第81話 テントの中で
ざく、どん!
それだけで、地面に深々と埋まった。
頭だけ出したひやりと冷たい金属は、私がいくら引っ張っても不思議なくらいビクともしない。
他の人がトンカンしていたのは、きっとこれなんだろう。リトは地面に軽く杭を刺し、足裏で踏みつけるだけ。さすが、すごく重いから簡単にできるのだ。
刺して、踏む。あっという間だ。しげしげ眺めて、我に返った。
「りと! りゅーも、りゅーもやる!!」
このままでは全部リトがやってしまう。
慌てて飛びつくと、危ねえと怒られた。
「やるっつったって……まあいい、好きにしろ。刺す位置は分かるか?」
大丈夫、テントの構造は簡単で、私の知識と相違ない。ワンポールテントというやつだろう。この杭は、テントを固定するためのもの。
知っているとも、地面に対し60度から90度の角度で打ち込むのだ。今、記憶倉庫で見た。
意気揚々としゃがみこみ、杭を地面に突き刺し――いや、突き刺したはずだった。
「……?」
リトが持っていた杭と同じものなのに、なぜか刺さらない。穴すら空かない。
私の杭は重いのだろうか、何度やってもぱたりと倒れる杭に首を傾げていると、リトがやって来た。
気付いた私は、伸ばされた手を遮るように背中を向け、杭を隠す。
「りとだめ! リューがやる」
「そうかよ。なら、お前が持て。力入れろよ――」
杭を持つ私の両手の上を、リトの大きな右手が覆った。
せーので振り下ろした杭が嘘のように地面にめり込んで、握っていた私の手が地面についている。
何かコツがあったんだろうか。後は自分でやるとリトを追い払って、えいと踏みつけてみた。
……ビクともしない。
何度踏んでも、私の足裏が痛くなるだけだ。やはり、道具を使わなければ無理らしい。
私が四苦八苦している間に、リトがふらっとどこかへ行ったと思ったら、長い棒を持って帰って来た。なるほど、テントを持ち上げるポールは現地調達なのか。
「……で、お前は何遊んでんだよ」
木刀で一生懸命杭を叩いていた私は、じとりと睨み上げた。
どうやっても杭が地面に入って行かない。石につかえてるんじゃないだろうか。
ここはリトの重さが必要かもしれない。
私は諦めて杭に足を乗せ、リトを手招いた。
「りと、ここに足。ぎゅってして」
「できるかっつうの。お前の足が潰れるわ」
さっきみたいに私の足の上にリトの足を乗せようとして、また怒られた。
私を退かせると、リトが杭の上に足を置き、その上に私の足を重ねる。不安定な姿勢に、リトのズボンを掴んでバランスをとった。
「じゃあ、いくぞ?」
「だめ! りゅーが! りゅーが言う! ……りと、いくじょ? わん、ちゅー、しぇーの!」
ぐっと踏み込んだ足が、すとんと下がる。……なんたる快感。
いとも簡単に地面へめり込んだ杭は、もう何があっても抜けそうにない。おや、抜くときはどうするんだろうか。
「ちょっと離れてろ」
リトが長い棒を持って大きな布地の中へ潜り込むと、テントがむくりと起き上がった。
すごい……ふわっと私の頬が熱くなって、小さな胸は響く鼓動でいっぱいになった。
あっという間に小さい家になっている。まるで、ペンタ部屋みたいに持ち運びできる部屋だ。
宿に泊まらなくたって、ずっとこれでいい。
はたはた動く布に触ろうと足を踏み出すと、布地だか紐だかが私の足を引っかけて前へつんのめった。
「おい、ポールが折れるだろ。テントに乗るな」
ばふ、と私の体を受け止め、テントが凹んで傾いた。慌てたリトの声と共に布地がぐいと持ち上がり、私の体がはじき返される。まるで、逆再生のように体勢が戻って、ぱちりと瞬いた。
……もう一度やりたいけれど、怒られるのだろうな。
まるで察したように『ダメだ』と聞こえ、渋々諦めた私は、それなら中に入ろうとテントを回り込んだ。
回り込んで、回り込んで……
「りと、りと? りとどこ?」
『何言ってんだよ、中に居んだろ』
そうじゃない。
段々早くなる足は、もはや駆け足だ。だけど、いくらテントをぐるりと回っても、入口が現れない。
まさか、これも魔道具だろうか。何か特別な手順があるのかもしれない。
右周りをしても、左回りをしても変わらない。
金庫のように右2、左3……のような暗号があるのかも。だとすると、もうお手上げだ。私は散々ぐるぐる回ってしまったもの。
「りと! りと! りと!!」
「何だっつうんだよ……お前は猫の子か。鳴いてねえで入って来いよ」
必死に呼びかけると、めんどくさそうなリトの顔が布地の途中から突き出した。
急いで駆け寄ってリトを捕まえると、そこは入口ではなかった。ただ、布を切ったような場所。
「りと、テント切った?」
「切ってねえわ。これが出入口だ」
そうなのか……。てっきり、扉とは言わなくとも出入口があると思ったのに。
それは、単に布の重なりのように見えた。分からないはずだ。
テントの中は、かなり暗い。靴を脱いだ足元はすべすべかつ、でこぼこする。ポールは既に真ん中に据えられ、テントを立体的に支えていた。
宿のように広くはないけれど、跳ねたり動き回ったりするスペースは十分、やっぱりこれでいい。
時折出たり入ったりしつつ、テントの設置と収納物品の整理をしたリトが、小さな花瓶のようなものを取り出した。随分窮屈そうな姿勢で天井にそれを取り付けると、ぱっと視界が白くなった。
ぎゅっと目を閉じて再び見上げると、裸電球を思わせるランプが、ささやかな輝きでテント内を照らしていた。
あんなに眩しかったのに、今見るとろうそくほどの灯りでしかない。電球の中には何の機構もなく、ただ光の玉がふわふわ揺れている。
捕まえられないと思っていた光が、捕まえられている。
魔法……不思議だ。
フィラメントにラディアントンを使えば、きっと魔力で輝く電球はできる。だけど、それは魔法物質であっても、どちらかと言えば化学のやり方。
私が科学の思い込みを捨てられたら、もっと便利に魔法を使えるだろうか。
こんなにも膨大なデータがあるのに。
想像力があれば、きっと、凄まじい結果をもたらせるのに。
誰かの想像の結果なら、いくらでも出せるのに。
小さな光の玉は、強弱をつけながらガラスの中で輝いて漂っている。まるで、生き物みたいに。
どのくらい佇んで光を見つめていたんだろうか。振り返ると、視界が真っ暗になった。
平衡感覚を失ってぐらりと傾いた体を、大きな手が支える。
幾度か瞬くうちに、真っ暗から徐々に薄闇へ順応してリトの顔が浮かぶ。
「りと、あれ、いきもも?」
「生き物? ランプが? ああ、中の光な。言われてみれば動いてるもんな」
だけど、やっぱり生き物ではないらしい。少しホッとして、もう一つ質問を重ねた。
「魔法、いきもももちゅくれる?」
「作れね……あー、どうだろな? 作れねえって言いきれねえとこもあるな」
どういうことかと首を傾げると、リトは自信なさげに頭を掻いた。
「俺は向いてねえからあんま知らねえけど、召喚獣なんかは『仮初の命』って言うんじゃねえの? けど、あれを命って言っていいかはよく分からん」
「魔法が終わったら、消えるから?」
「それもあるけどな、『魂』がねえから」
そんなこと、本に書いてあったろうか。だけど、魂と意思が同じものなら、召喚獣にあっても不便なだけかもしれない。だって、魔法を放つだけのものだもの。
召喚獣は、どちらかと言うと魔法使いに向いていない人が、魔法を使う方法のひとつ。召喚という過程を経て、主に魔物を模したものを具現化し、それが魔法を使う。
随分と遠回りだと思っていた。
思っていたけれど、もしかして。
私は、一筋の光明を見た気がした。
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