないのでは、と思いつつこくりと頷いた。いずれにせよ少女に違いない。
「ま、まあ4才の子に言っても仕方ないか。リュウちゃんね! あの人がお仕事行ってる間、退屈でしょう? 一緒に遊ぶ? 実はさ、私もちょっと退屈してるんだ」
いたずらっぽく笑った少女は、セイリアと名乗った。
「パーティ組んでた子たちがさ、漁に駆り出されちゃってしばらく戻って来ないの。こっちだって仕事だってのにさあ、あいつらの親ったら二人は漁師にするって聞かないのよ!」
ぶちぶち文句を言いながら、少し寂しそうに腰の剣をいじった。この少女は、冒険者なのか。
「せいりあ、漁師ない?」
「だって、私の家は商家なんだもん。私は私で、商いの勉強をさせられてるんだけどね!」
家にいると勉強しろとうるさいので、ギルドに避難しているのだとか。なら、きっと本当に退屈しているのだろう。
「じゃあ、りゅーと本よむ?」
「うげ……なんで本?! 君、本とか読むの? すごいね!」
どうして嫌そうな顔をするんだろうか。不思議に思っていると、セイリアがきゅっと緊張の面持ちに変わった。
「――悪いな、子守してもらって」
「い、いえっ! 可愛いなって……その、それだけで!」
ぶんぶん手と首を振って何かを否定するセイリアに、リトはまた苦笑する。
「何も疑ってねえって。リュウと遊んでくれんだろ? 助かる」
腰を落として私の目線に合わせたリトが、少し眉尻を下げてセイリアを見上げた。
「こいつ、ちょっと変わってるからな……。年の近い子に仲良くしてもらえると嬉しい」
ぽかんとしたセイリアが、今度はこくこくと首を振る。
「あの、私この町に住んでて! 結構時間あるので! 暇だったら大体ギルドか海岸か海岸通りにいるので!」
ギルドはともかく、他は結構範囲が広くないだろうか。
「そうか。こいつも割と暇してると思うからな」
「りゅー、暇ない。りとと依頼ちて、本よむ」
「まあな、行けそうな依頼は連れていってやるけどよ、友達付き合いってもんも必要だろ?」
私は、少し口を噤んだ。
できるだろうか、私に。孤児院で、ちっとも馴染めなかった私に。
「こいつは、俺が連れ回してるからな、同世代との付き合い方を知らねえんだ。今日はもう行くが、また、遊んでやってくれ」
「そういうことなら! 私、結構小さい子の面倒とかみて――ん?」
『同世代?』と呟きながら首を傾げているセイリアに手を振って、私を抱き上げたリトは、ギルドを後にした。
「りと、もう依頼、うけた?」
遠く波音を聞きながら、どこに向かうのだろうかと端正な顔を見つめた。
「まだ受けてねえよ。もう少し町の感覚を掴んでからだな。それまでは適当な獲物でも狩って、買い取りに出すかな」
ギルドで受け取ったらしい書類の束を私に手渡し、リトはぐっと伸びをした。
「お前、何でも読むだろ? それも読むか?」
いささか揶揄するような口調で言われ、もちろん頷いた。どうやら、ギルド説明などの諸々らしい。リト自身は先ほど説明を受けたし、概ねのギルドはルールに違いはないのだとか。
「ただ、ここは港町だからなあ。その辺はちょっと他と違うところもあるぞ」
なるほど……経済の基盤である港や海を死守する必要があるので、『港番』なんてものがある。あとは、海の異変対応は最優先事項として招集がかかるとか。
全て熟読して顔を上げると、町の門がもう近い。
「お外いく?」
「ああ、明るいうちに外をぐるっと回っておこうと思ってな」
「りゅー、採取する」
「ええ~我、宿でゆっくりしたかったのにぃ」
さっき昼寝から起きたばかりのファエルが、ポケットから顔を出して不満を零す。ファエルは、宿でも外でも何ら変わらないと思うけれど。
背負子スタイルになった私たちは、街道を外れて背の低い草むらを歩いていく。
以前の町よりも草原の見通しがよく、その分魔物も少ないよう。ここなら私でも散策できるのではないだろうか。
「陸地の魔物は少なそうだな。肉が狩りにくいのは残念だが、安全なのは助かる」
「でも、海は?」
さっきの書類には、海からの脅威についてしつこいくらい協力を要請する旨が記載されていた。魔物、災害、海賊。港町というのは、割と災難が多いらしい。
「海はどうしてもなあ……。ただ、宿は大丈夫だ」
確かに、随分な高台にあるから、何が来ても逃げることはできそうだ。思い返してみれば、町の居住地が坂の上に集中しているのもそのせいなんだろう。
「我に海は不要。海産物のみ欲する」
ファエルが無茶を言いながらふわりと私の周囲を飛んでいる。カエルから生えた翼が、なんとも不自然で不思議だ。
あまり代わり映えしない景色の中、リトの背中から顔を覗かせていた私は、小さくあくびして背負子に座りこんだ。
リトの大きな歩幅に伴って、ことり、ことり、と身体と足が揺れる。今寝てしまったら、夕食を逃すかもしれない。
小さい両手で目をこすった時、思わぬことに心臓が跳ねた。
「退避ーーっ!!」
ファエルがポケットの中に飛び込み、ペンタがもそもそしたのが分かる。
「……あむない?」
絶叫と言うべきか、悲鳴と言うべきか。
静かな草原に、周囲の鳥がいっせいに飛び立つような叫び声が突き抜けていったのだった。
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