第90話 ダメなこと

「満足そうな顔してんじゃねえぇ! 一人で食う量じゃねえだろが! 見ろよその腹!!」

失礼な、私はちゃんとラザクにも少し分けてあげたのに。

リトにもひとくちあげたし、ペンタは欲しがらなかったからいいだろう。

「りゅー、らざくにぷいんあげた」

「ふざけんな! あんッなスプーンの先に色がついた程度、何も分かんねえわ!! 今度は絶対てめえが寝てから食ってやる! 俺が独り占めしてなぁ!!」

大人げない。でも私も今はもういらないから、好きにすればいい。


「おい、お前だけが食うモンに俺の食材を使うな」

リトがじろりとラザクを見やった。確かに、それはそう。

「ウッ……いやまあそうなんスけどね、もちろんリトの分は作ってやるから!」

「……夜中にお前と二人でスイーツ食いたくねえわ」

むしろ迷惑そうな顔をしたリトに、首を傾げた。


夜中に、リトと半分こして食べるプリン。

時々ぱちっと鳴るたき火の前で、リトはきっと私に毛布を巻くだろう。

今度は独り占めしないよう、先に半分にしてから私に寄越すに違いない。

火明かりがゆらゆら、プリンもゆらゆら、揺らしてまた怒られるかもしれない。

だけど熱くもないし、喉に詰まることもないのだから、リトの小言も少ないだろう。せいぜい、『ゆっくり食え』だろうか。


プリンならすぐ食べてしまう私が、空になった器から顔を上げ、じっとリトを見つめる。そうすれば、リトはきっと苦笑してスプーンを私のほうへ差し向けるのだ。

冷えた夜の空気と炙られた顔の熱さが、毛布のチクチクしたぬくもりが、まだほの温かいプリンの感触が。そして、私を見つめる穏やかな銀の瞳がありありと浮かんで、ふくりと頬が緩んだ。

とても、いいと思う。

リトは何が嫌なのだろうか。嫌がる理由なんて――


ハッとした。私の視界の中では、まだブツクサ言っているラザク。

そうか、相手は私じゃない。

毛布を巻くのも、半分こにするのも、スプーンを向けるのも、私じゃないのか。

ラザクに、それをするのか。

そう思った途端に、やわやわした気分が霧散してしまった。

焦燥に駆られ、急いでリトの腕を鷲づかんで、ぐいと引っ張る。


「りと、らざくと食べただめ!」

唇を引き結んで見上げると、リトがいつもの顔で苦笑した。

「分かってるっつうの。独り占めにはさせねえし、二人で全部食っちまったりしねえよ」

『お前は全部食ったけどな』とリトが私の頬をつまんで笑うと、ほうっと体が楽になる。大きくへの字になっていたはずの口元から、力が抜けた。

リトは、笑うととてもいい。

人が笑う顔はとてもいいけれど、リトは特別にいいと思う。


「お前、あんだけ食ってまだ足りねえのか? もうダメだぞ、明日の朝な」

大きな手で髪をかき回され、落っことされそうになったペンタが小さく不平を言った。

そういう話だったろうか? 私はしばし口をつぐんで考える。

違った気がするけれど、まあいい。リトがラザクと夜の半分こをしないなら、それでいい。

組んだ腿の上に無理矢理乗り上げると、ちゃんと平らになって私を受け入れてくれる。ラザクは、きっとこんなことはできないだろう。


「りとは、りゅーとぷいん食べる」

満足して宣言すると、リトが私の背中にのしかかって笑った。

「おいおい、さすがにあいつにもくれてやれよ?」

「てめ、俺にだけ寄越さねえつもりかよ?! っざけんな、べそかく羽目になるからな?!」

べそをかくのは、どうせラザクなんだろう。

ぷいと視線を逸らし、これ見よがしにリトの腹にしがみついてみせた。


「……はぁーん? 全て把握した」

ラザクが、ふいに何かを悟ったような顔で頷いた。

「容器はひとつしかねえんだ。しょうがねえからお前には、夜にリトと食うプリンをやろう。半分こだ、いいな?」

こくり、頷いた私にラザクも重々しく頷いて続ける。

「で、俺様は一人で朝にプリンを食う。それでいいな?」

それでいい。頷いた私に、ラザクもにんまり笑う。


「なんでそうなる、一人で食うなっつったろうが」

口を挟んできたリトに、ラザクがやれやれと肩を竦めて見せた。

「分かってねえなあ、こいつはそうしたいんだよ。仕方ねえだろ? 俺はリトと半分ずつで構わねえんだけど――」

「だめ」

ほらな、と得意げな顔をするラザクと、ちっとも分かっていないリト。どうして分からないんだろうか、こんなに当たり前にダメだと思うのに。

「意味が分からん……」

「経験値の差よぉ! 腹立つから絶対教えてやらねえ~!」

ラザクがちっとも良いと思えない笑みを浮かべ、その額にはリトの投げたスプーンが命中したのだった。



「らざく、逃げただめ。あむない」

町が近づくにつれ、目に見えてそわそわし始めたラザクに釘を刺しておく。

「に、逃げるわけねえだろぉ?! つうか、危ないってどういうこった」

「りと、ナイフ投げるの上手」

「仕留めようとしないで?! もっと穏便に止めて?!」

だって、それが一番手っ取り早い。怪我は治せるのだし。


「逃げると、宝のレシピが手に入らねえけどな」

「ウッ……確かにあれは金になる……!! 王都一の店だって夢じゃねえ!」

ラザクがぶつぶつ考え込んでいるけれど、そもそもリトがいる時に逃げるのは無理だと思う。

「じゃあ、れちぴ必要」

「分かってんよぉ! けどお前、いくら記憶に自信があるっつっても、あとどのくらい知ってんだよ。作ったこともねえくせに、そんなに覚えられんのか?」

それはもう、ラザクが一生かかっても作りきれないほどに。


だけど口を開こうとした所で、リトが私の口に蓋をした。

「情報はやらねえ。契約を交わしてからだ」

一応、私は記憶力がいいとだけ伝えてあるけれど、そうか、これも重要な情報のうち。


「エット、それってもしかして、契約の中に守秘義務的なのが入ったりなんて……」

「入るに決まってんだろが」

「なんでだよぉ?! せっかく色々リトの情報も手に入ったのに!」

ラザクが憤慨した途端、リトがその顔を鷲掴んだ。

「……お前に情報を渡した覚えはないが? 何か知ったなら仕方ねえ……残念だな、契約は必要なさそうだ」

私に向けた大きな背中から、ひりり、と喉の奥が張り付くような空気が漂ってくる。

ラザクの顔が、紙のように白くなった。


「ち、ち、ちが、そんな凄ぇ情報じゃ……! カティーにはミルクを入れる派だとか! 石けんの種類だとか! 寝る時の格好だとか!」

ラザク、そんな情報を集めていたのか。リトの生態図鑑でも作るつもりだろうか。

「…………うぜぇ……くだらねえ……」

両手で顔を覆ったリトが、がくりと項垂れている。

知られたく無かったんだろうか。少し責任を感じて、小さな手でそっと頭を撫でた。

何しろ、寝る時の格好を伝えてしまったのは私だ。


「りと、めめなさい。りゅー、ちょっちょだけ教えた」

そのくらいの情報なら、大丈夫だと思ったのだ。今後は、リトに関することは何も口にすまい。

「あー、問題ねえよ。どうでも良すぎて疲れただけだ」

どこか哀れみを込めた視線を受け、ラザクがすっかり顔色を戻して憤った。

「俺だってどうでもいいわ! 好きで集めてねえからな! 奥様方が絶対ぇ喜んで金払うんだぞ!!」

「どうちて?」

「俺が知るかよぉ! 顔が良けりゃなんだって飯のタネになんだよ! 俺様の情報は、誰も買わねえくせによぉ!!」

それはいらない。

なるほど、と頷いてリトを見上げた。


「りゅーは? 顔がいい?」

仏頂面していたリトが、ふっと吹き出していつもの顔に戻った。

「お前は抜群にいいぞ! 俺みたいな野良とは違う、すげえ美人になるぞ!」

そうか、抜群にいいなら、きっと飯のタネになるに違いない。私がもし上手に剣を使えなくても、顔がいいと何とかなるかもしれないのか。

そして、リトとお揃いだ。大きな手に髪をかき混ぜられながら、少し口角が上がった。


「……確かに。こいつは有望株間違いねえ。やはりついて行く方が得策……」

またぶつぶつ言い始めた所を見るに、何の反省もしていない。

やはり、契約は入念にする必要がありそうだ。

私たちはどちらともなく視線を交わして、ちょっと笑ったのだった。





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大丈夫だよ、リュウ……。リトがラザクにそれをやることはないから……

そして3等分して食べればいいとは決して言わないラザク。

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