第67話 騒がしい道中

「こ、ここまで来れば……。くそ、ツイてねえ! 手軽にリトへ恩を売れると思ったのによ……」


そんなことだろうと思ったけれど。

言ってはいけないことまでブツブツ呟きながら、ラザクはざくざく歩く。

それでも、あの瞬間、私や店内の人が助かったことに違いはないのに。下手をすると、止めようとしておかみさんたちが怪我をしていたかもしれないから。

わざわざ感謝の気持ちをかき消すようなそぶりは、もしかしてこんなことになった負い目を私に感じさせないように……ではないだろうな。


「はあ、どうすっかな。リトが帰ってくるまでは町は危険だ……。ぶはは、リトがいりゃあ、あいつらなんざ片手でひと捻り、俺までまとめてポイ――じゃダメだよなあぁあ!! なあお前、助けてやったんだからな?! ちゃんと言えよ! ラザク様が助けてくれましたってな?! 言えるな? な?!」


ラザク、一人で随分やかましく話せるものだ。

溜息をついた次の瞬間には大笑いし、かと思えば両手を地面についてうずくまる。あろうことか今度は私に縋りついて喚き始めた。

まあ、受けた恩? は返すべきだろう。もしくは、借りだろうか。こんな男に借りを作るなど、とんでもないことだ。


「じゃあ、りとからたしゅけたや、おあいこ」

「ぐっ……このクソガキめ、分かったような口を……! それでお願いします!!」


うん、と頷くと、ラザクが晴れやかな笑みを浮かべて私の手を握った。

大きくて分厚い手は、大人の証。こんな男でも、きっと私より強いのだなと思うと、大変複雑だ。そういえば、ラザクはDランクと言っていたか。

なら、大丈夫なのだろう。

私はさわさわと揺れる木々に目をやって、広がる草原をぐるりと見渡した。


「らざく、ここどこ」

「セジャイ方面の馬車だったからなー、ミノ村までの道中だろ。つうか、お前ナチュラルに俺を呼び捨ててねえ? 様をつけろ、様を!」


様は、普通つけない。

私はラザクに向かって両手を上げた。見下ろすラザクが、訝し気な顔をする。


「ちじゅ、確認する。らっこ」

「は? 持ち上げろっつってんのかよ?! けっ、俺様はそんなことしねえぞ、召使じゃねえってんだ」


だって私では見通しが悪すぎて草と木しか見えない。これでは、いくら地図を覚えていても意味がない。

せめて、私たちが来た方向を確認したいのに。

それもこれも、ラザクがこっそり荷馬車にしがみついてここまで来たのが悪い。


「クソガキめ、この情報屋ラザク様が道を分からないとでも思ってんのかよ! ミノ村はあっち、ニーシャはそっち。この辺りまで逃げることなんてザラなんだよ、分からねえわけねえってんだ」

「じゃあ、おりぃの崖がこっち、まむす川がそっち?」

「そういうこったな、まあ俺の頭ン中には周辺の地図が完璧に――はあ?! なんでてめえが地図把握してんだよ?!」


それは、内密事項だ。素知らぬ顔で町の方角へ歩き出すと、ラザクが慌てて追いかけて来た。


「……てめえも、怪しいニオイがぷんぷんすんぜ。リトと同じ、金になるニオイだ。俺の勘は、普段外れるが、そういうのは外さねえんだ」


それは、同情すべきだろうか。それとも、ラザクに目をつけられた私が同情されるべきだろうか。

溜息をついて、もくもくと歩く。ひとまず、街道に出なければ方向が合っているかも定かでない。

それに、魔物が――

あ、と思った時には草の中に手をついていた。

何かが、私の足を掴まえている。

ごちゃごちゃとついた細い棒は脚なのか手なのか触覚なのか、はたまた目なのか。

口は分かる。私の足にがっぷり食いついているから。

虫、だろうか……大きいから、魔物かもしれない。


「ろっちゅあーむ」


該当する生き物名を知識の中から探し当て、やはり魔物だったと納得する。

足が多すぎるザトウムシに、大きな顎をつけたらこんな風だろうか。ドッヂボールサイズの胴体を、よくその細い脚で支えられるものだ。


「お前、何やっ――ぎゃああ?! 大人しく食われてんじゃねえ!!!」


覗き込んだラザクが、悲鳴と共にロッツアームを蹴飛ばした。放物線を描いて飛んで行った魔物を見送って、私はまじまじと足を見る。


「ふっざけんじゃねえ、何やってんだよ! 俺はてめえを抱えてなんて行かねえ……ん?」


気付いたラザクも、私の足――正確には皮のブーツに顔を近づけた。


「げぇ……お前、どんな装備身に着けてんだよ……傷ひとつねえとか、ふざけんなよ」

「でも、ちょっちょ痛かった」

「足齧られてちょっと痛えですむかクソガキが! 痛えなら悲鳴のひとつも上げやがれ! 俺が逃げられねえだろが!!」


それは、リトにも言われた気がする。リトは逃げないけれど。

ちなみに痛かったのは、むしろ草間についた手の方。そういえば、町から逃げて来たから手袋をはめていない。

立ち上がって服を払うと、収納から手袋を出してはめ、腰の木剣を手に取った。今こそ、これが活躍する時だ。

天に掲げて、滑らかな表面に光が滑るのをうっとり見つめる。

そして不機嫌そうに先を歩くラザクに駆け寄って、振り下ろした。


「ぐおっ?! こ、このくそガキっ!」


思い切り振り返ったラザクを気にも留めず、私は彼の腰から落ちたものを足で踏んだ。


「えいや」


掛け声とともに木剣でとどめを刺す。叩くより、重力と共に真下に突いた方が一点に力が加わるだろう。私のささやかな力でも、なんとかなるはずだ。

ぶちり、と鈍い手ごたえと共に、それは動かなくなる。

シラミのような、ヤゴのような。リトの靴ほどの大きさの吸血虫は、傷口が膿むという面でそれなりに厄介な部類だ。

案の定、ラザクが青い顔をしている。


「りゅーも、たしゅけた。かち借り、なし」

「……ま、まーそういうことにしてやらぁ! じゃねえよ! お前、肝座り過ぎてね? 何その淡々とした感じ。小物だけどよ、今お前がプチってやったの魔物よ? 何なのその躊躇ない感じ」


躊躇する必要あるだろうか。リトも、ためらわずに切っていた。

魔物を大切に、などと書いた本はなかったから、構わないだろう。


「まもも、らざくは切やない?」


ちら、とラザクの腰の剣に目をやる。それは、使わないのだろうか。

だけど、ラザクは途端に真っ赤になって剣を抜いた。今抜いても仕方ないと思うけれど。


「うっせー! お前が近くにいると危ねーから抜かなかっただけだ! Dランクのラザク様だぞ!」

「抜かない方が、あむない。らざく、どうちてDらんく?」


Dランクは、決して高いランクではないけれど、一番下はFランク。Dまで上がれば、それなりに本腰を入れて活動している冒険者という印象だ。つまり、大抵町にいるラザクはDランクらしくない。


「てめえ、疑ってんのかよ?! けど残念だなぁ、れっきとした正式なランク証だ! 裏だろうが金だろうが、正式なランク証であることに変わりはねえんだよ!」

「ちゅまり、不正?」

「ちっ、違わい! ちょっとだけ足りなかったところをなだめて脅して泣いて金払って粘りに粘って頼み込んで頑張ったんだよ! 俺だって努力してんだ!!」


圧倒的に努力の方向が違うけれど、まあいい。

ひとまず、この草原を歩くくらいは、Eランクでも大丈夫。何ならただの村人だって歩くのだから。

ただ、私には難しいだけ。


「ピィ!」

「えい、やぁ」


ぺんたの声で振り向きざま、よろけた足元をそのままに木剣を振り下ろす。

ばしん、と固い感触と共に、ゴミムシに似た甲虫がひるんで触覚を忙しなく動かした。


「えいや、えい、や、えい――」


続けざまにばしばし叩く手がだんだん疲れてきた頃、大きなゴミムシは動かなくなった。念のために高々と足を上げ、思い切り頭を踏みつける。大丈夫、動かない。


「……ええ……怖。落ち着きすぎて気持ち悪。何なの、俺、早く帰りたい……」


それは私のセリフだと思いつつ、てっぺんから傾きだしたお日様を見上げた。


本当にこの調子で帰れるだろうか……私たちはお互いに視線を交わして途方に暮れたのだった。



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近況ノートには書きましたが、こちらで報告が遅れてすみません!

アルファポリスさんのファンタジー小説大賞では、おかげさまで奨励賞をいただきました!

投票して下さった皆様ありがとうございます!

大きな賞は逃しましたが、これからもデジドラを面白くしていきます!!

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