第87話 リト限定の嫌な予感

美味しかった……いつものお肉のはずなのに、こんなに変わるのか。

「らざく、明日もごはんちゅくる」

次の町へ行くまでは、どうせ一緒なのだろう。だったら、食事はラザクが作ればいい。

「え~でもぉ、リトが何て言うかぁ~。俺はさ、当然お前のためにそうしてやりたいんだけどさぁ~」

ちら、ちら、とリトを見ながら、ラザクがもじもじと不審な動きをしている。

そして無反応なリトに焦りの表情を浮かべると、私の方を向いて『もっと』としきりに身振り手振りしてくる。


「……? こえからも……飯は、うまい方が……らざくがちゅくった方が? いいとももう……?」

グッと両方の親指を立て、ラザクが上出来! と満面の笑みを浮かべる。このくらい、造作も無い。今の私は画像データの記憶もできるので、大体の口話は理解できる。

「そっかそっか、チビ助の頼みとあっちゃあラザク様も折れるしかねえなあ? そうだ、こうしたらどうだ? 俺様の支払い分、タダで飯炊き係をやってやらあ!」

「それはタダって言わねえよ」

やっとこっちを向いたリトが、いかにも面倒そうな顔をしている。

「りゅーの分、そえでいい!」

「よしッ!! 聞いたかリトぉ! 言質は取ったぞ!!」


わはっと飛び上がったラザクが、私の手を取って器用に踊り始めた。

「言っとくがそれはリュウの分だ。俺はそんな悠長に待たねえからな? 次の町でさっさと払えよ」

リトのじっとりした視線が注がれ、ラザクがぎくりと動きを止める。

「えっとぉ、その件についてお耳に入れておかなければいけないことがありましてぇ」

大汗をかきながら揉み手をするラザクに、その場には誰もが感じ取れるほど『リト限定の嫌な予感』が漂ったのだった。



「――は?! なんでだよ?! お前、曲がりなりにも情報屋やってたんだろ?!」

私は、鍋に残っていたスープをすすりながらリトを見る。

「たりめえよ! その日食うには、十分すぎるくらいの金はあったんだよ!」

それは、十分あるって言えるのだろうか。私は、居直って胸を張るラザクを見る。

「その日暮らしかよ! ギルド貯金くらいあったろうが!」

「だーから、手持ちは『金の角』の奴らにバッタリ会ったから……くれてやってぇ。そうこうするうちにお前いなくなってるし、このまま町に居たら俺やべえってなったからぁ、なけなしのギルド金全部下ろしてぇ」

確か、『金の角』はおかみさんの所で大量注文した冒険者たちだったはず。どうしてお金をあげてしまったんだろうか。


「なんで俺が居ないことと、お前が関係あるんだよ」

「いやいや大ありよ?! だってあいつらお前に一杯食わしてやろうとしてたんだぜ? 大親友のラザク様なんだから、付け狙われるわけよ!」

「お前が勝手に掘った墓穴だろうが。あとそれ、俺は関係ねえな。……あの後ちゃんとオハナシしたからな。お前が付け狙われるのはお前のせいだ」

「アッ……だからあいつら一時姿見なかっ……リト怖ぁ!! いやいや、それってリトの分の鬱憤も俺様に向いてんじゃねえ?! どうりで金渡したのに随分しつこいと……!」


じゃあ、ラザクもきちんとお話すればいいのに。私はぬるくなったスープを煽って、とんとんカップのお尻を叩いた。

そういえば、ラザクは案内人と揉めてお金を取られて……剣すらないのでは。つまり――

「無一文かよ……」

「その通り!」

妙に爽やかな笑みに、リトの額に青筋が浮かんだ。



「――いいか、野外だけだからな? 町でついて来んな。あと俺はお前の護衛じゃねえ、襲われても捨てていくぞ」

どうやら、話がついたらしい。

おやつのドライフルーツをしゃぶりながら、私は小さくあくびをした。

なるほど、ラザクはリトといた方が外を安全に移動できるんだな。しかも食事にもありつける。

移動中はリトの側にいたいラザク、ラザクにごはんを作ってもらいたい私。そして、ラザクとは一緒にいたくないけど、お金を踏み倒されるのは腹が立つリト。

結局、借金返済まで野外移動中だけ行動を共にすることになったらしい。

だけど、それだと――


「町にちゅいたら、らざく逃げる」

「なっ、おまっ、ちょっ……!!」

面白いほどに慌てふためいたラザクが、私の口を押さえた。

「お前、割とよく分かってんじゃねえか。その辺は大丈夫だ、契約所で手続きするからな」

「エッ……」

ラザクも初耳だったらしい。だけど、契約書なんて守るようには思えないけれど。

「らざく、契約書ちちんと守る?」

「契約所、な。魔法の契約をする場所だ」

口をパクパクさせたラザクは、じろりと睨め付けられて素早く視線を逸らした。


「そ、そろそろチビ助はねんねの時間だな?! さー寝ろ寝ろ!」

ふいにカップを取り上げられ、頷いて目を擦る。

手を引かれるままに立ち上がって歩き出したところで、おい、とリトの低い声がした。

「テントに入るつもりじゃねえだろな? 絶対入れねえからな?!」

「でもリトぉ、割と外寒くってぇ。俺様病気になったら借金も返せねえしぃ」

もう少しでテントだったのに、呼び止められて私のまぶたが段々重くなってくる。

「知るか! お前がいるテントなんて絶対入らねえからな!」

「じゃあそうしていただいて……」

「ふ・ざ・け・ん・な!!」


リトの押し殺した声が聞こえたなと思った途端、かくっと膝が折れ、温かい腕にすくい上げられる。

私を抱き上げたリトが、ラザクの首根っこを掴んでぽいと放り捨てた。

らざく、病気になったら私が困るのだけど。半分も開かない瞳で見上げると、リトはため息をついて乱暴に収納袋を引っかき回し、大きな袋を取り出した。

振り向きざまにラザクに投げつけると、割と鈍い音がした。

「ぐおっ?!」

「その分もツケとくからな!」

言い放ってテントを閉めると、どかりと座って再び深々とため息がこぼれる。


私は寝床を引っ張り出して潜り込むと、ポンポンと隣を叩いた。

「りと、おいで」

眉間にしわを寄せていたリトが、ふっと吹き出して四つ這いでやってくる。

「何だよ、俺は今機嫌が悪いぞ?」

言いながら肘をついて隣で体を横たえ、私の頬をつまんだ。

知っている。だから、私が大丈夫にしてやろうというのだ。

ひとまず、急がなくてはいけない。

だって、私の充電がもうすぐ切れる。


ともすれば落ちそうなまぶたを押し上げ、垂れたリトの髪をたぐり寄せた。

「こら痛えわ、引っ張んな」

苦笑するリトに構わず、引っ張り寄せた頭を胸に抱え、よしよしと繰り返し撫でてみせる。

「らいじょうぶ、らいじょうぶよ」

ほら、大人しい。

「泣なないよ、マ……りゅーがちゅいてる」

ぴくりとしたリトが、腕の中で顔を上げた。

「泣いてねえわ、ばーか。怒ってんだよ」

そうだった。でも、リトはいつもの不貞腐れ顔になったから大丈夫だろう。


ひとまず、機嫌がなおったならもういいか。

「……それ、俺じゃねえな。誰だよ」

シャットダウンの寸前、リトが不服そうに私の頬をつまんだ。

おや、真似をしているのがばれたらしい。

「おかみさん」

「ああ……どうりで」

宿のおかみさんは、こうして子供をなだめていたのだ。だから、きっと合っているはずなのだけど。

「ちやう?」

間違ったろうかと首を傾げると、リトはごろりと仰向き、私を腹の上に乗せた。


「違うっつーか……まあ、いいか。お前だし」

思いのほか心地いい声音に顔を上げると、リトが口角を上げている。

そうか、じゃあ。

なんとか手を伸ばし、リトのおでこを撫でる。

ふっとリトの笑う音がする。

「手、あっつ。無理すんな、寝てろ」

機嫌が良さそうだな、と半ば夢うつつに思ったのと、私の頭がリトの顎に落ちたのはほとんど同時だった。

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