第66話 自信がある

ずんずんと近づいてきた男が、ひったくるように宙ぶらりんの私をむしり取って背後に立たせた。


「ぼうず、危ないところだったな。この俺が来たからには、もう心配ねえぜ!」


肩越しに振り返って、片頬を上げてみせる。

こんなだったろうか……? なんだかちょっと印象が違うけれど、私はこの人を知っている。


「……うざ――らざく!」


「は? ちょっと待て、お前今ウザクって言いかけた?! 嘘だろ、まさかアイツがそう言ってたりするぅ?!」


間違えた。メニューは間違えないけれど、これは不可抗力。だって私が『鬱陶しいラザク』で覚えているから。

わなわなと震えたラザクが、ぐふっと気味の悪い笑みをこぼした。


「おいおい待ってくれよ、なんかそれってさあ、親友みたいじゃね? あの野郎、俺にあだ名とかつけちゃってんの? 参っちゃうぜ」

「ちやう、りと言ってない」

「まーま、隠さなくていいぜ? 俺とアイツの仲だ!」


とてもポジティブ。ポジティブに鬱陶しい。

ちょっと、リトには悪いことをしてしまった。

嬉しそうなラザクを見上げて後悔の念にかられていると、立ち上がった男たちが、今度はラザクの胸倉を掴んだ。


「てめえ、急に入って来てなんだ?! 見ろよ、このガキが俺らの食事をひっくり返しやがった。こいつの関係者なら、お前が代わりに迷惑料払うってのか」


ラザクはそんなに大きくないので、こうしてみると圧倒的に不利に見える。

しかし一体、いつの間にそんな話になったんだろうか。迷惑料なら、この男たちが支払うべきだと思うけれど。


ラザク、あまり強そうに見えないけれど、大丈夫だろうか。

だけど多勢に無勢の状況で、ラザクは自信満々ににやりと笑った。


「俺はお前らのためを思って言ってんだ。こいつがリュウだぜ?」

「はあ? 誰だよそれ。いいから、金」


あれ、ラザクが私の名前を把握している。でも、この男たちは私を知らないと思うけれど。

案の定イラついた男たちが、乱暴にラザクを締めあげようとした。


「ま、待てよ! リトが黙っちゃいねえぞ、分かってんのか!」


ぴくりと男たちが反応を示し、気をよくしたラザクが、つらつらと立て板に水で話し始める。


「知ってるよなあ? Bランクの。ヒュージスパイダーを単独討伐した、あの。盗賊団壊滅させた、あれ」

「……それがどうした」

「最近巷でさらに株上がってるよなあ、付き合い悪い男だって噂だったのがさあ、子煩悩に変わってな? そ、気づいたか? こいつが、リトの大事な養い子のリュウってワケ。そしてこの俺こそ、リトの親友ラザク様だ! 手ぇ出したらどうなるか、分かるよなあ?」

「――っ!」


ぐっと詰まった男を見て、にやにやするラザクを見る。交互に視線を行ったり来たりさせながら、これはどっちがどっちに絡んでいるんだっけと小首を傾げた。

周囲の人たちも微妙な顔をしているから、きっと同じ気持ちなんだろう。


「ほら、いつまで俺様の服を握ってんだよ。一張羅だぜ? 汚れちまったら洗濯代請求しなきゃなあ~?」

「チッ……小物がイキがりやがって。てめえに何の力もねえくせによ」


その通りだなと思ったのは、私だけではないだろう。

乱暴に解放されたラザクが、わざとらしく胸元を払いながらなおも言い募る。


「何言ってやがる、俺様だってDランクだからな? 俺様が小物ならお前らだってそうなんだからな! だろ? Dランク『金の角』さんよぉ? 俺になんかあったら、ちゃーんと取り立てに行くからな?」

「なんで知って……」


身元が割れていないと思っていたらしい男たちが、目を剥いた。この辺りは、さすが情報屋といったところだろうか。それにしても、まさかラザクがDランクだとは思わなかった。もっと下だと思っていた。

形勢不利と見た男たちが顔色を悪くしたのを見て、ラザクが一歩踏み出した。


「DランクとBランク、天と地の差だなぁ? ああ、そうだ、あんたらのメイリーちゃんが言ってたイイ男って、あいつだし。残念だなあ、フられちまって」

「……は?」


地を這うような声がした。

及び腰だった男の気配が、一変する。


「……じゃあ、なんだ。メイリーを唆したのは、リトだってのかよ」


声が、ワントーン低い。少し下げた視線が不気味だ。

ざわつく周囲の客が顔を見合わせ、私は余計なことを言わないようにと、ラザクの服を引く。


「あ、違う違う! リトはなーんも。メイリーちゃんが一方的に惚れ込んだって話! そりゃまあ、あんたとリトじゃブブ虫とドラゴンだし? 無理もないっつうか――」


あっけらかんと言いのけたラザクの腿を、思い切りぱちんと叩いた。


「いてっ、なん……。ええと? あれっ? 俺、なんかマズイこと言っちゃいました?」


無言で佇む男を前に、やっと異様な雰囲気に気づいたラザクが、きゅるんと無垢な目をしてみせる。

途端に、大きな音がした。


「なら……ちょうどいい。てめえと、そのガキを痛めつけりゃあ、リトにダメージ与えられるっつうことだな? いいこと聞いたぜ」

「い、いやっ、こいつはリトの養い子だけど、俺はその、実は親友ってほどじゃなくて! むしろ他人っつうか! 待て、早まるな、てめえだってただじゃすまねえんだぞ?!」


振り下ろした拳ひとつでテーブルを傾けた男が、据わった目で私たちを見る。


「知るかよ、後のことなんざ。今いねえなら、てめえらを痛めつけて町を離れ――なっ?! おいっ!」


突如振り回された体が宙に浮く。


「ぬおおぉ! このラザク、逃げの一手に自信ありぃ!」


まだ男が話しているというのに、一挙にすり抜け、ラザクは風のように店を飛び出した。

なぜか、私も小脇に抱えられている。


「待てやぁ!」


そして当然、男たちも追いかけてくる。

素早く路地に駆け込んだラザクは、腰のロープを飛ばして屋根へ引っかけると、軽業師のように塀を越えて身を伏せた。


通り過ぎて行った男たちの右往左往する足音と怒号が響く中、こそこそ壁伝いに移動しては身を潜め、ラザクは少しずつその場から離れていく。


「わはは、ざまあみろ! このラザク様を捕まえようなんざ、片腹痛いわ!」

「らざく、どうちてりゅーも一緒? りゅー、おりる」


にやにやしながら路地を出たラザクを見上げ、そろそろ下ろしてくれないかと声をかけた。


「あ、そうだった、お荷物付きだった。俺だって捨てて行きてえのはやまやまだけどな、そうすっとリトに殺されるだろ? だから、お前は盛大に俺様を褒めたたえろ! 俺に助けてもらって命拾いしたって言うんだ、分かったか? それが約束できねえなら……俺だって考えがあらぁな」


……ラザク、もう少しうまく事を運べばいいものを。わざわざ暴露しなくていい。

つい、じっとりした視線を向けたところで、遠くからあの男たちの声が聞こえた。


「やべ、離れるぞ!」

「りゅー、もういい」


手足をばたつかせる私は、やっぱり抱えられたまま町を駆け抜ける羽目になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る