第88話 別世界の

「どーよ、これがラザク様の力ってわけだ! とんだ贅沢だろ?」

偉そうにふんぞり返っているラザクの前には、3人分の朝食がセッティングされている。

パン・ミルク・果物、それと時々スープ、それが普段の朝食。シンプルだけれど他人の朝食と比べれば、とりわけ上等なくらいだと知っている。もちろんそれに不満はなかったけれど、これは……。

「しゅごい、贅沢」

「おー、朝から張り切ってんな」

感心したように顎を撫でるリトが腰かけ、私も大きくうなずいていそいそ丸太に腰かけた。


昨日の腕前を見て、リトはラザクに食事の裁量権と調味料を渡すことにしたらしい。

食料は全部渡すと逃げるかもしれないから、その都度渡すのだとか。調味料は塩さえあれば、なくなっても困らないらしい。確かに、リトは塩しか使わない。

「これ、なに?」

「何って、パンとスープだ! ただし、スペシャルな! いや~調味料がふんだんに使えるって最高ッ!」

「ぱん……?」

私は、目の前のプレートを眺めた。スープは、分かる。かき混ぜるまでもなく、小さくサイコロ状にカットされた根菜類がたっぷり浮き沈みして、私の知るスープより随分綺麗に見える。ラザクはあんまり綺麗ではないけれど、ラザクが作る料理は綺麗だ。


だけど、パンと言われたものは私の知っているパンではない。

焦げたのだろうかと思ったけれど、ちょっと違う。小さくカットされたパンは、てらてら茶色に光って、しっとりしている。隣を見ると、リトの分は大きいパンを2つにカットされただけ。私の方がこんもり盛られてたくさんあるように見えて、いいと思う。

「フンッ、こいつはなぁ、俺様特製カリカリミルクパンだ! 俺のとっておきの日用のご馳走が、こーんな手軽に食えるとはな! ガキが嫌いなはずねぇ、俺様に感謝してひれ伏しながら食え!」

ラザクは、どこか嬉しそう。作るのは、楽しいのだろうか。


「柔らかいからな、てめえはナイフとフォークで食え。ガキは好きに食えや」

リトがさっそくパンを手に取ろうとしたら、ラザクからそう釘を刺されて面倒そうな顔をする。

渋々ナイフとフォークへ手を伸ばすリトを横目に、スープをぐるぐるかき混ぜた。

ふわっと具材が舞い上がって踊り、形がそろっているだけでこんなに印象が変わるものかと感心しきりだ。

用意された大きな丸いスプーンへたっぷりすくい、ぱくりと口の中へ迎え入れる。

温かい塩気が、起き抜けの体にじんわり染みわたる。

ただのスープが、ただのスープじゃない。口へ入れた具材がほろりと崩れ、含んだスープの味を様々に変化させていく。


塩辛くも薄くもなく、具材が固くもなく、熱くもなく、温かい。

たっぷり含んだエキスを示すかのようにほんのわずかにとろりとして、なんだか分からないけれど、すうっと鼻に抜けるいい香り。

色々なものがちょうどよく収まると、スープは割とご馳走になるらしい。

感じる全ての『美味しい』を堪能していると、ぱり、と隣から小気味いい音がした。


「おお……?」

パンにナイフを入れたリトが、思わず小さな声を上げる。

「ぱん、ぱりぱり?」

そういえば、カリカリパンだと言っていた。固いのだろうか? 不思議そうな顔で口へ運んだリトが、目を丸くした途端、たり、と私の口の端からよだれが溢れた。

美味しい、きっとあれは美味しいの顔だ。

慌ててフォークを手に取って、小さくカットされたパンへ突き刺した。


パリ、とまるでパンではないような感触がしたものの、案外するりとフォークが刺さる。

「――っ!」

固いだろうと噛みしめた歯をあざ笑うかのように、パリとろ、と未知の感触を私の舌が感じ取る。

そして、甘くて、ほろ苦くて、甘くて、柔らかくて、温かくて、パリリとして。

まだ、甘い。

今ばかりは、ラザクの腹立たしい得意顔も気にならないほどに。

「お、おいし、い……!」

「だろうがよぉ!」

鼻の穴を膨らませ、ラザクがニヤアと笑う。

卵は入っていないけれど、フレンチトーストに近いものだろうか。表面のパリパリは、飴に似ている。


「これは美味いな……けど、材料を使い過ぎじゃねえのか? 今回は遠くねえけど、町へ着くまでの野営が多い時もあるんだぞ。これに慣れてからの草スープは堪えるんだが」

「はーん! 俺様がそんな簡単なこと考えてないとでも? そもそも、これだって材料は普段のパンとバター、ミルクにスープだろうがよ。砂糖は使ったがな、その辺は俺様のさじ加減よぉ!」

「普段と、いっしょ?」

驚いて空になったプレートを眺めた。砂糖を足すだけで、こんなものが出来上がるんだろうか。


「お前、なんで情報屋やってんの……?」

リトのセリフに私も大きく頷いた。レストランをやれば、すぐに繁盛店になるんじゃないだろうか。

「そりゃ、元手ナシに一番簡単に金を稼げ……。ンンッ、俺様もまぁ、苦労してるわけ。店を開くにも、先立つモンの用意がいるだろぉ? だからこそ――」


ふんふんと聞いている私を尻目に、リトはすぐさま興味を失って片付けなど始めている。これは、聞かなくていい話らしい。

片付けられてしまう前に、急ぎ両手でプレートを取り上げた。しみ出したミルクとバター、そしてパリパリの欠片。リトはこういったものを頓着なしに片付けてしまうから。

次の食事……昼は、きっと休憩所であまり時間もない。じゃあ、ラザクの食事はお預けだろうか。

「聞けよ! 皿を舐めるな!」

「りゅーの!」

大事に味わっていたのに! ふいに取り上げられて、私は大層不貞腐れたのだった。



「――おいリト! ってわけで残りの食材寄越せ! 俺様のさじ加減も在庫が分からねえと、どうにもならねんだからさぁ」

馬車に乗ってから、ラザクが事あるごとにそんなことを言っている。

私は、何度も繰り返される似たような問答を聞き流して、ころりと口の中の飴を転がした。

機嫌の悪い私に、ラザクが寄越した小さい飴。ドライフルーツが中に入って、棒が刺さっていた穴が開いている飴。口へ入れた途端、棒を引っこ抜かれてしまった。なぜ棒付きではダメなのか。

「だから、町へ着いてからな。急ぐ必要ねえだろ」

鬱陶し気なリトの取りつく島もない態度に、なぜ町? と考えてぽんと手を打った。なるほど、魔法の契約とやらを交わしてからなのだな。

「い、いやあ、俺にも食材管理の責任ってものが……。そういったことは早く済ませた方がいいってもんよ?」

そして、しつこく縋るラザクは本当に食料を持って逃げそうだな、と思う。


忙しく口の中を移動する飴が、カロコロ歯に当たって音がする。

まだ、ドライフルーツは出てこない。噛んでしまいたい気持ちを押し殺し、大事に大事に少しずつ舐め溶かす。

ラザクは、お菓子も作れる。すごいことだ。

私は、何も作れないのに。

そこで、ハッと気が付いてまだ何か言っているラザクを思い切り引っ張ってこちらへ向けた。

「いででで?! 何この突然の暴行?! ヒゲを引っ張んな、髪もだ!」

「りゅー、おようり知ってる。ちゅたえたら、らざくちゅくれる?」

喚く一切を無視して、目いっぱいの期待を込めて見つめる。これは、絶大なる可能性の話……!!


「ハア? 食いてえもんのリクエストってことか? ま、ラザク様に作れないものなんて――」

「ちやう、れちぴ! りゅーが、れちぴ知ってるから!」

リトが、なるほどとこちらを向いた。

「いいのか? お前のそれは金になる知識だぞ? こんなやつにくれてやるのか?」

「いい! だって、りゅーが食べたい」

それに、レシピなど、それこそ星の数ほど手持ちがあるのだ。ただし、材料があるかどうかは別だけれど。


リトは少し思案して、きょとんと私たちの顔を交互に見るラザクへ向き直った。

「お前、レシピ買う気ある? 借金上乗せ、してやろうか? 多分、知らねえ料理が色々あるぞ」

私を見て、リトがにやりと笑う。

そう、きっとある。別世界かと思うようなレシピの数々が。

腕を組み、脚を組み損ね、私も真似してにやりと笑ったのだった。






------------------------


中々更新できず……!!

多分もうすぐ「もふしら」の方の書籍化作業が入ると思われ……そうなると更新かなり不安定になるかも!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る