第102話 到着
「――え? だから、当たり前じゃん? ルミナスプなんだから」
ぱちくり目を瞬いて、ファエルが当然のように頷いた。
私は口の中のワニ肉団子を急いで飲み込んで、身を乗り出した。
「じゃあ、りゅーにおちえて!」
「教えるって……我が魔法を?」
こくこく頷き、もう一つ肉団子を頬張る。
「丸ごと頬張るな、ちゃんと小さくして口に入れろ」
途端にリトの手が伸びてきて、勝手に器の中へスプーンを差し入れる。
「でもりゅー、大きいまま食べたい」
「ダメだ、喉に詰める。あと、ちゃんと飲み込んでから次を食え」
ちゃんとしてるのに。ざくざくと小さく刻まれた肉団子に、少々頬を膨らませて器をかき混ぜた。
今日の朝食はワニ肉団子の雑炊。柔らかい肉団子は、思い切り頬張った方がほろりと崩れておいしいのに。
「は~美味。我用のカトラリーを所望する。我の面倒全般を見るというのなら、対価に魔法を教えるのは悪しき案にあらず」
カトラリーを使うのか。カエルなのに現在木の枝なんかを器用に使って食べている。
「契約、せいりちゅ」
「うむうむ、苦しゅうないぞ」
どうせ、ファエルは連れて行くのだから。私にデメリットはない。
「ペットが魔法を教えられんのかよ。けど、タダ飯食らいよりマシか……知識はあるっつうなら」
げんなりしながら、リトは大きな口で肉団子を頬張っている。私の肉団子よりずっと大きいそれで、頬が丸く膨らんでいる。私には怒るのに、納得いかない。
「誰がペットだ! 我は至高の種族なるぞ! そこの小動物と一緒にするでない!」
「ピイィッ!」
ビッと指さされたペンタが、抗議の声を上げた。
「ペンタ、役に立ちゅ。魔物を見ちゅけられる」
「そうだな、ペンタは警戒できるし、ラザクは……まあ、一応飯を作るし。害はあるが役に立ってはいるな」
ラザクが、ふふんと得意気な顔をする。ペットと同列比較でもいいのか。
「な、な……! わ、我なんか魔法の師匠ぞ?! 見るがよい!」
憤慨したファエルが立ち上がると、すうっと息を吸い込んだ。
「深き闇の底より出でし古の力よ、闇裂く万物の根源よ、我が声に応え、力を解き放て――」
「ちょっ……! ま、まさかこんな所で大魔法を?!」
ブツブツ呟きだしたファエルに仰天して、瞬時にラザクがいなくなった。
ファエルが、閉じていた瞳をカッと見開いて、朗々と声を張り上げる。
「――天地黎明、暁の灯!」
突き出したファエルの短い手が、光を帯びて――
ぽっ、と。光が灯った。
ランプの中に入っていた光のようなものが、小さな手のひらの上で浮いている。
「……ただのライトじゃねえか」
「ああっ?!」
リトにふっと息を吹きかけられ、頼りなく揺れていた光がかき消える。
「わ、我の魔法が……! なんてヒドいことを! あああ……ほら、眠くなるぅ。せっかくちょびっと回復した魔力使っちゃったから、冬眠魔法の効果がぁ……」
言いながらとろりとろりとまぶたが閉じたかと思うと、こてんと倒れた。
気持ちよさそうな寝息をたてているファエルは、つついてもぶら下げても起きない。
冬眠魔法、まだ効果があったのか。
「……置いていくか?」
リトの眼差しが乾いている。私は急いでファエルをポケットに突っ込んで首を振った。
だって確かに魔法は使えた。魔法の本の解説などもできるかもしれない。
指導に実力は伴わなくてもいいのだ。必要なのは、指導の上手さだから。
……まあ、ファエルが上手いとは限らないけれど。
「ファエル、復活!!」
結局夕方近くなってやっと起きてきたファエルは、いそいそ私の肩まで登ってきて、腕組みをした。
「さて、我の魔法に恐れを成したか? 教えてやっても良いが、そもそも素質あるわけ?」
背負子に揺られながら、私はこくりと頷いた。
「りゅー、魔法ちゅかえる」
「待て、アレやるなよ?! ああ、そういやお前は『普通のライト』を教わるのがいいかもな!」
リトの言うアレって、ラディアントンだろうか。確かに、アレは明かりの代わりにならない不便な魔法ではある。
「じゃあ、おみじゅ」
ちゃらら……と脇に伸ばした手から水を溢れさせると、ファエルが目を丸くした。
「あ、あれ? 僕ちゃんいくつ? 生活魔法と言えど、そんな早くから使えたっけ?!」
「りゅー、たぶん4才?」
「思ったより上ね?! けど、4才でも早いと思うんですけど……いや、これはまたとないチャンス? 我の弟子として世に我の名を知らしめる……」
ぶつぶつ呟き始めた様子は、なんとなくラザクに似ている。結構、似たもの同士なのかもしれない。
ひとまず、魔法について本はラザクが、指導はファエルが担当できそうだ。
目処がついてホッとしたところで、リトが背負子を揺すり上げた。
「立ってみろ。見えるか?」
急いで背負子に立ち上がってリトの背後から顔を覗かせる。一体、何が見えるのだろう。
左右に視線を走らせた時、木々の間から不思議なものが見えた。
「りと、何? あれ、何? きやきやの、何?」
傾く日の中、遠くにきらきら、きらきらと眩いばかりに輝くもの。
指さした方をろくに確認もせず、リトが私を振り返って笑った。
「海」
ものすごく端的に答えて、手探りで私の留め具を外すと、ひょいと肩に乗せた。
「うみ……」
海に当たった夕日が、私の顔まで届いてきらきらさせている。
これが、海。
本当に、水なのだろうか。ここからだと、光の塊みたいだ。こんなに眩く輝くのか。
「りと、早く! りゅー、海の側に行く!」
「どうせ着いたら夜だ。海は明日な」
「だめ! 海見に行く!」
少しでも早く、そう思うのに、リトの歩む速度は変わらない。
「夜に見に行っても、何も見えねえよ……」
「でも行く!」
はいはい、と気のない返事をするリトに腹を立てながら、私は光の塊を見つめていた。
目の中に、くっきりとその形が記憶されるくらい、ずっと見つめていた。
「――海!」
開いた口から声が飛び出し、身体が操り人形のように起き上がるのと、頭が覚醒するのがほぼ同時。
私は、きょとんと周囲を見回した。
穏やかな日が差し込みつつある部屋は、オフホワイトの壁に同系色の家具が備え付けられ、水色のファブリックが涼やかに見える。
どこだろう、ここは。
ぼうっとした頭が徐々にしっかり働き始め、首を傾げた。
私は確か、海を眺めながら歩いていたはず。
段々暗くなって、見え隠れしていた海がどこに行ったか分からなくなって、ファエルが何かずっとしゃべっていて……。
巡らせていた視線をベッドの上に戻して、リトを見る。
リトが、寝ている。ということは、夜か朝。明るいから、朝だ。どうも、私はあの後寝てしまったのだろう。
白いシーツに水色の掛け物を腹にかけ、大きなリトはベッドをいっぱいに使って寝ている。薄いシャツ一枚になった分厚い胸元が心地よさそうに上下して、無防備に弛緩した目元や口元がリトじゃないみたいだ。
四つ這いで胸の上に乗り上げた途端、『うっ』と呻いて眉間にしわが寄る。
ぱちぱちむき出しの肩口を叩くと、低く唸って両腕が顔を覆った。
「あー……、もう起きたか。今日はゆっくりしようぜ……」
寝起きのリトの声は、低くて掠れている。私がパッと飛び降りて駆け出すと、またリトが『うっ』と呻いた気がした。
「おみじゅ」
そろり、そろりと足を運んでベッドサイドまで戻り、リトに水の入ったコップを差し出そうとする。きっと、お水を飲めば目が覚めるし声も掠れない。
リトは、いつもどうやって寝ている私に飲ませていたろうか。
「どーじょ」
リトの口へコップを傾けようとした時、うっすら持ち上がったリトのまぶたが、私を認めてばちりと開いた。
「ばっ……?! 冷て……」
がばっと起き上がったリトが、注がれようとする水を身体で受け止めて、私ごと立ち上がった。
「りと、おみじゅ浴びるなない、飲む」
確かに浴びる方が目は覚めるだろうけれど。
「ああ……ありがとよ……。けど、ベッドに水は持って来るんじゃねえよ? 寝床が濡れたら最悪だからな」
リトはビタビタになったシャツにため息をついて、脱いだついでにそれで濡れた身体を拭った。
さらに私の顔もそれで拭われて閉口する。
「きちゃない……」
「うるせえわ! お前と違って俺は昨日もちゃんと身体拭いたからな?!」
そういえば私は拭いていない。もしや、夕食も食べていないのでは。
だけど、まずは海だ。
せっかく起きたと言うのに、リトはぼさぼさ頭をかき混ぜ、ぼうっとベッドへ腰掛けている。
「りと、りゅー海行く! 海!」
ぐいぐい手を引いても、びくともしない。
「裸で連れて行く気かよ。お前も服着ろ」
その間寝る、なんて言ってごろりと転がってしまった。
見れば、確かに私はいつの間にかシャツ一枚。大慌てで服を引っ張り出しにかかったのだった。
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