第68話 勝てない

「ぬおぉ、こっち来んじゃねえぇ!」


振り返ったラザクが、後ろに迫った魔物に向かって私を振り回した。

バシッと足が当たった感触と共に、案外可愛い悲鳴をあげて魔物が吹っ飛んでいく。太ったイタチのような、痩せたウォンバットのような……残念だ、あれは食用だと書いてあったのに。


「ラザク、りゅーは武器なない」

「うるせぇわ、抱えられてる分際でつべこべ言うんじゃねえ! 剣より面積広いから、よく当たるだろうが」


そんな人は、剣をもつべきではないと思う。

私を振り回すだけの力があるのに、もったいないことだ。力も剣も、私にくれればいいのに。


「はあっ、はあ、お子様効果半端ねえ! めっちゃ魔物寄って来んじゃねえか!」

「らざく、こっち来ただめ。道、またないなった」

「知るかよ、魔物から逃げてやってんだぞ!」


ラザクは積極的に逃げるから、街道からどんどん離れてしまっている。

確かに自信があるのは『逃げ』だと宣言していたけれど。

乱暴に下ろされた私は、溜息をついて再び街道の方角へ向かって歩き出す。

悔しいけれど、それでもラザクを使わなければ私は帰れない。簡単に魔物のおやつになってしまう。


「ピィッ!」


ぺんたの警戒鳴きに、ハッと木剣を上げて横なぎに払った。

魔物を叩いた衝撃が、腕に痛い。草原の魔物は大体草の中を移動していて、私の腰あたりまでのサイズが多い。こうして広範囲を払えば、大抵当たる。虫や小動物に似たものが多くて、普通の大人にはあまり寄ってこないような小物たち。

だけど、こうして弱った個体や幼い個体がいれば寄ってたかってやって来る。

じんじんと痺れてきた手の平と二の腕をさすって、ともすれば立ち止まりそうになる足を動かした。


どうしよう、このままだと陽が沈む。

陽が沈めば、大物が出てくる。

ラザクは、一人ならきっと逃げられるのだろう。だから、大して焦りを感じていない。

いざと言う時彼が助けてくれるとは思わないし、助けてもらえるだけの力もなさそうだ。

町まで――直線距離でもざっと5㎞。それは私には絶望的な数字だ。なんとか街道に出て馬車に拾ってもらわなければいけない。もしくは、ラザクに背負って帰ってもらうしかない。

特訓していて良かった。この足は、まだちゃんと動く。


「ピィッ! ピィッ!!」


反射的に剣を振ったところで、ペンタがいつもと違うことに気づいた。

私の髪を滑り降り、肩の上で右往左往している。

手ごたえはなかったけれど、念のためもう一度剣を振って、首を傾げた。


「まもも、いる? どうちたの?」


ペンタが私の頬と言わず首と言わず、ぺちぺちと忙しなく叩いてはこまねずみのように動きまわっている。

おかしい。ペンタが外でこんな風に姿をさらすことなんてなかったのに。


「止まんなガキ。とろいんだよ、何なら走りやがれ」


動かない私に腹を立て、ラザクがずかずか草を踏み分けやって来る。慌ててペンタを捕まえ、ぎゅっと胸元に抱え込んだ。

小さな体がくふくふと荒い呼吸をしているのが分かる。私の鼓動も呼応するように早くなった。

どうしよう。もし、病気だったら……。


「この野郎め、俺様の手を煩わせようってのか?」


私にだけは強気なラザクが、むんず、と襟首を掴む。

そのまま引っ張り上げられた瞬間、見えたものがあった。


「らざく、剣」

「あぁん? 俺様には立派な二本の脚があんだからよお――」

「剣! あっち、まもも」


立派な二本の腕もあるだろうと言えるだけの余裕はなかった。

それは、随分と、随分と大きく見えた。

左右へ体を振るように、ずるりずるりと長い尾を引いて森から現れた魔物。

恐竜と見紛うほどの巨体、骨格はトカゲ。敏捷性において、それはせめてもの救いだろうか。

首をもたげてこちらへ視線をやり、確かめるようにべろりべろりと長い舌を出し入れした。


「……まーしゅどる」


ショーケースの中で見た爪の持ち主は、思っていたよりずうっと大きかったらしい。

私の体ががくがくと揺れて落ちた。

見上げると、ラザクの顔が私の髪みたいな色になって震えている。

剣に伸ばした手が、柄を掴み損ねているほどに。

ああ、勝てないのだな。

悲しいほどに納得してしまった。


勝てないなら、どうするか。

もちろん、私も勝てないだろう。木剣で叩いても、何の痛痒も与えられそうにない。

機敏ではないだろうその四肢でも、たとえばコモドオオトカゲは時速20キロ出せるという。ならば、この歩幅の大きなマーシュドルがそれに劣ることはないだろう。

走って逃げることは、できない。ラザクは既に、膝が完全に笑っている。

動かない私たちを見て、マーシュドルが悠々と近づいてくる。

がさり、と音が鳴った。ラザクが、足を引いて体を捻ろうとする。

逃げの体勢に全身が冷えた。

逃走の気配を感じたか、マーシュドルが一瞬立ち止まった。


「らざく、走っただめ。目々ちゅむって!」


鱗のある太い四肢に、ぐっと力が入ったのが分かる。

私は素早く身をかがめて地面を掴み、今初めて私に気づいたような顔をしたラザクにぶちまけた。

ほぼ同時に、巨体が一気に距離を詰めた。


「なっ……てめえ?!」

「らでぃあんとん、れーき!!」


目を閉じ、腕で覆ってなお感じる猛烈な光。

どん、どん、と重い音が断続的に響いた。私の体に食い込むはずだった牙は、まだ届かない。

マーシュドルがのたうっていると判断して、励起を終了し光が弱まるに任せラザクの手を引く。


「らざく、走る! 隠れゆの!」

「な、え、なに……は?」


まだ目を擦っているラザクを追い立て、森へ走る。

大地へ尻尾を打ち付け、跳ねるように転げまわるマーシュドルの横を抜け、ヤツが出て来た森の中へ。

だって、仕方ない。草原では隠れる場所がない。

勝てないなら、逃げるか、隠れるか。やり過ごすことしかできないのだから。

草を踏み鳴らす音、響く地響きが止まる。


願わくば、これで諦めてくれれば……。

そんな淡い期待を込め、私たちは森の中で身を潜めたのだった。




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投稿忘れてました!すみません!!

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