第101話 ファエル 

ファエルが、丸くなった。

ボールに手足が生えたみたいだ。

「うっ、つつくな、揺らすな……うっぷ。我の胃酸によりて崩壊した食物残渣ブレスを食らいたいか!」

それは吐息じゃなくて嘔吐だ。

獲物の処理も相まってかなりのんびり昼を過ごした私たちは、日が暮れるまでに距離を稼ぐべく、足早に街道を歩いている。とは言え、私は相変わらず背負子の上なのだけど。


「そこで吐いたら、捨てて行くからな」

「ピイッ!」

リトが心底嫌そうな顔をして肩越しに振り返った。ペンタまで抗議するように鳴く。

私は慌ててリトの肩に乗せていたファエルを胸元に抱え、後ろを向いて背負子に腰掛けた。せっかく連れて行っていいことになったのに、そんなことで放り出されてはイヤだ。

「ふぁえる、いいこにして。ぺんたも、仲良くね」

「ピィ」

「はあ、我満足なり。うむうむ、かようなおチビに抱えられるは不本意なるも、ついて行くはやぶさかではない」

ファエルの方は、聞いているのかいないのか、随分幸せそうにころころしている。


「けっ、ゲテモンが楽しやがって! 羽があんだから飛べよ!」

後ろを歩くラザクが、相変わらずブツブツとファエルにも文句を言っている。

「ふぁえる、飛べない」

「は? じゃ何のために4枚も羽があんだよ! 心底何の役にも立たねえ生き物だな」

それはラザクもそんなに変わらな……ああ、でもラザクは料理ができるんだった。

「ちょ、ちょちょちょ! 語弊があるんですけど?! 我、飛べなくはないんですけど?! 今飛べないだけで!」

そうなのか。飛べないから投げるなって言われたから、てっきり。

「どうちて、今飛べない?」

ずっしり重いファエルを目の前に掲げて首を傾げると、ファエルはフンと胸を張った。


「そりゃ、魔力がスッカラカンじゃ、いくらルミナスプと言えど無理ってもんよ。今の我、ただのカエルと大差ないわ」

「胸張って言うなって――あン? お前、ゲテモンのくせに魔力なんざ持ってんのか」

私とラザクが揃って目を瞬くと、ファエルも同じく目を瞬いた。

「……え? 我、ルミナスプって言ったよね? なんでそんな『ヤダ意外~!』みたいな反応されるわけ?」

「知るかよ、そんな種族! 何を知ってて当然みてえに」

「は? え? 知らない? 至高の気高きルミナスプを?! ちょっと、そこの一番まともそうな兄さん、言ってやってよ!」

ファエルが私の肩へぴょんと飛び乗り、垂れたリトの髪を力任せに引いた。


「うっ……ぜぇ~~!!」

がくんと頭をのけ反らせたリトが手を伸ばすより一瞬早く、ファエルを回収する。

まったく、ファエルもラザクもリトを怒らせることばかりする。だから、私がなだめるしかない。

「りと、いいこね、いいこ」

立ち上がって背中から太い首に腕をまわし、ぎゅうっと首筋に頬を押しつける。そうすると、リトはちょっと大人しくなるから。

「……適当言ってんじゃねえよ、もっといい感じに褒めろっつうの」

リトはむくれつつ、片手で私の頭を固定してぐりぐり顔を擦り付けた。少しばかり痛いけど、これは嫌じゃない。


「おいおい……甘えテクを身につけだしてんじゃねぇか。こりゃ中々モノになんじゃねえか……?」

「我もそう思う。末恐ろしいことよ」

意気投合しているらしい二人を尻目に、ルミナスプについて聞いてみる。

「ルミナスプなあ。あんまし覚えてねえけどよ、確かに魔力に長けた種族だった気はする。っつうか、魔力がねえとちっせえし弱いし、ただの虫だろ」

「虫ぃい?! 外骨格はイヤぁ! 我、立派な脊椎動物よ?!」

むせび泣くファエルは、変なところでこだわりがあるようだ。

「記録館――ああ、お前は図書館っつうんだっけか。オリオトスはまあまあでかい町だから、似たような施設はあるだろ。気になるなら、そこで調べてみりゃいい」


図書館! そうか、次の町にもあるのか。

「りゅー、一人で図書館行く!」

「んー……まあ、近くに宿を取るか……。お前、あそこに入ったら出てこねえし、むしろ安全かもな」

「記録館、書物の宝庫! もちろん我も行くとも! チビには我がついていてやろう」

「カエルがいて何の役に立つんだ……」

リトは胡乱げな目をしているけれど、私は読書仲間ができて嬉しい。

「ふぁえる、本好き?」

「誰に向かって言っておる? 我と言えば本、本と言えば我! 読書のために最適化したせいで、地中で眠る羽目になったこの我だぞ!」


全然分からないけど、とりあえず本は好きらしい。

適当に頷いて、まだ見えない町を探して視線を遠くすると、ファエルは慌てたように視界に割り込んできた。

「ちょっとちょっとぉ! 今、すごく気になる感じだったよね? 会話はキャッチボールよ?! 返して? ちゃんと投げ返して?!」

ファエルは両手を招くようにくいくいさせて、じいっと私を見つめている。

「……りゅーも、本好き」

「ちっがーう! このド下手くそ! あさっての方に投げるんじゃない!」

ファエルは、ぺったんぺったん地団駄を踏んで怒ったのだった。



「――でさ、我ホントどうしようかと思って。この英知の結晶たる我が、こんな所で頭空っぽ下等生物の糞になるなんて……そう絶望していた時! 突如光が降り注いだ!!」

ああ、やっとワニのシーンまで来たらしい。降り注いだのは水だと思うけど。

半分夢の中で、私はひたすら続くファエルの半生を聞いていた。

なんとなく、ルミナスプについても分かった気がする。


ファエルは優秀なルミナスプ故に知的好奇心が高く、読書に明け暮れていたせいで、いつの間にか周りからは一目置かれた近寄りがたい存在になってしまったのだとか。

翻訳すれば、本ばかり読んでいたせいで、落ちこぼれて人が離れて行ったということだろうか。にもかかわらず、ファエルはいかに効率的に読書できるかに執着していたらしい。


やがて、長期間生理現象を抑えられるという、冬眠を模した魔法をアレンジして……まあ、想像の通りだった。

それで、土の中にいたのか。

だけど、とても、とても大事なことが分かった。

だけど、とても、とても、私は眠い。

まだ話続けているファエルの声を子守歌に、ついにまぶたが下りてきた。


起きたら、確かめよう。

忘れないように、目が覚めたらすぐに。

だって、この話が本当なら。飛べるだけじゃない――。

ファエルは、魔法を使える。

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